Line 6 魔術師達の歴史
「あー疲れたー!!」
教師としての初日を終えた僕は、独り呟きながら寮のベッドに寝転ぶ。
僕の場合は日本にある自宅へ戻る事も可能ではあるが、初日で疲れた事に加え、“寮生活”というのが初めてという事もあって、今宵は学校の寮で休むことにしたのである。
学校から支給されているデジタル時計は、20時を過ぎていた。
今頃、日本は24時くらいか…
僕は、デジタル時計を遠目に見ながらそんな事を考えていたのである。
リーブロン魔術師学校と僕の家がある日本は、約4時間の時差がある。国でいうとパキスタンと同じ時差だが、当然パキスタンの地下に魔術師学校がある訳ではない。
『朝夫、お疲れ様!夕飯もしっかり食べられたかしら?』
「あぁ、まぁね」
すると、先程までスマートフォンの中で寝ていたライブリーの声が響く。
「ライブリーもイーズも…。しっかり休めたか?」
『おかげさまで。俺達は人間のように“寝る”という動作はないが、機械の充電をしていてくれたのもあって、結構ゆっくり休めたな』
その後、僕のパソコンに宿っていたイーズにも声をかける。
昼間、情報リテラシーの講義を終えてすぐに自室へ戻った後、パソコンをACアダプタに接続して充電をしていた。それもあってか、パソコンの中に宿っていたイーズにも十分な電気という栄養が行き渡ったという理屈だ。
「そうだ、初日でゴタゴタしていたけど…Wi-Fiの設定をしていなかったな」
僕は、枕元に置いていたスマートフォンの液晶画面を見て、まだ実施していない事があったのを思い出す。
「パスワードをこうして…」
数分後、ベッドから起き上がった僕は、事前に配布されていた無線ネットワークを使用できるためのパスワードが記載された書類を手に、設定を進めた。
ちゃんと、指定されたSSIDしか表示されないようになっているとは…
僕は、スマートフォンでパスワードを入力しながら、この学校での仕組みに少し感心していた。
というのも、地上でスマートフォンやパソコンでWi-Fiを利用しようとすると、よく隣接する無料Wi-Fiや全く未知のネットワークのSSIDを表示される事が多い。しかし、この学校の指定エリアでは、学校側から指定された無線以外は、一切の表示がなかったからだ。
『そういえば、朝夫。このリーブロン魔術師学校では、どこがWi-Fi利用可能なエリアなの?』
「えっと、確か…」
僕は、パスワードの記載されている紙を右手で持ち、そこに書かれている内容を読み上げる。
「宿泊棟全体と、教室棟ではパソコン室等の電子機器を使用する部屋と、管理棟の一部区間みたいだな」
『一応“地下”にある学校とはいえ、意外とネットワーク環境はしっかりしてんのな』
僕の返答を聞いたライブリーとイーズも、この学校の仕組みに対して感心したようだった。
『朝夫!メールが届いているわよ』
「了解、耳かき終えたら見るよ」
Wi-Fiの設定を終えた後、僕は寮の中にあるお風呂に入っていた。
これは、僕がお風呂から出た後のライブリーとの会話である。因みに、職員寮は部屋の中にトイレとお風呂があるワンルームマンションのような寮だが、学生寮の方はそうではない。
教職員よりも当然生徒の方が絶対数が多いため、学生達は風呂とトイレが共用の、所謂“シェアタイプ”の寮で寝泊まりをしているようだ。
風呂上り後の耳かきを終えた僕は、スリープ状態にしていた自身のノートパソコンを立ち上げる。その後、WEBメール画面を開き、メールの受信ボックスをクリックした。メールの送り主はテイマーで、件名に“Fw:”の表記があったため、転送メールだとすぐに気が付いた。
“芙先生から教えてもらった、魔術師の歴史に関する説明動画を教えておく。朝夫は魔術師の家系とはいえ今まで教えられていなかっただろうから、口伝よりも動画の方が良いと思ってな。概要だけだが20分くらいはあるので、時間がある時に見ておいてくれ。”
メールの本文には、そのように記載されていたのである。
そして、テイマーによるメール本文の下には、おそらく宥芯とのやり取りの跡だろうか。中国語の表記がたくさんあった。
そうか…テイマー相手だからこそ、彼女の中国語でやり取りをしても問題ないのか…!
僕はこの時、教師としてのテイマーの凄さを垣間見たのである。
その後、メール本文に貼り付けられていた動画へのURLをクリックする。すると、ブラウザ画面が開き、動画サイトが表示された。
『ちゃんと“限定公開”設定になっている…か。確かに、魔術師でない人間にこの動画を見せる訳にはいかねぇよな!』
僕がパソコンを操作していると、それを見守っていたイーズが口を開く。
「20分か…。じゃあ、これを見たら寝ようかな…」
僕は、動画を読み込みが終了した頃くらいに、その場で呟く。
学校での消灯時間が21時となっており、これは教職員も学生も共通である。無論、消灯以降も起きている分には問題ないが、建物の至る所で照明が消えているため、活動が制限されるのも事実だ。
「音量も…このくらいなら、イヤホンなしで聴いても大丈夫かな」
『それって、騒音を気にしてって事かしら?』
「まぁね」
僕は、パソコンの音量を調節しながら、ライブリーからの問いかけに答える。
それが終わった後、ライブリーやイーズが見守る中で、動画再生のボタンをクリックした。
テイマーが言っていた通り、その動画は魔法世界の歴史の概要そのものだった。
まず、旧き時代には魔術師と魔法使いがいたという所から始まる。前者は自分の体内にて魔力を生成して術を行使する者、後者は空気中に漂う魔力を体内に吸収して術を行使する者を指す。
先の大戦って…そうか、第一次世界大戦と第二次世界大戦の事…かな
僕は、動画を見ていく中で、ちょっとした言い回しが人の世界における世界史と共通している事に気が付く。
魔法史の中でいう先の大戦――――――――――1914年に勃発した第一次世界大戦と1939年より始まった第二次世界大戦にて、世界中の多くの人間が亡くなった。その中では魔術師や魔法使いも兵士として従軍していたため、彼らも多くが帰らぬ人となる。因みに、彼らが普通の人間と共に戦っていたという話は表沙汰にはなっていないため、それを知るのは今を生きる魔術師と各国政府の上層部のみだと動画でも補足がされていた。
加えて、魔法使いの方が旧き時代より誕生した存在だが数は魔術師より劣っていたため、大戦において魔法使いは絶滅寸前へと追い込まれる。
『そうやって先達がいなくなり、少しでも若手を育てるために設立されたのが…このリーブロン魔術師学校という事か』
「…そうだね」
『じゃあ、私達・電子の精霊の先祖といえるグレムリンが誕生したのも、この1914年以降って所かしら』
『だろうな』
僕の近くで動画を見ていたイーズとライブリーが、彼らの先祖について話していた。
『そうだわ、朝夫』
「ん?」
ひとしきり話を終えた後、ライブリーが僕の名前を呼ぶ。
動画を見終えた僕は、ブラウザ画面を閉じようとする直前だった。
『テイマーがメールで“今まで教えられてこなかった”みたいな事を言っていたけど…。どうして、道雄は貴方や自分が魔術師一族の人間である事を教えなかったのかしら?』
「…それ、僕より父さんに訊くべき内容では…?」
ライブリーによる唐突な質問を受けて、僕は答えられずにいた。
それもそのはず――――――――――――――自分が魔術師の家系である件は、父の事故がなかったらおそらく、ずっと秘密のままだっただろう。それを考えると、何故秘密にしていたのかは確かに気になる点だった。
『道雄の事だから、何か考えがあったんだろうが…。まぁ、怪我が治って落ち着いたら、あいつに訊いてみるといいんでないか?』
「……だね。そうする事にするさ」
考えても答えは出ないため、僕はイーズの提案を聞いてすぐに同意したのであった。
宿泊棟の消灯時間である21時が過ぎ、パソコンの電源を切った僕はスマートフォンを充電するためにACアダプタに接続した。
『おやすみ、朝夫』
「あぁ、おやすみ…」
スマートフォンからライブリーの声が響き、僕も寝る前の挨拶を交わす。
その後、自分も部屋にあるベッドに仰向けで寝転がる。
寝る前にパソコンをやったから、少しだけ目が冴えてしまったけど…。疲労は結構あるから、割とすぐに眠れそうだな…
僕はそんな事を考えながら、壁がある横に向き直していた。
宥芯がテイマー経由で送ってくれた動画は、何も知らなかった僕にとってはとても有意義な内容だった。何も知らない初心者でもすぐ理解できそうな言い回しで説明されていたし、テイマーが言っていた通り「口頭より映像を見た方が頭に入りやすい」というのもよく解ったのである。
動画を見ていて、気になる点は少しあったが…。今はとにかく眠いので、考えるのはまた今度にするか…
僕は、心の中でそう思った後、重たくなってきていた瞼をゆっくりと閉じる。
こうして、講師としての初日が終わりを迎えるのであった。
いかがでしたか。
今回はいつもより短い回だったと思います。
第2章が元々、朝夫の講師としての初日を丸々描く章だったので、ここでようやく2章が終了となります。
なので、次回から新しい章になりますね!
作中に出ていた「大戦」について。
魔術師や魔法使いが第一次世界大戦や第二次世界大戦に従軍していたというのは無論、皆麻によるフィクションです。ただ、ライブリー達の先祖であるグレムリンが誕生したおおよその時期とかを考えると、人間の歴史になぞらえた方がわかりやすいかなと思い、こういった設定にした次第です。
さて、次回からはどのような日常が朝夫を待っているのか。
また、もう少し先に進めば、朝夫が何故魔術師の家系だと教えられていなかったかの理由がわかるかと思いますのでお楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します。