エピローグ 問題はそこじゃねえ
「よろしく、お願いします!」
おれは食堂に入るなり、そう言って頭を下げた。
一刻ほど、あのバカ馬に振り回された。
みんなは飯食ってるか、帰ってるかと思ったら違った。
なんか優雅に、お茶を飲んでいる。
「そうか。これで、あの醜女もあきらめるであろう」
「えー、爺さま?」
真意はどっち? もう、食えない人。
「あ、爺さまっておかしいのか。父さま?」
「それも響きが今ひとつであるの」
「じゃあ、オヤジでもいいです?」
「ふむ。良かろう。お前らしいわ」
爺さま、いや、オヤジは三人をあらためて見た。
「とまあ、こういう経緯と相成った。これまで以上に我が息子を守り立ててくれるだろうか?」
「はっ! この身に変えましても!」
ユーリゲ、答えが早いよ。ちょっとかぶりぎみだ。
「おで、おで」
ボッグが泣いている。なんか感動したみたいだ。
「おまかせを。これで正式に領民の一員。遠慮なく行きます」
リーザー女史、眼鏡くいっ。怖えよ。そして今まで遠慮してたっけ?
「旦那さま、お客様がお着きです」
マルレーンさんが知らせに来た。お客?
「せっかくの夜だ。ユーリゲとボッグの家族も招いておる」
おお、宴会だ。
……うん? それって、こうなることを読んでたってこと?
オヤジは柱時計を見た。
「うむ、悩んで一刻半。予想通りだな」
怖っ! やっぱりオヤジって領主だわ。
ユーリゲの父ちゃんは農夫、ボッグの父ちゃんは大工。
こうなると、話はやっぱり牧場のことになる。
現場で働く意見として、何が必要か。
また、何を建てれるのか。
「まあ、農家の連中が、どうしてもっていうなら、なんでも可能だがな」
はい? あの辺りって平地が少ないから、大きな建物は無理なんじゃなかった?
爺さま、いや、オヤジである領主からは、そう聞いた。
おれはボッグの父ちゃんである棟梁に聞き直した。
「平地がないから、大きな建物は無理ではないです?」
「丘の一つ二つを更地にするんなら、どんなもので建てるぞ?」
聞けば、それは大勢の人手がいるのでやらないそうだ。
ああ、確かに大工は土建屋じゃないもんな。
おれたちと農家の人でやっちゃえばいいわけか。
「ナガレ様、それなら牛舎だけでなく、鶏小屋と馬舎もいけるかと」
ユーリゲは前から余裕ができればやりたいと言っていた。
卵は、この時代だと高級品だ。
馬はそれこそ、最高級品。
「それに、食品加工場な」
おれは付け加えた。
牛乳の小瓶だけでなく、チーズも本格的に生産してみたい。
乳製品は幅が広い。
こんなことなら、ヨーグルトの作り方も知っておけば良かった。
自分の知識のなさを嘆きながら、牛肉と玉葱の炒めものを口にする。
「うん? この肉、すげえ旨い」
「ああ、それはうちのです。先日、オスが生まれたので」
ユーリゲの父ちゃんが教えてくれた。
すると、ジャージャー牛?
もう一度食う。
やっぱり旨いよ? すげえ旨い。
なんてこった。
ジャージー牛は乳牛だと思ってた。
でも、食ってみたら旨いじゃん!
和牛のような脂の旨味はないが、赤身肉のしっかりとした旨味がある。
ちょっと疑問。
このジャージャー牛の肉は薄切りが正解なんだろうか?
ステーキで食ってみたい。
ユーリゲの父ちゃんに聞くと、かたまりで持ってきたそうだ。
なら、また厨房に肉は残ってるだろう。
厨房にはマルレーンさんほか、メイドさんがふたりいた。
もらったジャージャー牛を出してもらい、厚切りにする。
フライパンを借りて、油をまず敷く。
「これ、オリーブオイルがあればなぁ」
オリーブオイルをたっぷり使って赤身肉を焼くと旨いんだ。
「オリーブオイルか。南方の島では特産品として聞くが……」
声にびっくりして振り返るとオヤジだ。
南方の島?
ああ! 小豆島か。
行けないことはないだろうが、馬車で何日かかるだろうか。
あと船ってあるのか?
余裕ができたら旅をしてもいいかも。
「オヤジ、そこってなんて名前?」
ここがマーニワ王国ジャージャー領だ。
小豆島はどうなってんだ?
「たしか、オリーブン共和国だったか」
オリーブン! だせえ!
しかも小さい島だ。
車なら二時間ほどで一周できる。
この時代で離れ小島、やべえな。
そんなことを考えていると、みんなが厨房に入ってきた。
おれが肉を焼くのに興味があるそうだ。
やだなぁ。見られると恥ずかしい。
おれは厚切りのジャージャー牛をフライパンに乗せた。
「あっ! フライパンが温まっておりません!」
そう言ったのは、メイドのマルレーンさんだ。
「ステーキの場合、フライパンは冷たいままでやるってのも、ひとつの方法なんです」
居酒屋でバイトしてて良かった。
居酒屋メニューで「サイコロステーキ」は人気メニューだった。
ステーキは自分の家でも作れるので、昔に色々と研究したのだ。
肉の表面に肉汁がポツポツと出てきた。ころあいだ。
ひっくり返して、またしばらく焼く。
この世界のコンロは、下のカマドに炭を入れるタイプだ。
火が強いかもしれない。
フライパンを火から下ろし、木のフタをした。
「もう、焼きませんの?」
「ええ、少し休ませようと思います」
「休ませる?」
「あっ! 塩コショウあります?」
マルレーンさんは、鍵のついた戸棚から塩とコショウを出した。
やっぱり、この世界で調味料は貴重なんだな。
フタを開けると……
いい感じだ。
ナイフで切ってみる。
よしよし、表面はかりっと、中はほんのりピンク。
「まだ、焼けでねえ」
そう言ったのは、頭にユーリゲを乗せたボッグ。
そうか、ボッグはウェルダン派か?
みんなに聞くと、要は焼けたか生焼けか? という判断しかしていないらしい。
塩とコショウを振りかけ、サイコロ状に切る。
皿に盛って、部屋に戻った。
まずは作った本人が一口。
うーん、うまい!
みんなもサイコロステーキにフォークを伸ばす。
「これは、美味だな」
「はい。噛めば噛むほど、味わいが広がります」
「いけるわね」
「おかわり!」
なかなか好評なようだ。
「うめえ。こんなにうめえのに、今まで食べる機会がなかったとはな。村のもんに隠してやがったな」
ボッグの父ちゃんは、あまりの美味さに腹を立てた。
「いえいえ、身内で消費しているだけで。良ければいつでも、お持ちします」
「そりゃあ、ありがてえな。代わりに家で傷んだとこなんざねえかい?」
棟梁とユーリゲの父ちゃんが話している。
「そう、そこ。これ肉牛としても充分に売れるんじゃないかなあ?」
おれは素朴な疑問を口にした。
「この牛の肉は、あまり人気がありませんので。それに子牛ですので肉の量も少ないですし」
ユーリゲの父ちゃんが答えてくれた。
「タンやホルモンは?」
「はい?」
あっ、言い方が違うのかな。
「舌や内蔵は、どうしてるんです?」
「はぁ、飼料を作るところに引き取ってもらいます」
「飼料? それって安くないです?」
「いえ、畑に捨てるわけにもいきませんので、処理してもらってます」
「処理? ひょっとして、こっちが金を払うんですか?」
「そうです」
もったいねー!
おれは、タンやホルモンがいかに旨いか力説した。
尻尾だって、テールスープにしたら抜群に旨い。
いやいや、それにソーセージがあったわ!
前の世界でも、蒜山のソーセージは旨かった。
「オスって育てにくいとか、あります?」
横からリーザー女史が聞いた。
「いえ、特には」
「オスは美味しくないとか?」
「それも特に。食肉でしたらメスは出産前、オスは去勢して二年から三年が食べごろです」
去勢と聞いて、下がきゅんとした。
リーザー女史がおれを見て、眼鏡をくいっと上げる。
わかってるよ。
これは商機! と言いたいんでしょ。
「人気がない、というのが壁ですわね」
「人気なぁ……」
元の世界でも牛肉の人気は「ブランド」だ。
〇〇牛、という名前で売れる。
松阪牛のA5ランクなんて、目が飛び出る値段だ。
待てよ、ランク?
「等級を付けちゃうってのは、どうだ?」
おれの言葉にみんなが首をひねった。
「肉に例えば、1級から5級まで付けるのさ」
「ナガレ様、等級分けはどのように?」
「そのへんの基準は、こっちで決めれば良くね? 例えば味見したっていいし」
「そんな勝手に付けていいものでしょうか?」
「問題ないと思うけどなぁ。牧場ギルドも勝手にやってるし」
「牛神牧場の独自ってわけね。いけますわ、それ」
この世界に牛肉の組合なんてのもないだろう。
勝手にやっても問題はないと思える。
「あっ! でもへたに等級付けると4級や5級が売れないか」
「それはない。ナガレよ」
領主のオヤジが口を開いた。
「下級貴族が何か推薦したとする。かたや隣に何の推薦もない物がある。どっちを取る?」
ああ、そうか。
低い等級であっても、何もない物より強いのか。
「これは、今まで無駄になっていたオスが生きますね」
「ああ、ユーリゲ。そうなるとやはり必要なのは……」
棟梁が席を立ち、口を開いた。
「牛舎ってわけだな。よし、なんだかウズウズしてきやがった。帰って図面を引きてえ」
棟梁は領主に今夜の礼を述べ、帰っていった。
ボッグを連れて帰ったが、ボッグは最後まで「おかわり……」と言っていたのが笑える。
棟梁ではないが、おれもなんだかワクワクしてきたぞ!
「しかし、おれが領主の息子とはなぁ……」
美味いステーキで腹がいっぱいになり、食後茶の湯気をあごに当てながらしみじみ思った。
「その気はなかったか?」
爺さま、いや、オヤジが聞いてくる。
「もちろんです。仕事として思ってましたから」
「そうか。意外よの」
オヤジはそう言って茶をすすった。
意外? おれは領主候補の話をした時、それほどがっついてないはずだ。
「ナガレ様、私には運命としか思えませぬが……」
うん? 横からユーリゲが口を挟む。
「ああ、牛の声が聞こえるからか。あれはな、そもそも対魔獣用で……」
「そっちではありませんでしょ!」
さらに横からリーザー女史が入った。
リーザー、オヤジの前だからか茶受け皿をきちんと持ち、上品に飲んでいる。
お前、ユバーラで牛乳飲むとき、腰に手を当てて一気飲みしてたくせに。
「そっちってどっちよ?」
「勘の悪さク……勘が悪いですね」
今、クソって言おうとしたろ。
「ナガレ様、ここはどこ?」
「はい? マーニワ国ジャージャー領でしょ」
「では、領主様の名は?」
オヤジの名前、長いんだよな。
「ヴァラルシュタイン」
「それは名です。姓名では?」
「そりゃ、ヴァラルシュタイン・ジャージャー……んが!」
まじか!
「おれの名前、ナガレ・ジャージャー!」
リーザーはゆっくりうなずいた。
「はい。これは運命ですわ」
「私も最初から思いました」
「ふむ。山にじゃあじゃあと流れる清流のように、よい名前よの」
いやいやいや!
水漏れ感ハンパねえ!
トイレやーん!
「お、おれ、領主の息子やめる!」
「「「はぁ?」」」
そのあと、おれは三人からみっちり怒られた。
ふぅ。
おれはナガレ。
ナガレ・ジャージャー。
領主の息子。
名前は覚えないでくれ。たのむ。
終
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。
ちょっと駆け足ではございますが、これにて閉幕です。
ちょっとでも面白いとこありましたら下の☆☆☆☆☆をタップ願います。
つまんねえ!ってかたは星一つ、良かったよって方は5つ。あわわ!調子乗りました4つでも。
そして今回の話、作中にでてきました小豆島。
あちらを舞台とした作品があります。
「勇者カカカの冒険」ぜひお試しください。
また、そのほかの作品も力を込めて書いています。1~2P試しみてください!
<(_"_)>
ほんとうに最後までお読みいただきありがとうございました!
代々木夜々一