第九話 牧場ギルドを作ろう
おれはひとつ、息を大きく吸って吐いた。
勢いで相談しにきたが考えるとこれ、プレゼン。
企画会議と同じだわ。
営業マン鉄則、第二条。
プレゼン前は深呼吸。
「ええ、昨晩に二人で話した結論です。根底にある問題は、牛舎の狭さと不潔さです」
「ふむ。しかし、酪農家に土地を貸すことはできんぞ。それをすると他の領民から文句が出よう」
そう。そこだよな。領主に上げる税金って土地の広さに比例する。
だからどこの牛舎も狭い。
この時代だと税金っつうより年貢のほうが似合いそうだけど。
「いえ、個人に貸すのではなく、共同の牧場を作るのです。そこを各家の牛たちが使うという形で」
「運営は誰がする?」
「もちろん領主の名で。日々の仕事は各農家が」
「もろもろの費用がかかろう」
「そこを各農家から牧場の使用料で賄えないかと」
「払えるのか?」
爺さまがユーリゲを見た。ユーリゲがうなずく。
「私の家から考えるに、今すぐは無理でしょう。ですが、適度な運動と良質な草があれば、搾乳量は上がると思います」
「牧場ギルドか……」
食事を忘れ、椅子の背にもたれかかった。
「あちらこちらの牛が混じれば、自分の牛がわからなくなるのではないか?」
「それは、首に小さなプレートをぶら下げます。番号を刻印して」
爺さまは短く切り揃えたアゴの白髭に手をやった。
考えごとをする時のクセだ。
「……よく考えておるな。そうなると、あとはこの愚老の胸ひとつか」
「爺さま、やってみないと解らないことも多い。最初は小規模な放牧地だけでやってみたい。まあ、これも都合よく土地があればだが」
「土地、それがな、あるのだ」
「へっ?」
爺さまは棚の上から領地の地図を取り出した。
机の上に広げる。
「我が領地の中央に、そびえ立つ三つの山があるだろう。魔の三座と呼ばれる山だ。森が深く、妖獣や魔物も多い。このまわりは人が住んでおらん。小高い丘が多く、畑にするのも不向きでな」
地図を見た。たしかに領地の真ん中がぽっかり空いている。
「山すそか。牛舎を建てるなら一苦労しそうだな」
「しかしナガレ様、多少の勾配があるのは牛にも良い運動になりませんか?」
なるほど。言われてみればそうだ。
「とりあえず、柵を作ってみるか。ボッグの父ちゃんに相談してみっか?」
「バウラだな。この辺一帯に住む大工の棟梁をしておる。力になってくれるだろう」
「へぇ? あのおっちゃん、棟梁か」
どうりで、腕がいいはずだわ。
バウラの棟梁が一声かけると、すぐに大工が十人ほど集まった
頭領の強権発動だ。
身内への贔屓って強い。
遊牧地の柵は三日ほどでできた。
まずはユーリゲの家と、近隣農家の牛を放つ。
「気持ちいいですね」
ボッグに肩車されたユーリゲがつぶやいた。
「魔の三座」と呼ばれる山の麓。
なだらかな丘が連なり草原が広がる。
高台になるので領地が一望でき、眺めがいい。
朝と夕方に移動させる手間はあるが、農家は大喜びだった。
昼間、牛のいない間に牛舎を掃除できる。
それに牛の見張りは交替で行えばいい。
一ヶ月もすると、牛の毛並みが変わってきた。
搾乳量も予想通り増えてきているらしい。
おれは搾乳量より、違うところにおどろいた。
「こんな、うまかったっけ?」
「ナガレ様? 以前に、ここの牛乳を飲んだことが?」
「ああ、そういやそうね。ははは」
ごまかしたが、現実の世界でジャージー牛の牛乳は飲んだことがある。
それはおいしかったが、ここの牛乳はさらに上を行く。
スーパーの紙パックがダメだったのか?
しぼりたてというのが良いのか?
理由はわからないが驚愕のうまさだ。
朝夕に行う牛の大名行列。
牧場は山の麓で、どこの家からも見える。
これで目立たないわけはない。
問い合わせが殺到した。
どう広げて、どの家の牛を入れるのか。
使用料の問題もある。
自分の部屋で机に向かっていたが、さじを投げた。
隣のユーリゲをのぞいてみると、彼も書類の山に埋もれていた。
「なにしてんの?」
「牛に番号が振られるようになったので、それぞれの健康状態など記録をまとめておきたいのですが、どうまとめるのが良いのか……」
なるほど。こりゃ、いよいよ事務員が必要だわ。
爺さまに相談してみよう。
相談した結果、文官のひとりを寄越してくれるらしい。
かなりの切れ者だそうだ。
また、客室のひとつを事務室代わりに使っていいとのこと。
おれの父さん(仮)は話がわかる。
机を運び入れ、書類と格闘していると、ひとりの小柄な女性がやってきた。
「リーザーと申します。領主様から、こちらの手伝いを拝命しました」
彼女はカツカツと革靴を鳴らし、おれの机に来た。
机上の書類を手に取る。
「……利用希望者のまとめですか。クソですね」
「はい? 今なんと?」
おれは耳を疑った。クソって言った?
「牛の年齢が書かれていません。例えば、老いた牛ばかりだと、ある時いきなり少なくなりますが、考えておられますか?」
彼女は次にユーリゲの机に近づいた。
ユーリゲが作成中の本を横から取る。
パラパラとめくった。
そして、眼鏡をくいっと上げる。
「なるほど、牛の診療記録ですか。外見の特徴を長々と書かれていますが、クソの役にも立たないのでは? 病歴と年齢、体重があれば記録帳としての目的は達せられると思いますが?」
ぐうの音も出ない、とはこの事で。
しかし爺さま、これ、切れ者っていうより、おれらにやっかいばらいしたんじゃね?
リーザー女史の活躍? のお陰で、書類関係の仕事からは解放された。
これで少しのんびりできると思ったら、ユーリゲは時間があれば図書室に籠もる。
牛に関連した本は読破し、今は鶏など他の畜産に関する勉強らしい。
変態だな。おれから言わせれば。
新しい区画もでき、新たな利用者が入るというので牧場に見に行く。
ボッグの人力車に乗り込んだ。
今日はやけに狭いと思ったらリーザー女史が乗っている。
「わたしも見ないと始まりませんので」
まあ、この人力車は二人用でもゆったりしてから乗れるけど。
重さ的に三人乗って大丈夫なのか?
そう思ったが、ボッグはいつもと変わらず楽々超特急だ。
最初の敷地から三倍? いや四倍は増えた牧場に着いた。
のびのびと牛が放たれていた。
五十頭はいるだろうか。
使っている区画と、まったく使っていない区画に別れている。
あれは次のためだろうか?
ボッグの肩にいるユーリゲが説明してくれた。
「牧草を食べ尽くすのもよくないと思いまして。使う区画を週によって変えています」
はぁ! よく考えてるわ。
「しかし、その心配は無用かもしれません」
「なんで?」
「魔の山からの魔力が濃いためか、牧草の伸びが早いのです」
魔の山か。
おれは牧場のうしろにそびえる三つの山「魔の三座」を見上げた。
「山から獣はきてない?」
「柵に弱い結界をかけてますので、とりあえずは大丈夫かと」
「へっ、結界? 誰がかけたの?」
「私が」
「ユーリゲ! 魔法使えたの?」
「簡単な物であれば。飼育に使えそうな魔法は練習しています」
……お前、いつ寝てんの?