第七話 嫌いな勉強は人に押しつけよう
ひらめいたぞ!
ベッドから飛び起きた。本を抱えて館を出る。
まだ朝だが、こっちの人はとっくに起きているだろう。
「たのもー!」
昨日の農家だ。おばちゃんが出てくる。
「ユーリゲくん、います?」
「はぁ……」
けげんな表情の母親。
息子は隣の部屋で横になっていた。
「ユーリゲくん」
目は開けているが、反応がない。
彼の横に座り、本をドスン! と落とす。
「ユーリゲくん、字は読める?」
うつろな青年がおれを見た。
もう一度聞くと、不思議そうにうなずく。
「じゃあ、仕事しない? この本を読んで、おれに教えて欲しいんだ」
本を読んで理解するのと、理解したやつに教えてもらうの、どっちが早いか?
答えは簡単だ。
「一日10Gでどうだろう? 前金で置いておくよ」
腰に下げた袋から銀貨を一枚出し、本の上に置く。
うつろは青年は、もう一度うなずいた。
「んじゃ、また!」
家を出て牛舎に寄る。
父親に「おれに野菜を奉納しちゃダメ」って釘を刺す。
ご近所にも伝えてもらうように頼んだ。
問題が解決できウキウキだ。
でも待てよと。
何も、おれが教えてもらう必要はなくない?
その都度、聞けばいいんじゃない?
おれは大工を探した。道ゆく人に聞くと隣の村にいるらしい。
「たのもー!」
戸を開けると、気難しそうな男が家具を作っていた。
「なんでい?」
領主のところにいる居候だと自己紹介した。
作ってもらいたい物があると相談する。
砂に絵を書いて説明した。
荷車を改良した感じで、人を乗せるにようにして……
「要は人力車で?」
「そう、それ!」
なんだ、この世界に人力車はあるのか。
車椅子も考えたが、押すより引っ張るほうが簡単そう。
人力車を頼んだ。
簡単な物なら銀貨三枚でいいと言う。
向こうの世界で三万円だ。安い!
「旦那、引くのは誰が?」
「うん? おれだが?」
「だ、旦那が? 乗せるのは誰を乗せるんで?」
「おれの助手だ」
「普通、逆じゃねえですか?」
「いや、助手は歩けないんだ」
大工の親父は考え込んだ。
「ちょっと待っててくだせえ」
そう言って奥に消えた。
しばらくすると2mありそうな大男を連れて帰ってくる。
「うちの次男なんですが、こいつに引かせちゃもらえませんか? 頭は悪くても力だけはあるんで」
「父ちゃん、おで、おで……」
なるほど。大工のような複雑な仕事は無理なのかな。
「いいけど、日当で銅貨十枚ぐらいしか払えないよ?」
「そ、そんなにもらえるんで?」
逆に親父がおどろていた。
こっちの世界の労働基準ってどうなってんだ?
銅貨10枚って向こうの世界で千円だぞ。
とりあえず人力車の代金と、車夫の前金として銀貨四枚を置いて帰った。
なんとも幸運。
これで自分で引かなくて良くなった。
あのガタイなら二人乗っても余裕だろう。
それから二日ほどは、のんびり過ごした。
三日目に人が訪ねて来た。
表に出ると訪ねてきたのは農夫だ。
やっぱりね。あれだけ喜ばれたんだから、噂は広まるだろう。
牛舎の場所を聞き、あとで行くと伝える。
人力車って三日でできるのかな?
そう思いながら大工をたずねる。
大工は家にはおらず、納屋のほうで音がする。
開けたら、そこにあった物におどろいた。
漆黒の大きな人力車。
二人用と頼んでおいたが、詰めれば三人乗れそうだ。
顔が写りそうな光沢がある黒塗りで、所々に飾りの彫刻まである。
「おう、どうでえ、旦那!」
「どうって、すごいですね」
「おう! これにつきっきりで作ってやったぜ!」
おいちゃん、他の仕事さぼっちゃだめ。
それにこの出来栄え。
「現代の名工」とか呼ばれそうだ。
住むとこ間違ってるよ。
大きな町なら引く手あまたの人気職人になりそうだ。
「そいじゃ、ボッグのやつを呼んできまさぁ」
なるほど、息子が引く人力車だった。そりゃ制作に力が入るか。
息子さんは黒の人力車に合わせたのか、黒い服を着ていた。
この前はボロ布をまとっていたが、こうしてみると立派な車夫に見える。
身なりって重要だな。
予想外の豪華な人力車に乗り込む。
「だ、旦那様、どっちに?」
身なりで考えた。
ユーリゲを助手に使うなら、二人して同じ服を着ていたほうが良くないか?
見た目で見栄を張る必要はないが、なにもマイナスからスタートしなくていい。
「ボッグ、服を売ってるとこ知らない?」
「へい」
大工の息子で大男のボッグ、聞けばまだ十八歳だった。
まあ、走る走る!
一度も休憩することなく服屋に着く。
田舎の服屋なので種類はない。
おれとユーリゲで見た目が揃うのが白い服ぐらいだ。
予備を考えて二枚づつ買う。
ボッグのために黒い服も一着頼んでおいた。
規格外の大きさなので特注だ。
それからまた休憩することなくユーリゲの家に着いた。
「ボッグ、しんどくないの?」
「お、おでは走るのなら得意だ」
初めての仕事で頑張りすぎなんじゃないか?
そう思ったが、それの上を行くやつがいた。
「……なにしてんの?」
ユーリゲは座ったまま家の柱に自分をくくりつけている。
その前に台を置き、本を読んでいた。
「こうしておけば、居眠りせずに読めます。しかし、すいません。この本の半分ほどは読めていません」
「ええ! 二冊は読んだの?」
なんつうやつ。ぶっとい本が三冊だ。
おれなら一週間、いや一ヶ月、いや、途中でやめる!
これは、やりすぎだわ。
ユーリゲは目の下にクマができていた。
「んー、今日は休んだほうが良くね?」
「いえ、なんなりと!」
「だって、牛舎に行くんだわ」
「え? 外にですか?」
「牛神様、息子は足が……」
はたで見ていた母親が口を開いた。
そういや言ってなかった。
前は「おれに教えてくれ」って言ったんだった。
「人力車を作ったんだわ。ごめん言ってなかった。今度でいいんで、助手として来てくれない?」
「行きます!」
ユーリゲ、目が血走ってる。
徹夜のテンションで怖えよ。
しょうがないので服を出し、二人で着替える。
ユーリゲは母親が着させようとしたので断り、おれが手伝いながら着替えてもらう。
「牛神様、あまりに無礼では……」
「いやいや、ユーリゲくん、おれと君で出掛けるんだから、二人で着替えれないとまずいでしょ?」
「本気なんですね」
「本気も本気。あ、牛神様って呼ぶのはやめてね。ナガレでいいから」
髪は母親にとかしてもらった。
白い服を着るとユーリゲも立派に見える。
賢い学者みたい。
おれのほうが、なんか胡散臭い。
ユーリゲも乗り、二人になった人力車でもボッグは平気。
飛ぶように走る走る。
何年も出歩いていないユーリゲは怖がるかと思った。
どっこい。「うははは!」って大笑いしてた。