表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/12

第二話 晩餐に誘われる


 おれは言い返そうとしたが必要なかった。


「フーゴ! お主は鞭を振りまわしていただけであろう!」


 主人に怒られて御者の男は「ひっ」と首をすくめる。

 あぶねー! 濡れ衣着せられるとこだった。

 中世の世界で人生が転がりだしたら、どこまで落ちるかわからんぞ。

 パン一個盗んで、奴隷船まで落ちた映画なかったっけ?


「貴殿の名を聞いてよろしいかな?」


 おれは背筋を伸ばした。

 営業マン鉄則、第一条。

 大物そうな人物に名前を聞かれたら、すぐ答える。


「ナ、ナガレです。アカボシナガレと言います」


 ふぅ。赤星流星。

 流星と書いてナガレと読む。

 この世界じゃ変な名前だろうな。


 この星が二つというスーパーキラキラネーム。

 名前を付けた親の顔が見たい、と言われても両親ともに存命してはおりませぬ。


「ナガレ殿。珍しい名ですな。老体の命を救っていただき、誠に感謝しますぞ」

「いえいえいえいえ!」


 こんな丁寧に感謝されたことなどない。

 思わず首をぶんぶん振った。

 イザークと呼ばれた騎士が、馬の前に行きハミをゆるめる。


「たいしたものだ。遠くから見ていたが、かなり荒れ狂っていた。それを鎮めるとは。名のある馬房にお仕えと、お見受けしますが?」

「いえいえいえ!」


 もう一度、首をぶんぶん振った。


「えーと、たぶん、調教師? テイマー? というんですかね」


 おそらく自分は、そんな職業のはずだ。

 モンスターと話せる特殊スキルを持つ者は、自動的にそうなったはず。

 しかし、失敗だったかなぁ。

 ゲーム世界に転生するんなら、魔法使いとかにすれば良かった。

 調教師にしたのは、魔獣ケルベロスとか従えて魔王を気取るつもりだった。

 でもこうリアルだと、ケルベロスに合ったら殺されそう。

 ……っていうか、これ、ゲームなん?


「調教師とな」


 イザークがつぶやいて爺さまと目線を合わせた。

 ありゃ? なんかマズった?


「ナガレ殿、その職業ですと、あまり人前で言わぬほうが良いでしょう」


 爺さまの言葉に首をかしげた。意味わからん。


「昨今、馬泥棒が横行しておりましてな。その中に動物を従わせる能力を持つ者がいると聞きます」


 うげ。それはヤバい。イザーク隊長の真剣な目が怖い。


「お、おれじゃないですよ。これでも調教師は始めたばかりで。動物と会話ができるってだけです」

「しかし、あの状況から、こうして従わせてるわけですから。かなりの能力……」


 隊長! 目線こわっ!


「従わせてませんって! たまたまです。牝馬の話したら、急に止まって」


 イザーク隊長がしゃがみこんで馬の腹を見た。笑いながら顔を上げる。


「これはこれは。たしかに少し、いきっております」

「ほう、思えばそんな時期かの」


 マジで? 馬をよく見ると、たしかに鼻息荒くて悶々しているようにも見える。


「なんとも巧妙な扱い。ナガレ殿に我が隊の馬番を任せたいわ」

「イザーク殿、それでは戦馬になりませぬぞ」

「いや、あの、おれが興奮させたんじゃないですよ」


 二人が大笑いするので、おれもつられて笑った。



 このまま領地へ帰るのは危険だということで、変え馬を用意するらしい。

 ついでに御者もクビ。

 去り際におれをにらむので、言ってみたかったセリフを言ってやった。


「ざまぁ!」


 男は何も言い返せず、ほんと、ざまぁない。


 ヴァラルシュタイン伯は城下町に一泊するらしい。

 おれは夕食に誘われた。

 もちろん受ける。


 夕方になり、教えてもらった飯屋に行く。

「銀羊亭」という飯屋、いや飯屋じゃないな。料亭みたいな感じだ。

 大きな洋館の入口に受付があった。


「ヴァラルシュタイン、という人に呼ばれて来たのですが」


 おれの言葉に受付の女はジロリと服を下から上まで見た。

 おれの服は麻でできた安っぽい服装だ。

 目覚めたら着ていた服なのでしょうがない。


 受付の女は笑顔も見せず、おれを館内に通した。

 落ち着いた調度品がある個室に、爺さまはいた。

 四人がけテーブルの上には、焼いた肉や果物が並ぶ。


「ナガレ殿、どうぞ」


 勧められるままに、おれは席についた。


「お飲み物は?」


 給仕が聞いてくる。

 爺さまはワインを飲んでいるようだ。それに合わせよう。


「ワインを」


 給仕は一礼して出ていく。

 しばらくしてワインが運ばれてきた。

 一口飲んで首をひねる。

 薄い! まあいいや。


「今宵は、ごゆるりと。おお、飲み明かす前に……」


 爺さまは小さな袋を出した。もしかして?

 受け取って中を見ると、銀貨が十枚。

 イエス! こうでなくちゃ!


 これで当分食うに困らないだろう。

 なんせ、おれの所持金は10Gだ。銅貨十枚。

 市場で野菜などの物価を見たが、1Gは百円と思ってよさそうだった。

 なので所持金千円だ。

 転移したら全財産千円って、このゲームひどくね?


 ワインがなくなったので、もう一度、給仕を呼んだ。


「さーせん! ワインを」


 給仕が同じように一礼する。そのうしろ姿に声をかけた。


「薄めないでね!」


 給仕はびくっ! と肩を動かしたが、振り返らず去っていった。

 昔、アルバイトで居酒屋にいたことがある。

 その時にケチな店長がやっていたのと同じだ。

 ケチな店長は飲み放題のワインに水を入れて増やしていた。

 バレるっつうの。

 でも、意外に生ビールと言いつつ発泡酒を出してもバレないのな。

 ビール会社は、業務用の発泡酒15リットル樽なんて売るからだ。

 悪用しかされないと思うのだが。

 この店も、おれの身なりを見てバレないと思ったんだろう。


「ナガレ殿?」

「ああ、失礼しました。そうそれで、その女ったらしの男爵はどうなったんです?」


 貴族っぽい爺さまから、人の恋愛話を聞いていたところだった。

 社交術なんだろう、話が面白い。

 お城の色恋沙汰や、兵士の武勇伝を聞きながら食事を進める。

 人の笑い話はするが、お互いのプライベートな話はしない。

 やっぱりこれって社交術だろうな。


 この場はこれでいいが、おれは何か架空の生い立ちを考えておいたほうがいい。

 前の世界ではリフォームのセールスマンをしていたが、こっちの世界で似たような仕事はないだろう。

 また、セールスマンと言っても優秀じゃなかった。

 あまりに成績が悪いから、東京の本社から支店に飛ばされた身だ。

 だって、じいさんばあさんを騙して排水設備とか、なかなか取れないよ。


 ひとしきり飲んで食ってを終え、送りの馬車まで用意してもらえた。

 貴族ってすげえ。そして、自前で馬車を持ってる銀羊亭もすげえ。

 ワインは水増しだったけど。


 馬車に乗り、おれの家がある平民街に行く。

 町の中は城に近づくほど貴族の家が多い。

 おれの家は城壁近くの平民街だった。

 家に近づくと、なにやら人だかりが。


 ……嘘だろ、おれの家が燃えている!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 家がーーーー!!! ビールのお話がリアルでしたw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ