第16話 虹に差し込む黒
「グゥオォオオオォォオオォォォォォッッッ――」
身体が縮み上がるほどの大きな叫び声が響き渡っていた。
銀色に輝く尻尾を振り回す虹色竜〈ヘブンズ・セブン〉は、ひたすらに赤黒く染まった岩山を壊している。
まるで何かに取り憑かれているかのように一心不乱だ。
「――っ。好き勝手に暴れちゃって!」
ドリーは魔導拳銃を手に取って、ヘブンズ・セブンに文句を言い放る。
ドリーに気づいてか、ヘブンズ・セブンはギョロリと睨みつけた。
唸り声を上げる口からは炎が溢れており、今にも吐き出しそうである。
そんなヘブンズ・セブンから、何かが溢れ出た。
禍々しく、黒く染まった何か。今まで出会ったゴーレムや一つ目ベアーが、まとっていたものとは違うとても濁った黒い何かだった。
「あれは――」
シャーリーは息を呑んだ。
もし今まで出会ってきたモンスターと同じであれば、ヘブンズ・セブンも強化されているはずだ。
ただでさえ勝てないかもしれない相手が、さらに強くなっている。
真正面からぶつかり合って勝てる見込みなどない。
「シャーリー、立って!」
「で、でも……」
「このまま黙って殺される気!? 私はごめんよっ!」
圧倒的な存在に、怯えて動けない。
このまま本当に殺されてしまうかもしれないと思うのに、足がいうことを聞いてくれなかった。
「――――」
ヘブンズ・セブンは怯えているシャーリーを見るや否や、大きく口を開いた。
小さな火球が生まれ、段々と黒く染まっていく。
いつしかどす黒い火球へ変わると、ヘブンズ・セブンはそれを飲み込んだ。
シャーリー達は息を呑む。直後、ヘブンズ・セブンは大きな大きな咆哮を放った。
「キャアァァァァァ!」
凄まじい衝撃が風と共に走り抜けていく。
あまりの風圧に、シャーリーとドリーの身体は弾き出されるように飛ばされてしまった。
「くっ」
ドリーはどうにか体勢を立て直し、ヘブンズ・セブンを睨みつけた。
ヘブンズ・セブンはそんなドリーを睨み返す。
その美しい体表はどんどん黒く染まる中、ドリーはグリップを強く握り締めた。
「うぅっ……」
シャーリーは全身に走る痛みに顔を歪める
直撃を受けていないとは言え、吹き飛ばされたことで全身を打ち付けてしまった。
どうにか立ち上がろうとするが、ダメージが大きくてできない。
「えっ?」
ふと、シャーリーは自分がいた場所を見て目を疑った。
そこにあったはずの岩山がなくなっている。
よく見ると岩山があった場所には真っ赤な炎が上がっており、煙が立ち籠めていた。
「うそ、そんなのって……」
シャーリーは言葉を失う。
もし直撃を受けていたら、身体が溶けてなくなっていたかもしれない。
考えるだけでも、背筋がゾッとして震えてしまった。
「シャーリー! 早く立って!」
ドリーが叫ぶ。
しかしシャーリーは、立ち上がることができなかった。
圧倒的な力の前に、明らかに戦意を喪失している。
「くそっ!」
シャーリーはもう戦えない。
そう判断したドリーが、ヘブンズ・セブンへ突撃した。
ヘブンズ・セブンはそれを見て、大きな咆哮を上げる。
口から真っ赤な炎を吐き出し、迎撃しようとする。
だが、ドリーは地を蹴って羽ばたき攻撃を躱した。
ヘブンズ・セブンの上を取り、魔導拳銃のトリガーを引く。
「なっ」
思いもしないことが起きる。
魔導拳銃から飛び出していった魔力の塊が、ヘブンズ・セブンの身体に直撃すると跳ね返ったのだ。
咄嗟に回避しようとするドリーだが、身体の反応が追いつかない
「きゃあぁぁぁぁ!」
「ドリーちゃん!」
カウンターを受けたドリーは、大きなダメージを受けてしまった。
シャーリーが思わず叫ぶが、ドリーは力なく地面へと落ちていく。
そんなドリーを狙って、ヘブンズ・セブンは再び口を大きく開いた。
小さな火球が黒く染まっていく。
明らかにトドメを刺そうとしているヘブンズ・セブンに、シャーリーは叫んだ。
「ダメッ!」
ドリーを助けなければ。助けなきゃ、ドリーが死んじゃう。
シャーリーは反射的に杖を手に取り、地面を叩いた。
ただ必死に、ドリーを助けたいと思って。
「グゴッ」
その想いが実を結んだのか、競り上がった地面がヘブンズ・セブンの顎を撃ち抜いた。
あまりに唐突な衝撃に、ヘブンズ・セブンは黒い火球を噛み砕く。
直後、大きな爆発が口の中で起きた。
真っ黒な煙を吐き出してヘブンズ・セブンは倒れる。
シャーリーはそれを確認して、急いで倒れているドリーの元へ駆け寄った。
「ドリーちゃん、しっかりして!」
「バカ、やればできるじゃない……」
シャーリーは涙を浮かべていた。
必死に泣かないように我慢するが、どうしても流れ出て拭ってしまう。
ドリーはそんなシャーリーを見て、困ったように笑っていた。
「何泣いているのよ……」
「だって、だってぇー!」
何はともあれ、二人は無事だった。
安心して胸を撫で下ろした瞬間である。
「グルルゥ――」
それは、あまりにも恐ろしい呻き声だった。
二人は思わず振り返ると、目を真っ赤にしたヘブンズ・セブンがいる。
美しい身体は完全に黒く染まり、口からはさらに炎が溢れ出ていた。
「オォオオオォォォォォォォッッッ――」
強さを示す咆哮が放たれる。
それにシャーリーは腰を抜かしてしまった。
ドリーも呼吸をしていることを忘れてしまう。
そんな二人を、ヘブンズ・セブンは睨みつけていた。
一歩踏み出すと、地面が揺れる。
シャーリー達は、圧倒的な強さの前に逃げ出せなくなっていた。
「ふ、ふえぇー」
シャーリーはドリーの身体を抱きしめた。
怖くて怖くて堪らないのか、手も身体も震えている。
ドリーはそんなシャーリーの身体を優しく抱きしめる。
覚悟するしかない、と何もかも諦めようとした時だった。
――諦めるんだ。
何かが、心に語りかけてきた。
ドリーは思わず目を見開くと、目の前に真っ黒な何かがいた。
――あの時みたいに、諦めちゃうんだ。
――ホント、お笑い草ね。
あの時、と言われた瞬間に頭が痛み出した。
ズキンズキンとその痛みは激しくなり、ドリーは両手で抑え込んでしまう。
「あっ、グゥ――」
思い出せない。
思い出せそうで、思い出せない。
とても大切なことだと思うのに、思い出せない。
――ねぇ、欲しい?
そんな中、黒い何かは語りかけてくる。
ドリーが今最も求めるものを与えようと。
――力が欲しい?
――欲しいならあげてあげる。
ドリーはその言葉に顔を上げた。
黒い何かは、そんなドリーを見て小バカにして笑う。
ただただ、愚かだと笑っていた。
――その身体をくれるならね。
ドリーは口を開いた。
どんな言葉を言い放ったのか、シャーリーはわからない。
しかしその言葉を口にした瞬間、緋色に輝いていた羽に変化が起きる。
「ドリーちゃん?」
まるで侵食を受けているかのように、黒く染まっていく。
シャーリーが目を大きくしていると、抱きしめてくれていた手が離れた。
「くくっ」
羽となっていたガラスが形を変えていく。
蝶を象っていた羽から、悪魔と思わせるコウモリに似た翼へと。
真っ黒でとても不気味なものが、背中から広がった。
「くくくっ」
その笑顔は、とても歪んでいた。
とてもじゃないが、ドリーとは思えない笑顔だ。
人を小バカにし、楽しそうな愉悦に浸っている笑顔とも言える。
だけどどこか魅力的で、だからこそ妖艶なものにも思えてしまった。
「アハハハハッ!」
放たれる魔力。
それはシャーリーが知っている温かなものじゃなかった。
とても冷たく、どこまでも真っ黒で恐ろしいものだ。
だからこそシャーリーは震えた。
ドリーの突然の変化に。




