タヌキにされた悪役令嬢
ルナ・セイルーンは絶望感でいっぱいだった。
周りには卒業パーティーで着飾った同級生達が華やかにパーティーを楽しんでいる中──
自分は大好きだった婚約者に婚約破棄を告げられているのだから──
「何故ですか、オスカー様」
婚約者だった男、オスカー・カースティン侯爵令息の隣りには、ルナの妹であるリリィが寄り添い、薄らと笑みを浮かべていた。
「君みたいな悪女とは婚約は続けていけない。ここに居るリリィと新たに婚約を結ぶ事にした──!」
「お父様もその方がいいって仰ってたわ。もう家にも帰って来なくていいそうよ、お姉様」
オスカーの冷たい声と、リリィの同情が含まれた声にルナは絶望感で打ちのめされる。
元々自分にはセイルーン家には居場所は無かった。
母が死に、後妻に迎えられたリリィの母親はルナを嫌い、父親に見えぬ所でリリィと共にルナを罵倒し虐めるようになったのだ─…
心の拠り所は婚約者であるオスカーだけであった。それも…もう失ってしまった。
「君にお似合いの道を用意したよ──」
オスカーがそう言って私を従者に引き渡す。
「さよなら、お姉さま──」
リリィの歪んだ笑顔が頭から離れなかった──…
従者はルナを馬車に乗せ廃屋まで運び、乱暴に降ろした。
「じゃあな、悪女さま」
そう意地悪く言い捨てて従者はルナを乗せて来た馬車を走らせ居なくなった。
こんな廃屋に貴族令嬢が取り残され…どうなるかは目に見えていた。
もう全てに絶望し…
死を覚悟した。
その瞬間──
「なんじゃ?こんな廃屋の前に若い娘が一人でいるなんて。死にたいのかのぅ。家主としては迷惑極まりないのじゃ」
廃屋のドアが開き、中から女が顔を出す。
女は魔女だった。
オスカーは、魔女の元に自分を送り込んだのだと思い至った。
何故…そこまで恨まれなければいけないのだろうか
魔女は人間を生贄に使うと聞く。
自分は生贄にされるために此処へ連れてこられたのだ──
「可哀想じゃのぅ。そうじゃ、せめて一人でも生きていける姿に変えてやろう。試作の魔法があるのじゃ」
そう言って魔女は魔法を唱える。
え…
どうして…
眩い光の中で、自分の身体が作りかえられていくのが分かる。
もふもふとした感触に…低くなる目線──
「ふふふ、成功じゃ」
そう言って魔女が姿見を魔法で出し、変身した姿をルナに見せつける。
人生はどうなるか分からない──
あんなに絶望していたのに…
タヌキとして生きることになってしまうなんて──
「くうーん」
魔法でタヌキにされたルナは、虚しく鳴くのであった──
◆◆◆
とことこと森の中を彷徨う。
ああ…どうしてこんなことになってしまったのだろう──
妹に婚約者を取られ、家を追い出され…魔女に魔法をかけられて、タヌキになってしまうなんて!!
しかもタヌキの姿は思ったより快適である。
いつもより速く走れるし、木登りもできる。
それに…妹や母親に虐められることもない。
意外と…このままタヌキとして生きていくのもいいのかもしれない─…
ルナが悟りを開こうとしていた瞬間──
「ルナっ!!ああ、一体どこに行ってしまったんだ──」
馬を引き連れ、ルナを捜す青年が居た──
ルナはタヌキの姿で、青年を盗み見る─…
ハワード様!!
オスカーの双子の弟であるハワードが必死にルナを捜していた。
オスカーとハワードとは幼い頃から一緒に過ごすことが多く、ハワードはいつもルナに優しかった。
オスカーとの婚約が決まってからは、少しずつ距離が出来てしまい、段々と接する機会が無くなっていったのだが…
幼馴染として心配してくれたのだろうか…
自分のことを思ってくれる人が居たことに、ルナは泣きそうなくらい嬉しくなる。
「くうーん」
いや、声に出して鳴いていた。
「っっ!!ルナ!!?……いや、タヌキか…」
鳴き声に気付かれ、ハワードと目が合う。
ああ、ハワード様、ありがとう…。タヌキになったけど、私は幸せよ。
「……。どことなく、ルナに似ているな…このタヌキ…」
ひょいっとハワードに抱き上げられる。
オスカーと双子であるが容姿は全く似ておらず、優しい表情をするハワードに懐かしさが込み上げる。
「なあ、タヌ吉、この辺りで物凄く可愛くて、可憐で、天使な女の子を見なかったかい?」
「く、くぅーん?」
え…、何ですの…?
ルナは目をぱちくりさせてハワードを見つめる。
「俺の初恋の女の子なんだ。この辺りに馬車で連れてこられて捨てられてしまった…。絶対、絶対見つけ出す!」
悲しそうな表情で言うハワードに、頭が真っ白になる。
は…?初恋──!?
「タヌ吉も一緒に捜してくれるかい?」
「く、くぅーん」
「そうか!よろしく頼む」
い、いいえ、一緒に捜す何て言ってませんが!!
必死に言い訳をしようとするが、言葉が喋れずに一緒にいることになってしまった。
まあ、どうせ行く宛てもないし…仕方ないかしら…
◆◆◆
馬と青年とタヌキ──
森の中で必死に何かを捜しているこの姿は…他人から見たらどう思われるのかしら…
ルナはとことことハワードの隣を歩きながら思いを馳せる。
ハワードは必死にルナを捜しまわっていた。
日も暮れ、野営の準備をする。
ハワードは膝を抱え何かを考えている様子だった。
「くうーん」
「ああ、タヌ吉、ありがとう。慰めてくれてるんだね。ルナは何処に行ってしまったんだろう…。全く手がかりが無い。もしかしたら…もう──」
ああ、ハワード様、そんなに思いつめないで。
私ならタヌキになってお膝の中でぬくぬくとしてるわ!
ルナはハワードの膝から起き上がり、お腹にすりすりと頭をこすりつける。
ハワードは嬉しそうにその頭を撫でた。
「俺はルナには何も出来なかった。まさか兄がこんな仕打ちをするなんて…。兄にもあの性悪なルナの妹にもそれ相応の処罰を与えたよ」
「くぅん!?」
オスカーとリリィに…一体何をしたのだろう…
ハワードは冷たい表情で微笑む。
「ルナがリリィを虐めてたなんて噂、証拠も何もなかったからね、不当に貴族令嬢を廃した、その罪は重いよ。兄は廃嫡、リリィと共に地方に飛ばされたよ。貴族としてもう生きられないから…どうなるんだろうね─…」
あのオスカーとリリィが、そんなことになってたなんて─…
ルナは複雑な気持ちだった。
「あとは…ルナが戻って来るだけなのに──」
ぎゅっとハワードに抱きしめられる。
ハワードは…ずっと味方だったのだ。
「小さい頃にね、俺、ルナにプロポーズしたことあるんだよ。あの時は返事を貰えなかったけど…今度こそ─…幸せにしてみせる─…」
そう言ったハワードに疑問を覚える。
幼い頃…リリィと母親に虐められ泣いていた私を慰めて…
『おおきくなったら、けっこんしようね』
そう言ってくれたのは…オスカーでは無かったのだろうか─…?
そのことがあってから…オスカーに恋心を持ったのに…
あの頃…まだ双子はそっくりだったから…
もし自分が勘違いしていたのだとしたら…──
「ルナが…好きなんだ。小さい頃からずっと…─」
ハワードの言葉に胸が締め付けられるようにぎゅっとなる。
誰にも…望まれることなんて…
無いのだと絶望していた。
タヌキとして生きて行こうと…そう決めたのに…
「くうーん」
ハワード様と…共に生きたいだなんて…
そんな不相応なことを…思ってしまう──
タヌキだけど…
ハワード様の傍に居ても…いいかしら…
私もハワード様のことが──…
そう思った瞬間─…
自分の身体が眩い光で輝いているのを感じた─…
「タヌ吉っ…───!!!」
「くう───んっ!!!」
◆◆◆
目を開けるとタヌキの体から人の姿に戻っていた──
「ルナ…君だったんだね」
「ハワード様─…」
ぎゅっと抱きしめられ耳元で囁かれる──
「タヌキの君も可愛かったけど、人間の方がいいな。俺の…お嫁さんになってくれる?」
ルナはハワードの胸の中でコクリと頷いたのだった──…
◆◆◆
「ほうほう。成功したようじゃな。真実の愛を見つけると、元の姿に戻れる魔法…。どれどれ、どこぞの王子にでも魔法をかけにいこうかのぅ…─」
そう言って魔女が箒に乗り飛び立っていったことを…想いが通じ合ったルナとハワードは知ることはなかった──
END
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