Line 15 定期考査の問題作成と採点について
「父さん、リハビリは順調?」
『まぁな。これまで通りとはいかないけれど、少しずつ歩けるようになってきているよ』
ある日の夜、自宅で過ごしていた僕は、事故で怪我をした父・道雄と電話で会話をしていた。
全治数か月とされている父は、3週間程病院で入院した後に退院し、現在はリハビリのため週に何度か病院に通っているという毎日を送っている。
『…講師として、慣れてきたか?』
「…まぁ、一応。それなりには、やれているよ」
スマートフォン越しで聴こえる父の声は、どこか心配そうな雰囲気も感じられる。
実際、魔術師学校で問題とかは起きていないため、僕は本心からの返答を返した。
そうか、自分自身の問題ではないけど…
ふと何かを思い出した僕は、先日起きたローラーホッケー大会での事故についてを語った。
『あぁ。その件については、テイマーからも聞いたよ』
「テイマーから…?」
『あぁ。時折、世間話も兼ねて魔術師学校での事も話すんだ。真犯人……早く見つかるといいな…』
「そうだね…」
親友でもあるテイマーから事故の話を聞いていたと知り、僕はすぐに納得していた。
それよりも、父がこの時述べた台詞の最後の方だけが声が小さかったのか聞き取りづらかったのである。
『そうだ。近々E-mailで送ろうと思っていたんだが、先んじて伝えておくことがあったんだ』
「先んじて…?」
父が述べた台詞に対し、僕は首を傾げながら聞き耳を立てていたのである。
その3日後―――――――――――――――
「あー…。やっと終わったー……」
リーブロン魔術師学校の食堂にて、疲れた表情をしたテイマーが呟いていた。
「ラスボーン先生、お疲れ様でした。望木先生の方は、どうでしたか?」
すると、彼の隣に座っていたマヌエルが、僕に問いかけてくる。
「僕は、赴任して間もない事に加えて、父が大元を作ってくれていたので割とすぐに終わりましたね」
僕は、訊かれた問いに答える。
3日前、父がE-mailで僕に送ろうとしていた物―――――――――――――――それは、これから実施される定期考査に使う問題のデータだった。父は、僕がリーブロン魔術師学校で講師を始めてから、少しずつ試験の問題文をパソコンで作り始めていたようだ。指が捻挫をしているので容易ではなかったようだが、時折イーズに手助けしてもらいながら作成していたという。そのデータに対し、僕は見直しと多少の校正のみを実施しただけのため、情報リテラシーのテスト問題はすぐに完成したのであった。
テイマーが言語学。宥芯が確か歴史を担当しているから、テスト問題の作成は大変だったろうなぁ…
僕は、疲れた表情で昼食を食べるテイマーを見つめながら、そんな事を考えていたのである。
「まぁ、今回からは“テスト後の作業”がデジタル化する訳だから、少し楽になると思うよ」
「下松さん…!」
すると、僕・テイマー・マヌエルのいる座席に、技術員の下松 光三郎が現れる。
彼に気が付いたマヌエルが、光三郎に声をかけていた。
「僕もここ、いいかな?」
「あ…はい、いいっすよ」
昼食のトレーを持った光三郎は、空いていた僕の隣席の前に立って尋ねる。
僕は、すぐに了承していた。光三郎はゆっくりと席につくと、両手を合わせて「いただきます」をした後に、食べ始める。
「テスト後の作業…採点が、自動でできるって奴ですか?」
「そうだね。なので、今日か明日辺り教職員に対して半々で講習をする事になると思うよ」
テイマーは、光三郎が最初に口にした台詞の詳細を、食い入るように尋ねる。
それに対して光三郎は、落ち着いた口調で答えていた。
「自動採点システムって事か…。あれ、魔術師学校って、大規模なスキャンできる機械ってあるんですか?」
僕は、話を聞いている中で感じた疑問を光三郎に問いかける。
というのも、このリーブロン魔術師学校に限らず、定期考査で使用される問題用紙と解答用紙は紙が主流だろう。パソコン上で採点をするという事は、解答用紙を機械で読み込む手間が入ってくる。そして、リーブロン魔術師学校の生徒数は280名と普通の中学高等学校よりは少ない方だが、1枚ずつスキャンをするのはなかなかの手間だ。それを考えた上での問いかけだったのである。
すると、光三郎は「その台詞を待っていました!」と言わんばかりの笑みを浮かべながら口を開く。
「日本で使用されていた中古の機械を一台、民間企業から買ったんだ。なので、複合機プリンタで1枚ずつスキャンする手間は省けるよ!」
そう告げる光三郎の表情は、得意げに見えたのである。
「そうだ、下松さん。その機械は主に教職員の皆さんが使うと思いますが、事務職員や技術員も恩恵に預かれるんですか?」
「無論ですよ、シューアさん。ただし、教職員の採点による利用が終わってから…という事になりますがね」
今度は、事務職員であるマヌエルが、光三郎に尋ねていた。
今思えば、本来来るはずだった父が今のこの時期だったからこそ、新しい事が次々と始まったのかもな…
僕は、彼らの会話を聞きながらそんな事を考えていたのである。
その日のお昼休みが終わり、僕は情報リテラシーの講義に向けて教室棟へ向かって移動していた。
『朝夫。メールが届いているみたいね』
すると、Mウォッチに宿るライブリーの声が響いてくる。
彼女の台詞を聞いた僕は、自身のスマートフォンを取り出してメールの受信箱を確認する。そこには、リーブロン魔術師学校の教職員が登録しているメーリングリストからの連絡が受信されていた。
“今日の講義終了後に、新規導入した機械の説明会を実施します”…か
僕は、心の中でそのメール内容を読み上げる。
その理由は、教職員間でやり取りしているメールのため、生徒や他の人間に内容を知られる訳にはいかないからだ。それについては当然の事ながら、魔術師学校以外の環境でも言える事だろう。
『…思うに、朝夫が魔術師学校に来てから、新しい事始める機会が多くない?』
すると、ライブリーは思わぬ台詞を述べる。
それを聞いた僕は、思わず噴き出しそうになった。
『な…何か変な事言ったかしら?』
普段、あまり笑わない人間である僕の反応に対し、ライブリーは恥ずかしそうな表情を浮かべながら問いかけてくる。
「……いや、昼食時に僕が思った事と全く同じ事をライブリーが呟いたなと思ってね」
僕は、少し笑いをこらえながら彼女の問いに答えた。
『なんだ、元気そうじゃないか!』
「イーズ!?」
すると、今度は僕の使用しているスマートフォンからイーズの声が響く。
最近、イーズは父・道雄の使用する電子機器と僕の方で行ったり来たりを繰り返していたため、数日ぶりの会話となる。
「びっくりした…」
『悪い悪い!そんで、何で盛り上がっていたんだ…?』
「あぁ、講義がもう少しなので、歩きながら伝えるよ」
突然の登場に驚いたものの、僕は移動しながらイーズを交えた会話をする。
こうして情報リテラシーの講義を実施し、その後に新しい機械の説明会へ参加する事になるのであった。
いかがでしたか。
今回、きりがよいという事もあり、少し短めだったかもしれません。
この章ではリーブロン魔術師学校で実施される定期考査の話を描いていく事になります。
朝夫の父・道雄を声だけですが、久しぶりに登場させられて良かったです。
次回は、その「解答用紙を大量スキャンできる機械」の話になっていくと思うのでお楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します。