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第11話 気をつけろ

◆◆◆◆◆



「落ち着いた、お姉ちゃん?」


 シャーリーはガックリと肩を落としていた。

 グレアムのおかげで一つ目ベアーを退治することはできたが、レオンの目の前で情けなく泣いてしまった。

 挙句の果てには慰められ、もはやお姉ちゃんとしての尊厳がない。


「うん、もう大丈夫。ありがとうね……」

「本当? まだ元気がないよ?」

「もぉー大丈夫だから! 大丈夫だからね!」


 シャーリーは誤魔化すように叫ぶ。レオンはまだ心配そうな目をしていたが、気持ちを考えてくれたのかそれ以上は言葉をかけてこなかった。


「ハァ……」


 ようやくレオンが離れ、落ち着ける環境となった。シャーリーは未だに頭痛で苦しみ、ベンチで横になっているドリーへ目を向ける。

 その顔はひどく苦しそうだ。うなされているかのような声を上げ、嫌な汗が流れ出ていた。

 シャーリーは持っていたハンカチで汗を拭うと、不思議なことにドリーの表情が和らいだ。


「騎士団長さん! あれほどメンテ中の剣を使うなって言っただろ!」

「いや、しかし、ああしなければ彼女達が――」

「だ・と・し・て・も! 秘石の能力を使うのはダメだっつーの!」


 シャーリーがドリーを心配していると、フレイヤの怒号が響き渡った。

 思わず顔を向けるととても怒っているフレイヤと、タジタジになっているグレアムの姿があった。


「騎士団長さんだからわかると思うけど、秘石はちゃんとメンテしてやんないと使い物にならなくなるんだぞ! まだ途中のそれを使ったらどうなるか、わからない訳じゃないだろっ!」

「そ、そうだが、だからといってあのまま見捨てる訳には――」


「わかってないな! メンテ中だから魔導回路も中途半端なんだよ。下手に能力を使うと壊れやすくて、剣自体が二度と使い物にならなくなるかもしれないんだ! 結構デリケートだから気をつけないといけないっつーことだよ!」

「だが――」


「文句を言うな! 口答えするな! 二度と引き受けないぞ!」

「は、はい。以後気をつけます……」


 めちゃくちゃ怒っているフレイヤを見て、シャーリーは苦笑いを浮かべた。お手入れはちゃんとしようと心に決めた瞬間、グレアムが悲鳴を上げた。


「俺の剣がぁぁ!」


 鍔にはめ込まれていた深青の秘石を見ると、大きなヒビが入っていた。どうやら無理をさせたために壊れてしまったようだ。

 大騒ぎするグレアムを見て、フレイヤは大きなため息を吐く、「だから言っただろ」と呆れ顔を浮かべているとグレアムが泣きついた。


「フレイヤ殿ぉぉ! 頼む、何とかしてくれ! これがないと俺は、ダメなんだぁぁ!」

「そう言われてもねー。まあ、秘石を取り替えればどうにかなりそうだけど――」

「お願いします! どうか、どうかぁぁ!」

「ああ、もうわかった! どうにかしてあげるから! だから抱きつくな!」


 抱きつき、無様に泣き、懇願するグレアムにフレイヤは折れた。妙なことにその顔は嫌そうに見えず、むしろちょっと嬉しそうにしている。

 そんな光景を見ていたレオンは「フレイヤお姉ちゃん、がんばれー」と応援をしていた。


「いつつ……」


 シャーリーが気の毒に感じながらフレイヤを見つめていると、横になっていたドリーが起き上がった。

 まだ調子が悪いのか、ドリーの顔は痛みで歪んでいる。シャーリーはそんな顔を見て、思わず「大丈夫?」と声をかけた。


「うん、どうにかね……」

「まだ寝てたほうがいいよ」

「大丈夫。もう起きれるわ」


 シャーリーは心配で堪らなかったが、ドリーは笑って起き上がる。しかしその顔は悪く、とても辛そうだった。

 ドリーはそのまま立ち上がろうとする。心配になったシャーリーも立ち上がり、ドリーの身体を支えようと傍に寄った。


「そんなに心配しなくても、だいじょう、ぶ――」


 不意に、ドリーの身体が崩れ落ちる。シャーリーは慌てて身体を支えると、ドリーは気恥ずかしそうに笑っていた。


「あはは、ごめん」

「もぉー、無理はダメだよ」


 注意をして、シャーリーはドリーを座らせた。

 まだまだ本調子でないドリーから目を離すことはできない。ドリーのためにも休める環境がある場所へ移動しよう。

 そう考えていると、唐突に扉が開いた。


「レオン!」


 目を向けるとそこには、知らない女性が立っていた。

 女性の声を聞いたレオンは、すぐさま「お母さーん」と駆けていく。


「もー、あれほど離れないでって言ったでしょ!」

「ごめんなさい、えへへっ」


 飛びつくようにレオンは抱きついた。母親は小さな身体を優しく包み込み、困った顔をしながら頭を撫でていた。

 シャーリーはそんな光景を見て優しく微笑んだ。



◆◆◆◆◆



「お姉ちゃん! 僕、強くなってお姉ちゃんを守るよ!」


 回復したドリーと一緒に、レオンを見送ろうとしているとそう言われてしまう。

 その顔はとても勇ましく、だけどかわいらしいものでもあった。


「レオン君にできるかなぁー? モンスターって、とっても強いんだよぉー?」

「強くなるもん! お姉ちゃんが泣かないように、守ってみせるもん!」


 シャーリーはちょっと心の傷を抉られ、苦笑いを浮かべた。

 隣にいるドリーは複雑な顔をするシャーリーを見て、ニヤニヤと笑っている。


「た、楽しみにしているね……」

「うん、頑張るよ!」


 どもるシャーリーは、力強く目を輝かせてまっすぐに見つめるレオンを見られない。

 そんなシャーリーに気を使ったのか、母親が「いろいろとありがとうございます」と会話を切って入った。


「大変お世話になりました。今度お会いできましたら、お礼をさせてください」

「いえいえ、大丈夫ですよ。帰り道、気をつけてくださいね」

「はい」


 シャーリー達はレオンを別れる。

 バイバーイ、と大きく手を振ってレオンは去っていく。シャーリー達も同じように手を振って、後ろ姿を見送った。


「私達も帰ろっか」

「そうね。ちゃんと案内をしなさいよ」


 ドリーと一緒に、拠点にしている宿屋へ移動しようとする。

 だがその瞬間、後ろからレオンの声が聞こえた。


「シャーリー、一つ言い忘れてたよ――ドリーから絶対に目を離すな」


 シャーリーの足が止まる。

 それは思いもしない言葉で、だからこそ進められない。


「気をつけろ――あいつは常に狙っている」

「待って、どういうこと――」


 シャーリーは振り返る。レオンに言葉の真意を聞こうとして。

 だが、目に入ってきたのは思いもしないものだった。


『シャーリー……』

「先生?」


 アルフレッドが泣いていた。

 とても大きな犬にガッチリと咥えられて、動けなくて泣いていた。

 大きな犬はというと、シャーリーに振り返ってくれたことが嬉しいのか尻尾を振っている。なぜかお利口さん座っていたが、今はそんなことどうでもいい。


「何しているんですか、先生!」

『うぅ、これには深い訳が――』


 アルフレッドが何かを言いかけた瞬間だった。

 お利口さんにしていた大きな犬が、鼻をヒクヒクさせるとそのまま走り始めてしまう。


『た、助けてぇぇ!』

「せんせーいっ!」

「あ、ちょっ、ちょっとぉぉ!」


 アルフレッドを助けるためにシャーリーは走る。そんなシャーリーを追いかけるように、ドリーも翔ける。

 茜色に空が覆われた時間帯、シャーリー達はまた妙なトラブルに巻き込まれるのだった。



お読みいただきありがとうございます。

これにて第2章のエピソードは終了です。


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