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第9話 賑やかな鍛冶屋さん

◆◆◆◆◆



 行き交う人に立ち並ぶお店、活気ある声が響く大通りをシャーリー達は歩いていた。

 時には顔見知りの迷宮探索者(ラビリンスチェイサー)に男の子のおかあさんについて訊ねてみるが、当然のようにわからないと返される。

 何人にも聞いてみるが返答は変わらず、シャーリーは困り果ててしまった。


「見つからないわね」

「うーん、困ったなぁー」


 時間はかかるかも、と覚悟していたがここまでとは思っていなかった。ちょっとだけ肩を落としながら、シャーリーは移動を始める。

 何気なく男の子に目をやると、ちょっと不安そうな顔をしていた。

 シャーリーはニカッと笑い、両方の頬をムニュッと摘んで伸ばし始める。


「ふほぉっ! にゃにしゅるのぉっ?」

「暗い顔している罰だよぉー。ホラホラ、笑え笑えー」

「ひゃ、ひゃめてぇーっ!」


 ムニュムニュ、と男の子の頬を弄くり回す。やられている男の子は、ちょっとくすぐったいのか笑い始めた。

 そんな様子を見て、ドリーは優しく微笑んだ。


「もぉー! やめてってば!」

「ごめんごめん。でも悲しそうな顔してたらお母さん、もっと心配しちゃうよ?」

「うー。わかった、頑張るっ」

「よしよし、偉い偉い」


 シャーリーはお姉さんぶる。それはドリーの前で見せる姿と、ちょっと違っていた。

 ふと、ドリーの脳裏に何かが重なる。それはシャーリーとよく似た少女の笑顔だ。

 ちょっと意地悪そうで、だけどとても優しい表情を浮かべている。


「ドリーちゃん?」

「え? あっ――」

「大丈夫? 急にボーッとして」

「だ、大丈夫! それより、早く探しに行きましょ!」


 ドリーははぐらかすように会話を切り、歩き出す。

 不思議そうに見つめているシャーリーの顔を、なぜか見ることができなかった。


「変なお姉ちゃん」

「だねぇー」


 のん気に言葉を交わすシャーリーと男の子だが、ドリーの耳には届かない。

 ドキドキ、と激しく唸る胸の鼓動に大きな戸惑いを抱く。なぜこんな気持ちを持っているのかが、不思議でならなかった。

 しかしそれ以上に、友人とシャーリーの顔が重なったことに驚く。

 性格なんて真反対なうえに見た目も違う少女で、面影が重なることなんてありえない。


「なんでかしら?」


 ドリーはついつい考えてしまうが、答えなんて当たり前のように見つからなかった。

 うーん、と唸る。そんなドリーに気づくことなくシャーリー達は、楽しげに会話を交わしていた。


「こんのー、ロクでなしがぁぁぁぁぁ!」

「ぬわぁああぁぁあああぁぁぁぁぁっ!」


 うんうんと唸って歩いていると、妙な声が響いた。

 目を向けるとそこには、背丈もあろうかと思う金槌を振り回している褐色の女性がいる。女性に追われている恰幅のいい男性は、一生懸命に逃げ惑っていた。


「許してくれよ母ちゃん! 仕事は持ってきただろっ」

「浮気しておいてその言い草はなんだい! 今日という今日は許さないからね!」

「誤解だ、誤解だって! 許して、誰か助けてぇぇ!」


 必死に逃げる亭主を、奥さんが怒り狂って追いかけ回す。

 そんな光景に、ドリーは目を点にしていた。思わず「何これ?」と言葉を溢すと、シャーリーが簡単に説明してくれる。


「夫婦ゲンカだよ」

「夫婦ゲンカなの!? 確実に命を刈り取ろうとしてたけどっ?」

「二人共ドワーフだから、あのくらいじゃ死なないよ。むしろ周りが心配になるかな」


 シャーリーは同調を求めるように、「ねぇー」と男の子へ言い放った。

 男の子はそんなシャーリーの意図を汲み、「ねぇー」と返す。


 すっかり仲良くなったシャーリー達だが、そんなことどうでもよかった。暴れながら去っていったドワーフ夫妻の爪痕がどれほどなのか、と気になりつつもドリーは視線を戻す。

 するとその先で、大きなため息を吐き出している少女が立っていた。


「ったく、夫婦ゲンカも大概にしろよー……」


 呆れたように少女は吐き出した。

 ちょっと気になって見つめていると、シャーリーが「フレイヤさーん」と大きな声を上げて駆けていく。

 ドリーも釣られて追いかけていくと、フレイヤと呼ばれた少女は花開いたような笑顔を浮かべた。


「シャーリーじゃん。あ、もしかしてメンテしてた杖のことでも思い出した?」

「あ、もうできたんですか! 仕事が早いですねぇー」

「でしょー。なんか親父が妙にやる気を出してさ、だから予定よりも早くできたって訳よ。そしたら母ちゃんがヤキモチ妬いちゃってね」

「だからあんなに怒っていたんですか。悪いことしちゃったなぁー……」


「ああ、あれは違うんだよ。親父がパブで妙な奴と知り合ったらしくてね。まあ、話を聞く限りだと絶世の美女だったとかどうとか。だから母ちゃん怒っちゃってさー」

「えー!?」


「ちょっとストーップ!」


 終わらない世間話。まるで井戸端会議でも聞いているかのような気分にドリーはなった。

 会話を無理矢理切ったドリーは、本来の目的を思い出させるためにシャーリーを叱る。


「積もる話は後! 今はこの子のお母さんを探さないとダメでしょ?」

「あ、そうだね。ねぇ、フレイヤさん。この子のお母さんを知らない?」

「どれどれ? あ、君はレオンじゃないか。まーたはぐれちゃったの?」

「うん。遊んでたら、お母さんいなくなっちゃった……」

「しょうがないね。連絡してあげるから、いい子にしてなよ」


 どうやらフレイヤと男の子は知り合いだったらしい。シャーリー達はそれを知り、「よかったね」と男の子に声をかけた。


「ま、ここにいんのもなんだしうちに来な」

「「はーい」」


 みんなと一緒にすぐそこにある鍛冶屋へと移動した。

 鍛冶屋ということもあり、他とは違った素材でできた建物である。土壁でできた作業場に大きな竈、大小様々な鋼鉄のハンマーと作成途中の大剣などが置かれていた。

 ドリーは思わず見渡してしまう。記憶の片隅にある鍛冶屋と違い、規模は小さいが大剣の出来具合からしていい仕事をしていた。


「ま、面白いものはないけど、くつろいで行ってよ」


 フレイヤはそう言って熱々の紅茶が入ったマグカップと、ビスケットを出す。レオンはそれを見た瞬間、「わーい」と嬉しそうな声を上げて駆けていった。

 先ほどまで武器を興味津々に見ていたのだが、移ろいやすい好奇心にドリーはちょっとだけ苦笑いを浮かべてしまう。


「あと、シャーリーにプレゼントー」


 そう言ってフレイヤは一つの杖を手に取った。シャーリーは見た瞬間に、「わぁー、ピッカピカだぁー!」と感激する。


「結構苦労したんだからねっ。魔導回路はボロボロだったし、そもそも媒体となってる〈大地の秘石〉が使い物になってなかったし」

「うぅっ、お金がなくて……」

「だとしても、早めに持ってくること。大切な杖なんでしょ?」

「はい、ごめんなさい……」


 しょんぼりとするシャーリーを見て、フレイヤはやれやれと頭を振った。

 ちょっと気を悪くしながら、「今度は気をつけること」と釘を刺す。注意を受けたシャーリーはとても弱々しく「はーい」と返すのだった。


「ねぇ、シャーリー。その杖ってそんなに大切なものなの?」


 落ち込んでいると、ドリーが声をかけてきた。

 シャーリーはちょっと元気を出したのか、「うんっ!」とハッキリ答える。


「先生からもらった杖なんだ。あんな感じだけど、結構頼りになるし優しいんだよっ!」

「へぇー、あの変態がねー」


「変態だけど、先生はすごいんだよ! 確か、賢者の称号を持ってるって言ってた!」

「ハァッ、あいつが!? ありえないわよ。だってあれ、とんでもない実績と実力がないともらえない称号よ?」


「ギルドマスターと一緒に探索していた時にもらったって言ってたよ。でも、称号をくれた聖女様がキレイだったって話しかしてなかったかな」


 昔からアルフレッドは変わっていないということが、ハッキリとわかった瞬間だった。

 ドリーは呆れたように苦笑いを浮かべてしまう。だが、この話でシャーリーがどれほどアルフレッドを慕っているのかがわかった。


 だからなのか、気になってしまう。シャーリーはどんな人生をこれまで歩んできて、アルフレッドとどう出会ったのか。どうしてアルフレッドを先生と慕い、一緒にいるのか。

 なんだか知りたいような、そうでないようなという微妙な気持ちになっていた。


「そういえば、君の名前を聞いてなかったね。あたしフレイヤっていうんだ。よろしく!」

「ドリーって言うわ。よろしくね、フレイヤさん」

「あら、緋色の姫君と同じ名前なのね。珍しいー」

「緋色の姫君? 何それ?」


 何となく引っかかった言葉について訪ねる。

 フレイヤがちょっと驚いたように目を大きくするが、すぐに笑って何かを語ろうとした。


「頼もう!」


 だが、フレイヤが口を開こうとした瞬間に誰かが訪ねてきた。

 唐突にフレイヤはため息を吐く。シャーリー達が思わず振り返ると、そこには一人の男が立っていた。


「虹色騎士団、団長グレアム参上! フレイヤ殿、火急の要件がある!」


 金髪碧眼で、いい体格を鎧で身を包んだ男が叫んだ。フレイヤは「はいはい、ちょっと待ってろー」とやる気のない声で返事をする。


「ごめんな、ドリーちゃん。話はまた今度」


 そう言ってフレイヤはグレアムと名乗った男の元へ足を運んだ。

 グレアムの前に立ったフレイヤは、ちょっとだけムスッとする。機嫌悪そうに「何か用?」と声をかけると、グレアムはこう切り出した。


「俺の大剣は、どうですか?」

「ああ、まだメンテ中だよ。結構使い込んでいたみたいだからね、あと数日はかかるかな」

「そうか。フレイヤ殿、そ、その、よ、よければ、お茶を――」

「あー、悪い。ちょっと仕事が忙しいんだ。また今度な」


 やり取りを見て、二人がどういう状況なのかにシャーリー達は勘づく。

 二人がにまにまと笑っていると、フレイヤがキッと睨みつけてきた。


「きゃっ、睨んできた!」

「きゃっ、羨ましいー!」


 それぞれがフレイヤをからかった。

 ついついため息を吐き出すフレイヤは、疲れた様子でグレアムに「とにかく今日はダメだから」とかける。

 あっさりとデートを断られたグレアムは、とてもわかりやすく肩を落としていた。しかし、グレアムは諦めない。


「で、では、これを!」


 グレアムはどこから取り出したのかわからない真っ赤なバラの束を、フレイヤに差し出した。思いもしなかったのか、フレイヤは目を丸くしている。


「よろしければ、受け取ってくだしゃい!」


 緊張のためか、グレアムはちょっと噛んだ。だが、そんなことはどうでもいい。

 ただ緊張してフレイヤの回答を持った。


「ま、まあ、アンタにしてはいいセンスしてるじゃん」


 ちょっとだけ戸惑いながらも、フレイヤはバラの花束を受け取った。

 どうやらグレアムのプレゼント作戦が成功したようで、少しだけフレイヤは嬉しそうな顔を浮かべている。


「にまーっ」

「むふふっ」


 どうやらこの二人は、まだ発展途上であることにシャーリー達は気づく。ちょっとじれったいが、それが楽しい時期でもあった。

 いいものが見れた、とニヤニヤしながら眺める。するとフレイヤは、気恥ずかしそうにしながらグレアムに声をかけた。


「ま、まあ、今度ならお茶をしてもいいけど」

「ほ、本当ですか!?」

「時間が合えばだけどな! あたしは忙しいから、結構先かもよっ!」

「待ちますとも! ええ、いつまでも、どこまでも!」


 微笑ましい光景に、シャーリー達は堪らなかった。このままずっと見ていたい、と思ってしまう。

 だが、そんな幸せな光景が壊される知らせが入る。


「だ、団長ぉぉ!」


 和やかに笑っていると、鎧を着た男が叫んで駆け込んできた。

 グレアムが何気なく振り返ると、男は息を切らしながらあることを口にする。


「た、大変です! 一つ目ベアーが、町の中に逃げました!」

「なんだと! どういうことだ!?」

「見世物小屋がテイムのために取り寄せたモンスターらしいんですが、逃げてしまったようで……」

「動ける者を出せ。見つけ次第、討伐だ!」


「え、でも――」

「責任は俺が取る。とっとと動け!」


 檄を飛ばされ、男は慌てて去っていく。その背中を見送ったグレアムは、ちょっと心配そうに息を吐き出した。

 フレイヤへ振り返り、一度だけ頭を下げる。そして先ほどとは打って変わって男らしい姿を見せた。


「申し訳ない、フレイヤ殿。ちょっと仕事をしてきます」

「いいって。それより気をつけなよ」

「はい」


 グレアムが勇ましく去ろうと振り返った瞬間である。

 一つ目ベアーが、すぐ目の前で唸っていた。


「はっ?」

「ガァァァァァ!」


 突進され、グレアムは鍛冶屋の奥へと転がっていく。

 突然のことにシャーリー達は驚き、臨戦態勢を取った。

 茶色の剛毛に覆われた二回り以上もある身体に、一つしかないギョロリとした目でドリーを睨みつけてくる。

 だがそれ以上に、溢れ出てくる禍々しい黒い何かが気になった。


「あれは――」

「グガァァァァァ!」


 一つ目ベアーは、血走った目でシャーリー達を見下ろした。

 今にも襲ってきそうな一つ目ベアーからフレイヤ達を守るために、戦うことになる。


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