Line 17 問題を解決するために
【前回までのあらすじ】
リーブロン魔術師学校にて、学生の定期考査が目前にせまっていた。今回はテストの採点がデジタル化した事をきっかけに答案用紙をスキャンできる機械を導入しその機械の説明会が講義後に実施される。
機械といっても日本ではお馴染の複合機プリンタであった事から、少し落胆する朝夫。技術員による説明が進む中、突如、複合機プリンタのシステムエリアに誤って風の精・エアリエルが侵入してしまうのであった。
「何が印刷されているんだ…?」
説明会に参加している教職員らが、複合機プリンタから印刷された用紙をまじまじと見る。
そこには、アルファベットが印字されている。
「んー…ラスボーン先生がいれば、すぐに解読できそうなんですがネ…」
すると、遠目で見守っていた宥芯がその場で呟く。
「ラスボーン先生は今日、学校にいましたよね?」
僕が問いかけると、彼女は我に返ったような表情を浮かべる。
「そう…ですね。今日はちょうど午後から“外勤”があるので、昼食の後すぐに外出したようです。今回、説明会に参加できない理由も、外勤に由来するようデス」
「……成程」
僕は、彼女の返答を聞いた事で、テイマーがこの場にいない理由を悟る。
『お察しの通り、ラスボーン先生は魔術師の護衛や外部での仕事…。特に、人の世界では浮き彫りにならない案件を取り扱ったりもしているよ』
この時、僕は以前に技術員の下松 光三郎が口にしていた台詞を思い出していた。
…兎に角、現状をどうにかしなくては…。でも、僕は英語得意でもないし…
同時に、この後どうするべきかを考えていたが、対策をすぐに考えられない自分もいたのである。
『もしかして、鏡文字じゃないかしら?』
僕が腕を組んで考え事をしていると、Mウォッチに宿るライブリーの声が響いてくる。
「ライブリー?」
『確証はないけどね。ただ、エアリエルに限らず、大多数の妖精達は、人語は話せても書く事は不得手…。だから、何かを伝えたくても“伝え方”がわからなくて混乱しているかも…』
「成程…」
彼女の助言を聞いた僕は、その場から歩き出す。
「すみません、僕にもその紙見せてもらってもいいですか?」
僕は、紙を持っている教職員に声をかける。
「あ、あぁ…」
意表を突かれたような表情をしたその教職員は、A4サイズの紙を僕に手渡してくれた。
うーん…
印字された文字を見ると、やはりアルファベットの羅列が続く。
このままでは読むことすらできないが、先程口にしていたライブリーの台詞を思い出して読み方を変えてみる。すると―――――――――――――
「I want to get out of here…。“ここから出たい”…?」
僕がアルファベットを逆から読むと、一つの英文が浮き彫りになる。
その一文は英語であるため、自分以外の人間は最初の一言で意味が解ったようだ。
『いずれにせよ、出してあげないととんでもない事になるかも…』
「とんでもないこと…?」
『私達電子の精霊は、その性質上で機械類の性能や扱いは大抵わかるわ。でも、何も知らない妖精が精密な機械の中で暴れたりしたら、どうなると思う…?』
「……もしかして、故障とか?」
『故障で済めば、まだ良い方だけどね』
皆が見ている前で、僕とライブリーは話す。
今は翻訳機のスイッチを一旦切っているため、日本語で話す僕らの会話は宥芯以外は意味を理解できないだろう。
「“風”に対しては“土”が有効だろうけど、土の魔術に明るい下松氏も今は不在ですしネ…」
僕達の会話を聞いていた宥芯が、ため息交じりで呟く。
お昼休み時には校内にいた光三郎だったが、テイマーと同じくあれから“外勤”で校外に出ているため、この場にはいないという具合だ。
…何だろう、妙な違和感が…
僕はこの時、妙な感覚を覚えていた。
同時に、現状では不確定な仮説を考え始めていたのである。
「ミスター望木」
「あ…はい」
考え事をしている僕の名前を呼んだのは、複合機プリンタの説明をしていた技術員だった。
「貴方は確か、電子の精霊を使い魔にしていると伺っている。属性の相性も良いだろうし、その者らに頼んで、エアリエルを機械から引っ張り出す事は可能だろうか?」
その台詞を聞いた途端、僕は少しだけ苛立ちを覚える。
というのも、魔術師にとっての使い魔とは“魔術師に従属する存在”を指す。確かに、他人から見れば“魔術師と使い魔”の関係に見えなくもないが、ライブリーやイーズといった電子の精霊は、僕にとって長年の相棒であり友のような存在だ。今の発言は、彼らを軽視されたような発言だったからこそ、久しぶりに苛立ったのである。
『朝夫。“そんな発言をする人間の指示なんか従いたくない”って言ってやってよ』
Mウォッチに宿るライブリーは案の定、憤りを感じている雰囲気を醸し出していた。
今は具現化していないので表情は見えないが、この低めな声のおかげで、彼女が怒っているのが手に取るようにわかる。
「い…今の発言は、ちょっと…」
すると、状況を把握したのか、ミシェルがその技術員の近くに寄って耳打ちする。
彼女が状況を読んで進言したおかげで、技術員はライブリーや僕が不快感を顕にしている事を悟る。しかし、彼が僕達に対して謝罪する事はなかった。
…どれだけ自尊心が高いんだろう…
その技術員の対応を目の当たりにした僕は、心底呆れていたのである。
何はともあれ、このまま何もしなかったらプリンタが故障もしくは二度と使えなくなるような最悪の事態が起きる可能性は十分にある。怒っているライブリーを何とか説得して、エアリエルを複合機プリンタから引っ張り出す作業を僕らが担う事になった。
「これをこう…で、いいのか?」
『そう!いいかんじよ、朝夫!』
僕は、ライブリーの指示を受けながら、紙に何かを書き込んでいた。
その様子を、宥芯や他の教職員らが見守っている。ライブリーの指示で、A4サイズの白い紙に、ある図形を描いていたのである。その図形とは――――――――――
「これが、“ネットワークの海を移動できる魔術の魔法陣”…」
『そう!最も、私ら電子の精霊は魔法陣がなくても容易に移動できるけどね』
僕が完成した図面を両手で持ち上げていると、ライブリーは得意げに話していた。
エアリエルを引っ張り出す方法としては、ライブリーの指示で描いた魔法陣が描かれたA4用紙を複合機プリンタでスキャニングを実施し、スキャニングデータを指定のパソコンに転送する過程でエアリエルをデータごとプリンタの外に送り出そうという方法だ。また、紙に描いた魔法陣は、その事象を補助するような魔力が秘められているという。エアリエルが電子の精霊ほど機械に明るくない以上、この方法が最善だとライブリーは話す。
…まさか、就業中に宿泊棟と往復する羽目になるとはな…
魔法陣を描いていた時、僕はそんな事を考えていた。
というのも、スキャニングデータを送る特定のパソコンとして、僕がプライベートで使用する端末が選ばれたのだ。理由は当然、ライブリーやイーズがよく知る機械だからだ。よく使っている機械の方が、エアリエルを連れてきた後に対処がしやすい。だが、当然ながら私物のパソコンは就業中に使用する事はまずない。そのため、宿泊棟にある自室へ僕が一旦戻ってパソコンを持ってきたという経緯であった。
「不思議な魔法陣だな…」
「ルーン文字にも象形文字にも似ていそうな、文様…。電子の精霊は新しき精霊というが、持ちうる知識は見事だな…」
僕が用紙に魔法陣を描いている間、周囲で見守る教職員達が何やら小声で話していたのである。
ライブリーはその内容まで聞き取れていたようだが、書く事に集中していた僕は詳細までは把握できなかったのであった。
「できた!これで、大丈夫かな?」
『えぇ、完璧』
魔法陣を描き終えた後、僕は一度ライブリーに用紙を見てもらう。
すると、すぐに「問題なし」の返答をくれた。
「…では、“これ”をスキャニングしますね!」
翻訳機の電源を再び入れた僕は、周囲にいる人々に対して一言述べた。
それと同時に、スリープ状態にしていた自分のノートパソコンを再び起動する。
…講義で感じる視線よりも、何だか居心地悪いかんじがするな…
複合機プリンタのカバーをゆっくりと開けている時、僕は周囲の視線が気になって仕方なかった。
情報リテラシーの講義中は、話す事や作業に夢中である事に加え、学問を学ぶ姿勢のある若い子達の純粋な視線だった事で、あまり見られても気にならなった。しかし、今は違う。教職員といった大人が主であり、その視線は好意的なものからそうでない視線も感じるため、僕にとっては居心地悪い以外の何者でもない。
えっと、僕のパソコン……
用紙をセットした後、僕は複合機プリンタのパネルに表示される内容に沿いながら作業を進める。データの転送先として、並びが単語になっていないくらいのアルファベットで名付けられたコンピューターをタッチパネルで選択していく。
このコンピューター名は僕がつけたものであり、普通に名前等を入れてしまうと誰の端末かすぐに解ってしまうのを防ぐためだ。
そして、転送先の設定等の細かい事を終えた後、最後に作業をスタートさせる大きめのボタンを僕は押す。押した直後、複合機プリンタから用紙の中身をスキャンし始める音が響き始める。
「緑色の光…!?」
すると、後ろにいたミシェルの声が響いてくる。
彼女が述べたように、複合機プリンタがスキャニングする光とは別に、淡い緑色の光が発しているのをその場にいる全員が気付いたようだ。
『…よし。術式は、ちゃんと発動したみたいね』
僕のMウォッチから見守っていたライブリーは、少し得意げな口調で呟く。
その発言は、先程僕が描いた魔法陣が効力を発揮し始めた事を意味する。そして、数秒後―――――――――
『おし!エアリエルは、しっかり端末にちゃんと出てこれたぜ!』
僕のパソコンよりイーズの声が聞こえると、僕は周囲に成功した旨を口頭で伝える。
すると、その場にいる全員が安堵したような雰囲気になった。
ひとまず、何とかなって良かったな…
僕も内心で一安心し、複合機プリンタから魔法陣の描かれたA4用紙を取り出す。
こうして、説明会は無事に終わる事となった。
『お疲れ様、朝夫』
「…あぁ。二人も、ありがとうな」
夜になり、宿泊棟にある自室へ戻ると、ライブリーが僕に声をかけてくれた。
『しっかし、まさか風の精・エアリエルがあんな芸当をこなしちゃうとはな…驚きだ』
『…本当ね。一体、誰の仕業なのかしら…』
「!!」
イーズとライブリーが二人で話を始めるが、彼女が口にした台詞を聞いた僕が反応する。
「やはり、これ…。ただの“事故”ではない…って、二人も思うか?」
僕は、真剣な表情を浮かべながら述べる。
その表情を見た電子の精霊達は、瞳を一瞬見開いて驚いていた。しかし、すぐに真剣な表情へと変わる。
『話を聞いていた限り、誰かが故意に仕組んだ可能性はあるかなとは思ったわ』
『俺も、同感。片方一人だけが不在ならともかく、テイマーも下松も両方いない日に偶然…って滅多にないよなとは思ったね』
「だよなー…」
二人の返答を聞いた僕は、部屋にあるベッドに仰向けで倒れこむ。
先日のローラーホッケー大会もそうだけど、最近トラブルっぽい事が頻繁に起きてないか?
僕は、部屋の天井を見上げながら考え事をしていた。
今回の一件も、誰がどういった目的でエアリエルを差し向けたのか。そのような事件を起こして、どのようなメリットがあるのか。考えれば考える程、解らなくなる。
…ひとまず、明日以降にテイマー辺りに相談してみるか…
そう心の中で考えた後、僕は今回の件について考える事を止めたのである。
しかし、僕はこの時知らなかった。一連の“事故”が、僕自身に関係があるという事を――――――――――――
いかがでしたか。
ひとまず、機械が故障する事にはならなくて一安心といった所でしょうか。
この章は、ここで一旦終了になります。序盤の方と中盤で少し話の内容がおかしくなってきていたかもしれませんが、何とかまとまった形になって良かったと思っています。
次回から新章に入ります。物語も少しずつ佳境に近づいているといっても過言ではないです。
お楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します。