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第39話 二人でなら乗り越えられる

 シャリーの背中に回された手が震え、ドリーの不安が伝わってくる。強く抱きしめられたシャリーは、その背中を優しく撫でた。

 恐怖を感じる。一体何を恐れているのか、全くわからない。だからシャリーは、少しでも安心できるように優しく包み込んでいた。


『ドリー様、大丈夫ですか!』


 聞いたことのない声が耳に入ってきた。思わず顔を上げると、奇妙な球体がピョンピョンと跳ねている。

 思わず何度も目をパチパチとすると、それは妙に籠もった声で叫んだ。


『お前か! お前がシャリーか!』


 恨めしげに奇妙な球体は叫んだ。ピョンピョンと跳ねながら『お前のせいでー!』とさらに叫んだ。

 シャリーはその反応にどうすればいいかわからなくなる中、ドリーが左手を拳にして奇妙な球体を小突いた。


「うるさい」


 小突かれた球体が力なく転がっていく。静寂が空間を支配し始めた時、シクシクと悲しそうな声が耳に入ってくる。

 どうやらドリーに怒られたことがショックだったようだ。


『ひどい。私はただ、ドリー様が心配で心配で堪らないだけなのに』

「だったらもう少し空気を読んでくれない? アンタのせいでぶち壊しよ」

『空気? 私は味わえませんが、美味しいものなのですか?』

「そういう意味じゃないわよ、このポンコツ!」


 ドリーが呆れていた。だがシャリーはその姿を見て、つい顔を綻ばせてしまう。

 そんなシャリーを見たドリーは、どこか安心したかのように微笑んだ。


『笑っている場合じゃありませんよ!』


 笑っていると球体が再び叫んだ。声を聞いたドリーはすぐに顔を引き締め、シャリーの手首を掴む。


「離れるわよ」

「でも、ここがどこなのかは――」

「聖地の近くよ! とにかく走って!」


 ドリーに導かれるような、だけどそれは何かから逃げるかのような感覚だった。

 シャリーは手を引かれ馬車から離れていく。奇妙な球体も二人の後ろをついていくように、ピョンピョンと跳ねながら駆けていった。



◆◆◆◆◆



 明るかった空が茜色に染まる中、シャリー達はとにかく走った。息が切れても、足がもつれても、とにかく走った。

 走って走って走りまくってようやく立ち止まった時には息を吸うのも吐き出すのも辛くなっており、胸もひどく苦しい状態だった。


「ここまでくれば、安心ね」


 シャリーよりも早く呼吸を整えたドリーは、木が生い茂る空間を見回す。木々が生い茂る中で一つだけ大樹を呼べるものがあった。ドリーはそれを見ると、ちょっとだけ不安そうな表情を浮かべる。

 安心できる場所だが、全ての不安を拭えた訳ではないようだ。それを感じ取ったシャリーはどう声をかければいいか考えてしまう。


『ドリー様、大変です!』


 ドリーを見つめていると、再び奇妙な球体が騒いだ。だがドリーは振り返らず、黄を張ったような声で「要件だけお願い」と告げた。

 奇妙な球体は少し言葉を詰まらせたような素振りを見せたが、言われた通りに行動し始める。


『お手を借ります!』


 ピョン、と飛び跳ねてドリーの腕の中に収まると、フタが取れたかのように被さっていた一部分が上へとスライドした。

 その中を見たドリーは、途端に顔を歪ませる。シャリーが思わず顔を覗き込ませると、見たこともない画面があった。

 ガラスに文字が浮かんでいたことに驚いたが、それ以上に見たこともない技術に言葉を失ってしまう。


「ドリーちゃん、これ何!?」

「見た通りよ。ったく、ふざけてるわ」

「何がふざけているの? ねぇねぇ、ドリーちゃんが持ってるそれ、何なの?」

「アンタ、文章を読んだんじゃないの?」


 シャリーはついつい「貸して貸してぇー」とせがんでしまう。そんなシャリーに呆れるドリーは、奪い取ろうとする手から球体を遠ざける。


「あのね、今とっても大変なことになっているのよっ!」

「いいじゃん、少しくらい! ちょっとだけでいいから、ほんのちょっとでいいからっ」

『愚か者め! 我がマギアはドリー様に忠誠を誓いし者! お前ごときが我が身体に持っていいものではないわ!』

「うっさい黙れ。あー、もー! 集中して読めないじゃない!」


 妙に賑やかな中、ドリーはマギアの画面に表示されているボタンを押した。

 すると表示が代わり、なぜかニイナの顔が映し出される。シャリーは思わず目を大きくするとドリーは画面に映し出されたニイナに話しかけた。


『ドリー様、ご無事でよかったです!』

「私が遅れを取る訳ないでしょう? それよりも、そっちにも来たと思うけど見た?」

『は、はい。まさかこれ――』

「見事に罠にハマったわ。どうりで虫のいい話ばかりだと思っていたけど」


『ですが、いくらドリー様が不可侵条約を破ったとはいえここまでするだなんて……』

「キッカケが欲しかっただけよ。何にしても、こっちはいいようにやられたわ」

『どうするんですか? このままじゃあこちらは』

「今の条件で和平なんてない。わかりきっているでしょ?」


『で、ですけど!』

「まだ手はあるわ。ニイナ、今から二時間後に大臣達を全員呼び出して。っで、すぐに言ってちょうだい。カースベータと戦争することになったってね」


 ニイナは顔を強張らせた。シャリーもまた、思いもしない言葉に息を止めてしまう。


「待ってドリーちゃん! 帝国と戦争だなんて、そんなの」

「勝てっこないわね。でも、やるしかない」

『そうですね。勝たなければ我々は何もかも失いますね』

「なんで!? どうして戦うことに――」

『言葉の通りだからだ』


 シャリーが言い切る前にマギアが割って入った。

 一体どういうことなのかわからず、シャリーはマギアを睨みつけてしまう。そんな顔をするシャリーを見たマギアは、フンと鼻を鳴らすように声を放った。


『フェアリーア王国を支える錬金術師を無条件で引き渡すこと。王族および貴族の首全てを跳ね、王女自身も断罪されること。それが和平の条件だ』

「何、それ。なんでそんなこと」

『お前を助けるために、ドリー様がカースベータ帝国との不可侵条約を破ったからだ。全てはおまえのために、多大なる犠牲が生まれようとしている』

「やめなさい、マギア」


『しかし!』

「シャリーを責める理由にならないし、責めたところでどうしようもないから。それよりも今後を考えなさい。アンタ、あっちに帰られないといけないでしょ?」

『ご心配なく。私の意志を〈グランギア〉に伝え、無事にリンクが切られたので大丈夫です』

「アンタねぇ……」


 ドリーは大きなため息を吐いた。シャリーはというと、話がついていけずポカンとする。

 そんなシャリーを見たニイナは、ちょっと困った笑いを浮かべていた。


『と、とにかく私は指示通りに大臣を集めてきます』

「頼むわね」

『あ、シャリーちゃん。無事でよかったです。いろいろと落ち着いたらまたフレークを楽しみましょう』


 ニイナの温かな言葉に、シャリーは「うん!」と元気よく返事した。

 画面が真っ暗になり、フタも閉じられる。マギアを手放し、ドリーはシャリーへ顔を向けるとニッコリと笑った。


「さて、さっそくやるわよ」

「やるって、何を?」

「戦争の準備よ。宣戦布告されたんだから、戦う準備をしなくちゃいけないでしょ?」

「でも、相手はカースベータ帝国だし。それに普通に戦ったら」

「負けるわね。奇跡が起こらない限り、ね」


 ドリーは大樹に向けて歩き始める。その後ろをシャリーが追いかけていく。

 不安で胸がいっぱいになる。それはおそらくドリーも同じだ。そのはずなのだが、ドリーの顔は凛としていた。


「戦う相手は技術も兵力、戦闘技能も何もかも上。普通に戦ったらまず勝てない。戦う前から勝敗が決まっているようなものね。だからこそ、盤上をひっくり返す」

「ひっくり返すって、どうやって?」


 思わず訊ねてしまうシャリーに、ドリーはニッコリと笑う。その笑顔は誰かにイタズラしたかのような憎たらしさがあり、だけど憎めない笑顔でもあった。


「使者って聞いたことある?」

「確か、この世界を作ったとされる人ならざる者だって聞いたけど」


「そっ。いわゆる神が住まう世界からやってきた使いの者。だから〈使者〉と私達は呼んでいる。その多くは元の世界に戻ったらしいけど、数体は眠りにつきまだこの世界にいるとされているわ」

 シャリーは気づく。ドリーが何をしようとしているのか、ドリーにとってそれはどんな意味となっているのか。


 気づいたからこそ、シャリーの目に強い意志が籠もった炎が宿る。


「いい目ね。さすが私の親友ってところかしら」


 ドリーはシャリーに差し伸べるように手を出した。

 開かれたそれを握れば、後戻りはできない。他の道だって選べないだろう。

 だが、今の指し示された道を進まなければ望む未来は訪れない。だからこそ、シャリーはその手を掴んだ。


「やろう、ドリーちゃん!」


 力強い言葉。それを聞いたからこそ、ドリーも力強く笑う。


「一緒に呼び出すわよ!」

「うん!」


 シャリー、そしてドリーも信じていた。

 とんな窮地でも二人でなら乗り越えられる、と


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