32・ようやく
「俺、オース伯に頼んで、正式にリセの従者にしてもらえるかな」
意外な言葉に、リセは眠気も忘れて目を見開く。
「えっ……それって、もう隠れるのはやめるってこと? どうしたの、急に」
「まぁ、心境の変化というか。今まで人が群がって来て一方的に求められて、とにかくわずらわしいと思っていたけど。こそこそ隠れてるよりオース伯に仕えれば、仕事は全部オース伯を通して断ってもえるし。さっきみたいにお願いすれば、タダでワイン持ってきてくれる下僕……王子だっているし、付き合い方を選んでいくのはいいかもな」
「ジェイルの力をお父様や私に貸してくれるのなら。すごく心強いし、嬉しいな」
そう素直に思う気持ちは本当だったが、一抹の寂しさも覚える。
(私の従者になってくれるんだから、離れるわけじゃないけれど。だけどもうジェイルのこと、今までみたいに一日中ひとり占めにはできないんだ)
「なんだよ。浮かない顔して」
思いつめたようなリセの様子を、ジェイルは不思議そうに見つめた。
「俺が引きこもりをやめれば、少しはリセも楽になると思うけど。むしろこれからは、俺が助けてやるからさ。俺のこと好きに使っていいから、そんな暗い顔するなよ」
「だけど……ジェイルはすごく有名だから。居場所がわかってしまったら、きっとお仕事以外でもいろんな人が会いに来るよ。プライベートの方は、お父様に断ってもらうのもおかしいし」
「まぁそうか」
「今ほど一緒にはいられなくなるね……」
さびしげな呟きに、普段は鋭いジェイルの眼差しが和らぐ。
「俺のことは、今までみたいにリセが管理すれば?」
「私が? だけど自分の従者と他者が関わる権限を取り上げるって、とてつもなく悪人な気が……ジェイルは嫌じゃないの?」
「恋人に会うなって言ってもらうなら、いいかもな」
さらりと言われた単語に、リセは唖然とする。
「こっ……こ!?」
「言えないのか?」
「こ!」
「言えてないな」
「だっ、て! ……こ! ここ! こっ!」
「なれよ?」
「こ……」
リセはとりあえず、冷静さを欠いた現在の自分に「恋人」という単語がまともに発声できないことを踏まえて話すことにした。
「いっ、いつ!? それはいつの話?」
「今だろ」
「えっ! 今なの!?」
「こっちが聞きたい。いつならいい?」
「あ、えっと。その……」
「……」
「……」
長い沈黙が落ちる。
気の短いジェイルにしてはなかなか忍耐強く待ったが、やがて耐えられなくなったのか、不満げな視線をリセに落とした。
同時に、溺れ森に響いていた足音が止む。
ジェイルは喉元まで出かかっていた言葉を失った。
すぐそばで、頬をほんのり桃色に染め、少し恥ずかしそうにしたリセの笑顔がジェイルを見上げてくる。
「今、なってもいい?」
リセが緊張で少しぎこちなく聞くと、ジェイルは夢から覚めたように何度か瞬きをした。
そして、自分の投げかけていた答えをもらえたことに気づいたのか、誰にも見せたことのない顔をする。
「ようやく、笑ってくれたな」
「変かな?」
「反則だろ」
そこから先に、言葉は必要ない。
ふたつの視線は磁力のように引き寄せられると、それは幸せなキスになった。
拙い話ですが、なんとか形にすることが出来ました。
最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました!