第六話 本を読むと眠くなるのは呪いですか
こうなると断れるはずもない。
「どうにもならない」と男が泣いた牛は隣だった。
ここの牛舎も狭い。
牛はさらに少なく三頭。全てメス。
基本的にオスは乳を出さないので、産まれてすぐに殺処分らしい。
さきほどのオスは農作業用で珍しく残しているそうだ。
おお、牛の世界に生まれなくて良かった!
問題の牛は囲いの中をぐるぐる回っている。
特殊スキルで話しかけてみよう。
そう言えば特殊スキルって略してもいいのかな?
試してみよう。
「モントーク!」
耳を引っ張った。
『……』
よし、声が聞こえる。スキルの発動は略してもいけるな。
『おーい、牛くん、いや、牛さん』
『……』
『おーい』
『……』
なにかブツブツ言ってるが、まったく聞き取れない。
「この牛って、病気か何かしたことあります?」
「なんも。健康だったのに、半年前から乳が出ねえんでさ。街から回復石を取り寄せて使ってみましたが、それもだめで」
回復石、そうだ忘れてた。
ここはファンタジー世界だった。
薬草や回復薬みたいなのはあるのか。
「ごめんなさい、この牛、ちょっとわかんない」
「そうですか」
残念そうにうなだれる持ち主。
それでも、おれに何度も感謝を述べた。
うーん、後味悪い。
しかし、ボロい牛舎。
いや、待てよ。
おれは口に指を当て、みんなに黙るようにジェスチャーした。
ガタガタと窓の雨戸がゆれる。
牛舎を出て外に回った。
雨戸は立て付けが悪いようで、少しの風でガタガタと音を出す。
「これかも。ちょっとハシゴと釘あります?」
大工ではないので直せないが、応急処置として音が鳴る部分に釘を刺して固定する。
戻ると、さきほどの牛は丸まって寝ていた。
「鬱かもしれないですね」
「ウツ?」
「ええ、人間と同じで騒音とかで悩んじゃうんです」
「しかし、他の牛はなんともねえのに」
「けっこう性格があるらしいですよ。臆病な牛もいれば、のんきな牛も」
そんな話をNHKのドキュメンタリーで見た。
「一日一回ぐらい、散歩に連れてってみたらどうです?」
「散歩ですか。そんなことで、いや、昼寝してるのを久々に見ました。そうしてみます」
効くかどうかわからないが、気分転換と言えば散歩ぐらいしか思いつかない。
残りの相談も片っ端から受ける。
牛に聞いてみると、なにかしらヒントはあった。
「腹が痛い」という牛はエサに問題があった。
イラついている牛は、ハエが原因。
ほんと人生いろいろ、牛もいろいろだわ。
最後の牛舎を出たら、また、みんなが農作物を持って待っていた。
固辞しても引かないので、各家から一個ずつだけもらう。
「もうね、ほんといいから」
「ですが、牛神様」
「その、牛神様ってやめてもらえます?」
「じっと見てるだけで牛の事がわかるなんて、あっしらにしたら神様にしか……」
「え? おれ、しゃべってない?」
「へぇ。じっと見てるだけですが?」
おどろいた。
おれの特殊スキルは会話しているのではなく、テレパシーみたいなもんか。
「そういや、最初の家の子って」
あの青年の親がいないのを確認して聞いてみた。
「ああ、ユーリゲですね。数年前に火事にあっちまって。下敷きになったんでさ」
ユーリゲくんか。
おれより若く見えた。25、26あたりだろう。
「町の学校にも行って、あっしらの村じゃ一番期待されてたんですがねぇ」
なるほど。
優秀だったのかな。
若くしてああなると、そりゃ辛いわな。
館に戻ると日が暮れてしまった。
おれの姿を見てメイドのマルレーンさんが出てくる。
「ナガレ様、うっ」
鼻を押さえて彼女は下がった。
「と、とりあえず、お風呂へどうぞ」
匂いがきついらしい。
おれは今日、牛舎に入り浸りだもんな。
彼女に侘びて風呂に入った。
疲れていたらしく夕食を済ますと、すぐに眠くなった。
ベッドに寝転がりながら考える。
今日の牛舎、どこも不潔だったよなぁ。
牛にもストレスがあるって、よく聞く話だ。
あの環境じゃあ、発育に良くないだろう。
爺さまに相談するか?
でも余計なことをしてもな。
いつまでもここに住めないし。
そんな事を考えながら、眠りについた。
「ナガレ様、ナガレ様!」
強くゆすって起こされた。
「わたくしの料理、そんなに、ご不満ですか?」
見ればマルレーンさんが怒っている。
「へ? おいしくいただいておりますが」
まあ、格別おいしいとも言えないが、まずくもない。
「入口に野菜が次々届けられております! あっ、また」
マルレーンさんが窓の外を見た。
おれも起き上がり窓から見下ろす。
農夫のひとりが野菜を一つ抱えて来た。
玄関に置くと、正座して頭を垂れる。
昨日に「一個だけ」と強く断ったのが「一日一個」と解釈されたらしい。
ここに居候していることも伝えた。
それが失敗だったか。
しかし、あれじゃ「差し入れ」じゃなくて「奉納」だ。
おれ成仏しそう。
案の定、これは領主の爺さまにも知るところとなった。
領主の執務室に呼び出される。
「さーせん!」
入室一番、あやまったが、爺さまの思いは違ったようだ。
「こちらが感謝せねばならぬ事。どうであろう? 仕事としてやってみぬか? 追加の報酬は払うゆえ」
おれは腕を組んで考えた。
爺さまの助けになるのはいいが、専門的知識はない。
仕事としてやると、後々問題が起きそうだ。
「いえ、獣医ではないので、仕事としてはしないほうがいいかなと」
「ふむ。獣医とな。ナガレの国ではそういう技能者がいるのか?」
おれは遠い異国から来た人間だと伝えてある。
「はい。このあたりにはいないんですよね?」
「牛が病気になったら、見るのは治療師か僧侶だな」
なるほど。
回復系魔法の使い手か。
まあ、万能だからな。
その弊害で獣医とかいないわけか。
「とりあえず、困った農家がいたら、相談には乗りますので」
そう言って、爺さまの要望には答えておいた。
ついでに牛の飼育法などを聞くと、書庫に本があるという。
書庫? 行ってみてわかった。図書室だ。さすが、貧乏でも貴族。
農業や酪農に関する本は数えきれないほどあった。
牛関連だけで百科事典のような分厚い本が何冊もある。
手に取ってパラパラめくるが、わからん。
高校まで野球バカだったので、勉強は大の苦手だ。
部屋に三冊ほど持ち帰り、ベッドに寝転んで読んでみる。
マッハで寝た。
おそらく、この本には催眠の呪いがかかっている。
うんうん、そうに違いない。