第四話 ジャージャー領ってなんですか
御者がリニューアルされちゃった箱馬車に乗り込む。
例の問題児というか荒くれ馬は、長い紐でうしろに繋がれていた。
お前、馬刺しにされないで良かったな。
そう微笑みかけたら、ぷいっとそっぽ向かれた。
性格悪っ!
反対に性格のよい馬車はゆるやかに出発した。
北門を出て、街道を北に北に登っていく。
「ご領主殿、そういえば、街へは何しに?」
「ご領主とは、おやめくだされ、ナガレ殿。我が領民でもありますまい」
「では、おれのこともナガレと呼び捨てで。しかしなぁ……」
ヴェラルシュタインって、舌噛みそう。
「爺さま、って呼んじゃダメです? いや、調子乗ったかも!」
怒るかと思ったが、笑った。
「孫でもおれば、そう呼ばれておるだろう。爺さまか。なかなか良い」
爺さまに子供はいなかった。
妻に先立たれ、息子も三年前に亡くなったらしい。
人の良さそうな爺さんなのに、気の毒。
「んん? 爺さま、領主がそれって、問題あるんじゃ……」
ふと口が滑ったが、これも爺さまは怒るどころか、額に手を当てて考え込んだ。
「それよ。まさに今、ここに来た用事である」
話はこうだ。
貴族のひとりが、世継ぎのない爺さまに三女を勧めてきたらしい。
年齢は三十だそうだ。
いい話に聞こえるが、何が問題なんだろう。
爺さまも、まだ枯れる年には見えない。
「……もしかして、すごいブスです?」
うーん! と爺さまがうなった。
「ご婦人を容姿で判断してはいかん。いかんが、この三女は貴族の間でも有名な浪費家でな。昨日も、豚のような腕に高価な腕輪がつらなっておったわ」
なるほど、容姿だけでなく性格もブスか。それはキツい。
「爺さまに親戚は?」
「うむ。親族に家督をゆずるか、養子を迎えるか。いずれにしても我が親族は遠くにおってな。調整にも時間はかかる」
おれは名案が浮かんだ。
「爺さま、そのドブスをかわす間、おれが見せかけの息子をしましょうか?」
「貴殿、いや、ナガレが?」
「ええ。その親族との調整が済むまで。準備ができれば、おれは消えますよ。跡目争いなんてまっぴらです」
ふうむ、と爺さまは考え込んだ。
「あくまで仕事として。三食と寝床。それに一日で銀貨一枚」
銀貨一枚は前の世界でいうと一万円だ。このへんが打倒だろう。
「あの醜女に食いつかれるのを防ぐなら、安いか。良かろう」
「では、契約成立で」
おれは爺さまと握手を交わした。やった!
これでしばらく食いっぱぐれがない。
親戚の調整とやらが時間がかかるのを希望、切に希望だ!
それに領収の息子? むふふ。ハーレムできないかなぁ。
こっちでハーレムはエグイぞ。
なんせね、大きさが違う。
二、三時間で領地に着くと思いきや、なかなか着かない。
文字通り山を超え谷を渡る。
空が赤く染まり始めたころ、爺さまが言った。
「このあたりから、領地になる」
おれは嫌な予感がした。
「爺さま、領地の名前ってなんです?」
「ジャージャー領だが?」
そういう事か!
この世界は、元いた地球のパラレルワールドだ。
おれが住んでいたのは岡山県の真庭市。
そこから北に上がると、どこに着く?
蒜山高原だ。
ジャージャー領? ジャージー牛からもじった名前じゃねえか!
蒜山高原にはジャージー牛っていう乳牛がいるので有名なんだ。
ひとつの農村に入ったところで、爺さまは馬車を降りた。歩くらしい。
村人が爺さまに挨拶してくる。
領民からの人気はいいんだな。
しかし、この農村、着てる服はボロだし、家もあばら屋だ。
蒜山は岡山県で言うと最北の地。
こりゃ、貧乏領主かもしれない。まずったかも。
日も落ちたころ、やっと領主の館に着いた。
領主の館までボロだったらどうしようと思ったが、三階建ての石造りで立派な館だった。
ただし、金持ちそうな装飾はない。
家の者が出迎え、爺さまがおれを紹介する。
この時、爺さまの言い方は巧妙だった。おれを「養子候補」と言った。
この「候補」とつけたのは、上手いと思う。
あとでいなくなっても、問題ないもんね。
爺さまは仕事があるらしく、おれは二階建ての別館に案内された。
元いた世界でいうと広さは六畳ほどの部屋。
ベッドと机が置かれてある。客室だろう。
身の回りの世話をしてくれるというのが、メイドのマルレーンさん。
二十五、六あたりだろうか。
素晴らしいメイドさん。胸がむふふ。
ジャージャー領に一週間ほど滞在すると、この地の情勢がだいたいわかった。
やっぱり全体的に貧乏だ。
主な産業は酪農。
「ジャージャー領」の牛はもちろん「ジャージャー牛」だ。
だからジャージー牛でいいじゃん!
データを取り込んだAIはバカなのか。
ひねるなら、きちんとひねれ。
国の名前は「マーニワ王国」で真庭市そのまんまだし。
マーニワ王国ジャージャー領。なにこれ、響きが中華のメニュー。
さて、冷蔵庫がない世界、牛乳は近隣の村々で消費される。
領外へ売りに出すのはチーズが少しだ。
山間部のため平地が少ない。
城のまわりにあったような麦畑はできない。
平地が少ないので工房もなく、鉄や革といった産業もない。
これが貧乏の原因だ。
領主の家に住み着いて、ハーレム三昧の日々。
終わった!
まあ、そんな人生、簡単にはいかないか。