第1話 衝撃的な告白より
そびえ立つ時計塔。
そこは大昔に存在した〈フェアリーア王国〉の時を知らせた建物だ。
そんな所に生まれた迷宮の入口付近で、シャーリーは活動していた。
転がっている石ころは拾っては見つめ、拾っては見つめ、時にはポーチに入れてという地味な作業を繰り返していた。
「ハァ……」
唐突に、重々しいため息を吐き出す。
ガックシと肩を落とすと、アルフレッドが優しく肩を叩いてくれた。
余計に方を落とすシャーリーの姿に、アルフレッドは哀れんだ視線を送る。
遡ること一時間前。
三ヶ月分の家賃滞納したことで出されたクエストを達成するために、シャーリーはパーティーメンバーに声をかけようと集会場へ赴いた。
丸太で囲われた建物が立ち並ぶ中、一際大きい施設へと入っていく。
いつもであればカッコいいイケメンリーダーと、ノリがいいお姉さんが一緒に行動してくれる。
二人にまた会えることに嬉しさを覚え、上機嫌に鼻歌を溢して足を踏み入れた。
「あれ?」
しかし、おかしなことに二人の姿はなかった。
頭を傾げていると受付嬢をやっている笑顔が素敵なホビットが、シャーリーに声をかけてきた。
不思議に感じながら一つの手紙を受け取り、目を落としてみる。
すると、こんなことが書かれていた。
『親愛なる友、シャーリーへ。俺ことマークとジェシーは結婚することになりました。悪いけど、俺達は迷宮探索者を引退します。追伸、パーティーも解散するよ。ホントごめんなー』
その文章を見た瞬間、シャーリーの目が点になった。
確かに二人は仲がよく、会話も弾み、いつも笑い合っている光景が印象的だった。
シャーリーはその環の中に入っていただけだ。だから、こうなることは何となく理解ができた。
だが、理解ができたからと言っても納得ができる訳ではない。
「なんでこうなるんですかぁー!」
突然告げられた結婚と引退、さらにパーティーの解散にただ混乱して叫んだのだった。
そして現在、シャーリーは一人で調査クエストを行っていた。 正確にはアルフレッドもいるが、だとしても寂しい。
そもそもなぜ、手紙で結婚報告したのか。それほど自分はお荷物だったのか。それともお邪魔虫だったのか。
今となっては二人に聞く術がない。
「先生」
『なんだ?』
「迷宮って、どうして生まれるんでしょうか?」
考えれば考えるほど落ち込んでしまう。
シャーリーは気持ちを切り替えるためにも、敢えてアルフレッドに何となく抱いていた疑問をぶつけてみた。
アルフレッドはそんなシャーリーの気持ちを汲み取る。できる限りわかりやすく、知識がない一般人でも理解できるように説明を始めた。
『そうだな、迷宮は一般的に〈神々の戦い〉の影響を受けて生まれるとされている。基本的にだが、最深部に迷宮を構築する〈ラビリンスコア〉があるんだ。こいつには他にも俗説があって、中には特定の魔力に反応して生まれるとされている』
「ふーん。じゃあこの時計塔も、何かの影響で迷宮化しちゃったんですね。近くに住んでいる人の話だと、前とは全く違う雰囲気になっているそうですし」
『話によるとここは歯車が壁一面にあって、ただ古いだけの建物だったらしい。迷宮化したのはおよそ三日前。いわば生まれたてだ。迷宮の構造もわかるはずがないうえに、ここが有益なのかも不明だ』
「そのために調査クエストが出されたのですね。そういえば、所々にゴーレムの残骸があるのはなんででしょうか?」
『モンスター同士の争いによってできたものだろう。ここにいるスチームゴーレムは攻撃されない限り反撃しない性質だからある意味、格好の餌だ。一撃でコアを破壊すれば簡単に倒せるモンスターでもある』
「だから、残骸がいっぱいあるんですね」
シャーリーは周囲を見渡してみる。
他のモンスターがスチームゴーレムを倒してくれたおかげか、そこらかしらに残骸が転がっていた。
どういう理由で倒したかわからないが、おかげで安全に活動できる。
そのためシャーリー達はとても感謝していた。
「よし、なら行動するのみ! こうなったらトコトン集めるぞぉー!」
『待て待て。確かに他と比べれば安全だが、確保された訳じゃない。警戒はしろよ』
「はーい」
パタパタと、シャーリーは走っていく。
いつものようにクエストそっちのけで、アイテム採取を再開し始めた。
いつ、どこで、どんな危機が訪れるか。そんなことを考えずに行動するシャーリーに、アルフレッドはハラハラした。
危険はないかと警戒しながら見渡してみると、迷宮には洞窟のような雰囲気が広がっている。その壁には不釣り合わせの歯車があり、ガタンゴトンッ、と音を響かせていた。
「せんせーい」
そんな中、アルフレッドを呼ぶシャーリーの声が響いた。振り返ると崩れ落ちている残骸がある。
スチームゴーレムの名残は今にも動き出しそうな雰囲気があるが、よく見るとコアが破壊されていた。機械的な瞳も光を失っており、完全に活動停止していることがわかる。
そんなモンスターの上に乗って作業するシャーリーに、アルフレッドは心配しながら声をかけた。
『落ちるなよー』
「はーい」
シャーリーは一生懸命にフレームを取ろうとする。そんな姿をアルフレッドは優しく見つめていた。
不運があったとはいえ、シャーリーにとって始めてのソロ活動だ。いろいろと気にしないで行動できるのは、新鮮なのかもしれない。
アルフレッドはそう思い、夢中にアイテム採取しているシャーリーを叱ることはやめた。
「わっ、わっ、わっ! きゃあぁぁぁぁぁ!」
そんな風に考えていると、背中のフレームを取った勢いで背中から転げ落ちていった。そのまま大きな音が響くと、「いったーい」という大きな声が放たれる。
叱ることはしなくても、注意くらいはしよう。アルフレッドはそう決意し、シャーリーの元へ移動した。
「頭打ったぁー……。最悪だよ、もぉー!」
ドジを踏んだ自分自身に怒りながら、シャーリーは後頭部を擦る。何気なく左手を地面に着くと、妙に冷たい感覚が伝わってきた。
目を向けるとそこには、いくつかの歯車が転がっている。
「これ、ゴーレムの歯車だっ」
幸運なことに、フレームを取った弾みで歯車が一緒に転がり落ちたようだ。
頭を抑えていたシャーリーだが、痛みなんてすっかり忘れて跳び跳ねてしまった。
『大丈夫かー?』
「すっごいアイテムを手に入れたんですよ! これ、見たことがないアイテムです! もしかしたら家賃三ヶ月分になるかもしれませんよ!」
『落ち着け落ち着け。うん? ああ、これか。これは〈古代の歯車〉だな。確かに珍しいアイテムだが、高く売れる代物じゃあない』
「え、そうなんですか?」
『いって六カパーだな。用途が限定的で、利便性がないから相場はそんなところだ。コレクターになら少し高く売れるかもしれないが』
「そ、そんなぁー……」
シャーリーは肩を落とした。
正直、クエストなんて達成せずにさっさと切り上げたい。そもそも、シャーリーとアルフレッドだけで達成できるとは思えない。
しかし、この調子では大金に換金できるアイテムが出てくる気配はなかった。
シャーリーは大きくため息を吐き出しながら、ポーチに〈古代の歯車〉を入れる。
「やんなきゃいけないですか?」
『やんなきゃ追い出されるが?』
ムスッと、シャーリーはむくれた。
そもそもアルフレッドが家賃を支払わずに本を買い漁ったせいで、調査クエストをやる羽目になったのだ。だから全面的にアルフレッドが悪い。
しかし、シャーリーの魔力と繋がっているアルフレッドの行動範囲は限定され、一人ではクエストをこなすなんてできない。
結果的にシャーリーも一緒にやらないと、クエスト達成なんて夢のまた夢となる。
「もぉー、わかりました! やりますから、先生も働いてくださいね!」
『へいへい』
仕方なく迷宮の奥へ進むことにする。
まだほとんどの探索者が踏み入れていないということもあり、珍しいモンスターやスチームゴーレムがいっぱい歩いていた。
時には縄張り争いをするモンスターの戦いを眺めたり、スチームゴーレムと戦う珍しい柄のスライムを発見したり、薄暗い中で輝く珍しいクリスタルを発見したりした。
シャーリー歩き回りながら、紙に迷宮の情報を記していく。
モンスターをやり過ごしながらかわいいイラストを描いては補足説明を記し、どんどん奥へ足を踏み入れていった。
『ここが最深部みたいだが……、何もないな』
「ですね。他の迷宮なら何か待っているものですけど……」
『大概はそうだ。しかし、ここまで見事に何もないと逆に気になるもんだ』
アルフレッドが何かを見つけようと動き出す。シャーリーはシャーリーで、何かを見つけようと探し始めた。
一応、クエストは達成したが、万が一に隠し部屋など発見できれば追加報酬が期待できる。もしかするとちょっと贅沢ができるかもしれないお金が、手に入るかもしれないのだ。
しかしそれは、とても低い可能性だ。
そのほとんどが無駄骨になるのだが、それでもやらずにはいられないのが迷宮探索者というものである。
「あっ! 先生、せんせーい!」
『なんだ? 採取ポイントでも見つけたか?』
「おっきい歯車がありますよぉー!」
『何っ?』
アルフレッドはシャーリーの言葉にピンと来なかった。
ひとまず確認しようとシャーリーの元へ移動する。
すると、そこには見たことがない数の歯車が連なっていた。
『おぉっ、なんだこりゃ!?』
「何かの仕掛けかもしれませんね!」
『かもしれんな!』
アルフレッドの中で大きな期待感が生まれる。
しかし、巨大な歯車達は見た限り全く動いていない。だからといって、ここで引き下がる訳にもいかないのが迷宮探索者だ。
シャーリーはアルフレッドと一緒に、動いていない原因を探し始める。
それぞれがそれぞれに見て回っていると、二人はあることに気づいた。
「歯車がないですね」
『だな。噛み合わせがないから、回っていないかもしれん』
二人で見つめること数秒。ピンッ、とシャーリーは閃いた。
ポーチの中に入れていた〈古代の歯車〉を取り出し、大きさを合わせてみると驚いてしまうほどピッタリだった。
シャーリーとアルフレッドは顔を見合わせる。
息を合わせるかのように頷き、二人は回っていない大きな歯車を見上げた。
『俺が動きを止める。その間に、歯車をはめろ!』
「はい!」
アルフレッドが影を使って動いている歯車を止める。その間にシャーリーが〈古代の歯車〉をはめ込んだ。
あとは微調整をして、しっかりと噛み合わせると歯車が動き出した。
厳つく重たい大きな音が響き渡ると、上から何かが降りてくる。
それは見たことがない台座らしきものだった。
「なんですか、これ?」
『確かこれは、エレベーターってやつだ。大昔に作られた便利なものって思えばいい』
「ふーん。じゃあ乗ればいいんですか?」
『そうだ。そんでこんな風に水晶に触れれば動く』
アルフレッドはそう言って、台座に取り付けられていた水晶に触れた。
だが、いくら時間が過ぎても動き出す気配がない。
「先生?」
『いや、間違ったこと言ってないからな。ワシの知識は正確無比だからな!』
「でも動きませんよ?」
『うっさいわい! だったらお前が触ってみろ!』
アルフレッドに促され、シャーリーが水晶の前に立つ。見た限り、向こう側が見えるぐらい澄んでいた。
綺麗な水晶に触れることに、ちょっと躊躇いつつも右手を置く。
するとアルフレッド同様に台座は動かなかった。
「やっぱり壊れているんですかね?」
『だから言っただろ! もうシャーリーのことなんて知らんからな!』
ヘソを曲げるアルフレッドにシャーリーは苦笑いしながら、どう謝ろうか考えていた。
そんなことをしていると、触れていた水晶に光が灯る。同様に台座から光が溢れると、ちょっとだけ上昇した。
「あ、あの、先生っ」
『ふーんだふーんだ! 謝っても遅いもんな!』
「エレベーターが動いてます!」
シャーリーの思いもしない言葉に、アルフレッドは何かを言いかけた。
しかし、言葉が放たれる前に台座はグンッ、と一気に動き出した。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
『ぬおあぁぁぁぁぁ!』
想像以上の加速。
二人が何もできないまま連れていかれたのは、言うまでもない。