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最終話 決意である

このあとエピローグが一話あります。


 夕食に招かれたのは、おれとユーリゲ、ボッグとリーザー女史。

 つまり全員だ。

 食事が始まる前に話となった。


「噂で聞いているとは思うが、融資の話がまとまった。お前たちがやっている牧場を本格的に動かせるぞ」


 やった! と喜んだが、気になることもあった。


「爺さま、融資って、返せなければどうなるんですか?」

「担保として境界線の領地を入れておる。返せなければ、この領地が少し縮むだけだな」

「そんな!」


 おれがなんとなく始めたことが、おおごとになっている。


「貧しい領地を抱えていても、誰のためにもならん。領民の豊かさが領主の豊かさになる」


 思えば、爺さまはさほど贅沢もせず、黙々と領主の仕事をしている。

 時々、領地の視察もかかさないようだし。いい領主なんだな。


「ただし、ひとつ条件がある」


 条件? なんだろう。


「ナガレよ、わしの息子となるか?」

「ええっ! おれ?」


 突然の申し出に戸惑った。

 そんなつもりもなかった。

 じゃあ、ここが嫌いなのか? というわけでもない。

 っていうか、おれにつとまる?

 いやぁ、つとまらないわなぁ。


「ナガレよ、わしと飲んだ夜、覚えておるか?」

「ああ、城下町で、ですね」

「あの時、お前は薄めたワインに気づいて注意をしたな」


 ああ、あったなぁ、そんな事。


「怒るわけでもなく、騒ぐわけでもなく。そして、わしが聞いたら話をはぐらかした。あれは、あの席を壊さぬためであろう」


 ありゃ、ばれてた。


「領主というのは、まさにあれで良い。真を見るのが重要だが、ひとたび領主が口を開けば影響は大きい」


 なるほど。よく見てんなぁ。さすが爺さま。


「それで、どうする?」


 ユーリゲ、ボッグ、リーザー女史も、おれを見ていた。

 もしも領主になれたら、そんな妄想はしたことがある。

 悪徳領主として年貢取りまくって、巨乳ハーレム作ってと妄想してたけど。


「……少し、外で考えてきてもいいですか?」


 爺さまはうなずいた。


 おれは館の玄関を出た。

 空は赤く焼けている。もうすぐ夜の闇がくるだろう。


 領主の息子か。


 この世界に転移したばかりなら、即答で受けた。

 だが、今だと重い。その重さがわかってしまった。


 領主の館の前庭を歩く。

 このまま逃げるか。

 おれの部屋にある荷物を取り出ていけば、気まずい気分を味わわずに済む。


 この前庭は、綺麗に整備されていた。

 レンガを積んで作ったプランターには、多くの種類の花があった。

 花卉栽培!

 この領地が貧乏なのは、穀物を育てる広大な平野がないからだ。

 だが、花なら?

 花屋はいつの時代でもある。

 向こうの世界で花農家の青年がいたな。

 リフォームの営業で会ったことがある。


「花卉栽培は大きくは儲からないが、こじんまりやるなら成功しやすいですよ」


 そんなことを言ってなかったか?

 いや、大きくやってもいい。

 この世界で温室を見たことはない。

 ビニールはないが、ガラスはある。

 昔の温室はガラス張りだ。できないことはないだろう。


 おれは頭を振った。

 今、ここを出ていく算段をしていたところだ。

 ついつい商売のことを考えてしまう。


 出ていくなら馬はいるか?

 ここは、へき地だ。馬なしでどこかの街まで行けるだろうか?

 いや、その前に、おれに馬が扱えるのか?


 おれは敷地のはずれにある馬房に入った。

 そして、思わず嘲笑がこぼれる。

 調教師が馬泥棒。

 最初に聞いたとおりになった。


 馬房には馬が三頭いた。

 そのうちの一頭が、じっとおれを見つめる。

 あれ? あいつって暴れた馬じゃね?


「モントーク!」


 右耳を引っぱった。


『なに見てんだよ』

『乗レ』

『はい?』

『散歩ガシタイ。乗レ』


 こいつ、すげえ賢えじゃん!


『おれ、馬に乗ったことないんだけど』

『吾輩ガ合ワセテヤロウ。乗レ』


 おいおい、吾輩つったぞ。

 この賢さなら、使えるかもしれない。

 おれは鞍を探した。


『要ラヌ。外ヘ出セ』


 まじかよ!

 おれは柵を開け、馬を外に出した。

 一応、たてがみは掴んでおく。


 馬は外に出ると、器用に足を折りしゃがんだ。

 爺さま、どうやって仕込んだんだ?

 どう見ても普通の馬なのに。


『乗レ!』

『あ、はい。さーせん』


 生まれて初めて馬に怒られた。

 そして生まれて初めて馬にまたがる。


 おれが乗ると、これまた器用に立ち上がった。

 かっぽかっぽと歩き出す。


 庭を出て、道に入ると少し早足になった。

 これ、おれを気遣ってる?


『お前、何者?』

『馬ダ』


 うん。それは知ってるけど……


 民家が近づいたところで馬はまた速度を落とした。

 これは、人が飛び出てくるのを懸念した?

 ……こいつ、すげえ、自動運転搭載だ!


「ああ、牛神様!」


 村人が軽く膝を折ってあいさつした。

 それに手を挙げて応える。

 ずっと膝をつかなくていい、むしろやめてと言い続けいた。

 それが広まったのか、膝はつかれなくなったが、こうやってあいさつはされる。


「おお、牛神様!」


 中年の男が一度膝を折り、近づいてくる。


「どこ行きなさる?」

「ああ、ちょっと散歩をね。ははは」


 男は自分の家を指差した。


「ちょうど今から一杯やるとこで。いかかです?」


 男が指した家からは、夕餉の煙があがっていた。

 それに牛舎がある。

 牛神牧場の一員だろう。


「晩酌ができるぐらい余裕ができたか、良かったなぁ」


 おれがそう言うと、男は突然、ぶわっと涙があふれた。


「へい。もう何から何まで牛神様のお陰です」


 うおぃ、よせよ。もらい泣きしそうになるわ。


「最近では、なにやら人生が楽しくなってきちまいました」

「ご主人、泣くなよ」

「へい」


 男は胸を叩いて涙をこらえた。

 うわっ、あかん!

 涙をこらえてプルプルしてるのって、そっちのほうが利く!


「う、牛神様! て、てーへんだ! 皆の衆!」


 うおぃ! 呼ぶな!

 家々から村人が出てくるじゃねえか!

 おれは切り替えが早いほうじゃねえ。

 泣きだしたら長いんだ!


「牛神様が、涙を……」


 出てきたおばちゃん、赤子抱えたまま膝をついて祈りだしたじゃねえか。

 赤子が泣き出した。

 おばちゃんは、それをあやしながら自分の涙をぬぐう。


「セミールや。よく覚えておくんだよ。この方があなたの時代の領主様。あなたを守り、そしてあなたが守らなければならぬお方」


 うおぃ! たたみかけんじゃねえ!

 涙止まらねえじゃねえか!

 もう、馬のまわりには村中の人がきちゃってるし。

 膝ついてるし、泣いてるし!


「ババさま」


 ババ様? 見れば幼子に手を引かれた老婆がいた。


「わたしの代わりに見ておくれ」


 おい、ババァ、どっかで聞いたようなセリフ言うんじゃねえ!


「はい、ババさま。白い服のうしがみさまが、茶色い馬にのって泣いておられます」

「おお……」


 ババァ、目をカッと見開いた。

 見えんのかよ!


「その者白き衣をまといて栗色の馬にまたがり涙はらむべし。失われた牛との絆を結び、ついに人々を緑の地に導かん……」


 ん! なんかそれらしいこと言ったけど、牛神牧場のことだね! 伝説ではないね!


「牛神様、明日は牧場に来られるんで?」


 最初の男が涙をぬぐいながら言った。

 ここ最近、牛乳の販売で牧場に顔を出せてない。

 っていうか、おれ、ここを出ようとしてたんだった!


「あー! クソッ!」


 おれは天に向かって叫んだ。


「へい。牛糞でしたら、裏手に……」


 そっちじゃねえよ!

 しかし、これ無理だ。

 ド田舎へ都落ちかもしれないけど、どうでもいいわ!


「はいっ! 明日は牧場へ行きます!」


 村人がどっと沸いた。

 その顔から笑顔がこぼれる。


「良イモノヲ見タ」


 なんだ? 誰か言った?


「民ガ流ス涙、悲シミデハナク喜ビノ涙……」


 んん? 馬しゃべった? いや、おれ今、スキル使ってないんですけど!


「封印サレシ我ガ姿、見セヨウゾ」


 馬が光りだした。

 またがった下からの強い光に目を開けていられない。


 しばらくすると光がおさまった。

 恐る恐る目を開けると、またがっていた馬体が白い。


「馬神様……」


 まわりの村人は膝をついていた。


「う、馬神様?」

「はい。この地に伝わる伝説です。どこかに白い馬がいて、何百年も生きているとか」


 うお! おれじゃなくて馬のほうがモノホンだった!

 領主のジジイ、隠してやがったな!


「参ロウゾ」


 はい? 参ろうぞって言った?


 白馬が駆け出す。

 は、速い!

 たてがみをあわてて掴んだ。


 ばさっ。

 何かが下で開いた。

 うっ。嫌な予感がする。

 下を見たくない。


 下を見た。

 翼だ。


「シッカリト掴マレ」


 白馬の翼が羽ばたいた。

 おれは首にしがみつく。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」


 すっとんきょうな声をあげた。

 みるみる地面が遠のく。

 忘れてましたー!

 この世界、異世界でしたー!


「見ヨ、夕焼ケガキレイダ」

「見れるかボケェェェェェェェ!」


 マーニワ王国ジャージャー領。

 中央にそびえるは「魔の三座」

 その山の頂に、おれの叫びがこだました。






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