2・極度の人見知り
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リセの寝室にも、光が差し始めた。
朝に弱いリセだが今日は珍しくベッドの中でもぞもぞ動きはじめ、起こしに来てと頼んでいる侍女より先に起きてあくびをする。
「ふぁ……っ!」
リセの息が止まった。
目の前に、絵になるほど端麗な男の寝顔がある。
瞼を閉じていても分かるほど均整の取れた顔の骨格、引き締まった浅黒い肌には少し長めの銀髪がかかり、どこか野性的な色気を帯びていた。
そして顎から首へと続く精悍なライン、筋肉質に引き締まった胸元……リセの勝手な想像ではあるが、その毛布の下は何も身にまとっていない予感しかない。
あらゆる女性を虜にできる美しさを前に、リセは戦慄した。
突如現れた怪しい男の裸の威力に、ではない。
むしろその衝撃がかすむほど、リセは慣れない相手を前にすると緊張する、極度の人見知りだった。
特にその男の、眠っているのにすでにたくましさと色気を放つ華やかな見た目、つまりリセの思い描く自分と正反対に位置する存在感は、側にいるだけで精神を蝕む破壊力を持っている。
「た、助け……」
青ざめたリセは隣の厄災から逃げだすように、ベッドから転げ落ちた。
「ん……」
物憂げにかすれた声に振り返ると、眠りから覚めた男は宝玉のような美しい緑の瞳を開く。
無駄に思えるほどの麗しさに、リセの意識が遠のきそうだった。
男はリセの様子に気づいたのか、鍛え抜かれた筋肉質な上半身を起こす。
「どうしたんだ。顔色が悪い」
(声、声も低くて綺麗……ううぅ、耳に甘い猛毒)
リセが耳をふさいで震えていると、男は何も身にまとっていないことに気づいたようだった。
「ああ、悪い。驚くよな。説明するの忘れて寝てた」
男は自分の存在自体が拒絶されているとは知らず、ベッドに置かれていたガウンを腕に通し始める。
肌触りがよさそうで布代わりなればなんでもいいと、昨夜精霊獣を包んでいたものだ。
リセは重大なことに気づき、戦地に赴くような勇気をしぼり出して男に声をかける。
「あの、そこにいるお方。私の抱き枕……じゃなくて、ここにいた精霊獣。銀狼のような生き物を見ませんでしたか」
「……この状況で、気づかないのか」
「何のことですか? ついでに、あなたは誰」
「ついでか」
「はい、精霊獣のついでです。どうやってここに入り込んだんですか。何者?」
「本当に俺が誰かわからないのか?」
「あなたについて今わかっていることは、無駄に綺麗な人間。男。侵入者。裸の変態」
「人を変態呼ばわりする前に、リセは昨夜の欲望にまみれた自分の行動を振り返ったほうがいい」
「どっ、どうして名前を……!」
「どうしてでしょう?」