Line 14 臨時職員会議
【前回までのあらすじ】
新宿でのテスト配信を経て、朝夫達は無事にローラーホッケー大会の当日を迎える。
配信映像のカメラチェックをしながら試合を観戦していた朝夫だったが、途中で所々にて違和感を覚えていた。イーズやライブリーらも気にする中、準決勝の試合にて、ある生徒がコート外まで爆走して衝突するという事故が起きてしまう。
突然起きた衝突事故によって、試合は一時中断をする。ただし、ローラーホッケー大会のルール上ベンチに補欠として待機していた生徒がいたため、試合自体はすぐに再開された。
「…試合が再開したという事は、引き続き決勝戦も予定通り行うって事だろう。なので、そろそろ自分の管轄寮に戻ろうかな…」
「…そうですね、私も退散しますかネ」
試合が再開した頃になり、テイマーと宥芯が口々に述べた。
生徒が怪我をしたのに、何だか異様に冷静なような…?
僕は、二人の態度を見てどうしても違和感が拭いきれなかったのである。
「…なぁ、先程の事故…。本当に、ただの事故なんだろうか?」
「…何か思い当たる節でもあるのか?」
僕は、内心で考えていた事を口にすると、テイマーが振り向きざまに反応する。
「今の所は…何とも…」
しかし僕は、彼からの問いに上手く答える事ができなかった。
僕が目の当たりにした事は、目の錯覚だったかもしれないし、もし違っていたら…
元々自身の事に対して自信が持てない性分なために、今この状況では上手く声に出して伝える事ができない。
僕が何を告げればいいか戸惑っているのを察したのか、テイマーはため息交じりで口を開く。
「明日か明後日辺り、臨時の職員会議が実施されるだろう。もし何か意見がある場合は、ちゃんと言えるようにしておいた方がいいかもしれないな」
「あ…」
僕にそう告げたテイマーは、宥芯と共にその場から去っていった。
二人が去った後、僕は再びパソコンの液晶画面に映る中継動画に視線を落とす。
「ライブリーにイーズも…聞こえるか?」
『いるぜ』
『先程の、事故の件かしら?』
電子の精霊の名前を呼ぶと、二人は僕の声に答えてくれた。
「僕は引き続き、この配信動画をしっかりと見張るよ。なので、これから僕が指示する事を実行してほしい」
『了解!』
真剣な眼差しを浮かべながら、僕は二人に指示を出す。
ライブリーとイーズは珍しく声が揃っていた訳だが、この切迫した状況においては一種の和みといえた瞬間だったのである。
その後、僕は配信映像のカメラチェックという本来の作業をしながら、ライブリーとイーズにそれぞれ指示を出していた。一時は中断して戸惑う生徒は多かっただろうが、再開し試合が盛り上がるにつれて、観客である生徒も動画を見ている関係者も試合に釘付けになっていたであろう。
大会の方は、決勝戦でテイマーの管轄しているヘーゼル寮がローウェン寮と対戦し白熱した試合だったが、1点差で惜敗。ローウェン寮が優勝し、ヘーゼル寮は2位。準決勝ではリュー寮が勝利した事で3位となり、4位がウィロー寮という結果で大会の幕は下ろされた。
優勝した寮の生徒達は喜び、悔しがる生徒や教職員もいる中、全体を通して試合を見ていた僕は、日中に起きた事故の事ばかりが頭の片隅から消えなかったのである。
また、ローラーホッケー大会が土曜日で翌日が日曜日という事もあり、テイマーが口にしていた臨時の職員会議は月曜日に実施するという上からの通達があり、その日は終わりを告げる事となる。
そして、二日後――――――――――――――――――
「皆さん、一昨日はご苦労様でした。“あの件”を除いては、何事もなく大会を実施できて良かったと思っております」
バラノ学長によるこの台詞を皮切りに、臨時の職員会議が始まった。
普段の職員会議は元々、夕方といった生徒の講義がほとんどない時間帯が多い。しかし、今回は事が事のため、午前中に講義がある教職員の授業は全て休講もしくは自習とさせ、この朝一番という時間に教職員が集結したのである。
「早速、本題に移らせて戴きます。先日起きた試合中の事故にて、衝突して気絶した生徒は幸い、命の別状はありませんでした…。しかし、肋骨骨折等による怪我で全治3か月はかかるとの医師は告げていたそうです」
バラノ学長は、まず被害に遭った生徒の話から順に述べていく。
今回の事故は、負傷した選手が自身にかけた「加速」の魔術威力が暴発し起きた事故だと説明する。その途中で救護室担当であり、大会当日も生徒の応急処置を行ったミシェルによる話が加わり、負傷した生徒は他の生徒から妨害された仕草も魔術の痕跡も見当たらなかったという。そのため、現段階ではどうして事故が起きたのか、原因が不明であると説明した。
「…その件について、追加の情報があります」
学長らの説明が終わった頃、挙手をしてそう述べたのはテイマーだった。
「追加情報…?」
「どう見ても、生徒による事故だろ?」
彼の台詞を聞いた他の教職員達が、その場でざわめきだす。
「皆さんもご存知の通り、大会当日においてコート周辺に張り巡らされた結界は全く異常はありませんでした。ただ、一瞬の間だけ揺らぎが入り、そこから事故が起こる原因ができてしまったのではないか…という話です」
「…!!」
テイマーの台詞を聞いた教職員達は、ざわつきだす。
しかし、バラノ学長が一部の教職員達を見つめると、彼らは自然と口を閉じて黙る。
「…成程。では、その根拠となる事象があるという事ですか?ラスボーン先生」
「…はい。詳細については、わたしよりも“目の良い”職員に語ってもらいましょう」
バラノ学長がテイマーに問いかけると、彼はその台詞を待っていたような表情を浮かべる。
同時に、隣に座っていた僕に対して、視線を向ける。
「望木先生。詳細をお願いします」
「はい」
話を振られた僕は、予め必要なデータのみを入れたUSBフラッシュメモリーを取り出す。
それを、会議で使用している長机の指定の場所に差し込み、机上で操作を始める。教室棟にあるこの会議室では、プロジェクターのような機材がない代わりに、真ん中に設置されている長机が簡単なパソコンと映像等を映し出すための液晶画面となっている。
架空の物体かと思っていたけど、まさか実在するとはな…
僕は、自身の眼前に広がるキーボードのような光を操作しながら内心でそんな事を考えていた。
僕が長机型のパソコンを操作した事で、机上に複数の画像と映像ファイルが表示される。
正しく表示された事を確認した僕は、その場で周囲を見渡してから口を開く。
「ラスボーン先生のおっしゃる通り、僕もあれは単なる事故ではないと思っています。また、大会当日は配信映像を確認する業務を行っていたがゆえに見つけた事実を、皆さんに共有させて戴きます」
最初にざわついていた他の教職員達は、僕の台詞を聞いた途端口をつぐんでいた。
「まず、最初に異変が起きたのは…午後一番に行われた準決勝時。コート全体に“電気が走ったような音”が聴こえたと、僕に従う電子の精霊達が告げました」
「それは、望木先生自身は耳にしていない…という事ですか?」
「はい」
僕の説明に対して質問をしたのは、事務職員のマヌエルだった。
彼からの質問に答えた僕は、説明を続ける。
「彼ら電子の精霊は、自身が宿る機械上で発生した音ならば、どんなに小さい音でも聴き取れます。ひとまず、彼らの事は割愛させて戴きます」
電子の精霊について、語れる事はまだあるけど…。今、この場で話すべき内容ではないよな…
僕は、自身にそう言い聞かせながら引き続き説明をした。
電子の精霊が微小な音を感知して数分後、事故で怪我をしたリュー寮の選手の背中に、光の塊のような物体が張り付いていた事。そして、その張り付いていた物体は、選手が仕切りの硬い部分に衝突して気絶後には消えてなくなっていた事を僕の口から知らされた教職員達は、驚きの余り声を失っていた。
「しかし、あの生徒の背に黄色い物体なんて、視えなかったはずだが…」
「だが、望木先生が見せてくれているこの画像には、はっきりとではないがそれらしき物体は映っていますぞ…」
教職員達がざわつく中、今のような会話をその内の誰かがしていた。
「因みに、望木先生は妖精といった妖しき者達が視える“目”の力が強い魔術師です。だからこそ、選手に張り付いていた物が視えたと思いますよ」
疑心暗鬼である教職員達を前にして、そう述べたのがミシェルだった。
そうか、棚卸の時に僕がグレムリンを目にしたのを知っているからか…!
僕はこの時、彼女が助け舟を出してくれた気がして、少し嬉しく感じていたのである。
「…今回、ラスボーン先生や望木先生より戴いた追加情報も踏まえて、学校側としては“教会”に捜査を依頼し、犯人の特定をしていく事になります。皆さんには、より講義の時等は生徒達の安全を第一に考えながら、日々教鞭に立って戴きたいと思います」
バラノ学長が今の台詞を述べる事で、臨時の職員会議が終了する事となった。
『望木先生』
「…っ…!?」
職員会議が終了し、会議室から退室しようとした矢先――――――――バラノ学長の声が頭に響いてくる。
僕は、何が起きたのかと周囲を見渡すが、周りにいた教職員達は何も聞こえてないかのように歩き出していた。
『これは、“遠耳の術”という特定の人間にだけ話しかけられる魔術です。今、私は貴方とラスボーン先生にのみ話しかけているので、他の教職員達には聴こえていませんよ』
バラノ学長がそう述べた後、僕は周囲を見渡す。
僕の視線に気が付いたテイマーは、その場で黙ったまま首を縦に頷いていた。
『本来は学長室が良いですが、“今回”はこのままの方が良いと思ったので、この後お二人だけにお話があります。故に、そのまま残っていてもらっても良いですか?』
その台詞を聞いた僕は、会議室の中央辺りにいるバラノ学長に視線を移し、軽く会釈をする。
すると、「大丈夫です」という意志が伝わったようで、彼女は僕らに穏やかな笑みを見せてくれたのであった。
「…さて、ラスボーン先生。貴方が先程“遠耳の術”で私に進言した、“犯人に繋がる者について”の話を、聴かせてもらってよいかしら」
「わかりました、学長」
会議室が僕とテイマーとバラノ学長の3人だけになった後、学長はテイマーに声をかける。
そうか、テイマーが先に魔術で校長に話を通していたから、こういう事態になっているのか…
僕は、この事態がどうして起きたのかを悟った。
「…望木先生、“あの画像”は出せるか」
「あ…あぁ…」
テイマーは、僕にある画像を見せてほしいと指示を出す。
言われた僕は、一度外したUSBフラッシュメモリーを再び長机型パソコンに接続し、先程の職員会議では表示させなかった画像を表示させる。
「これは…ラスボーン先生が管轄する、ヘーゼル寮の座席…?」
表示された画像を目にした学長は、その場で呟く。
僕が表示させた画像とは、ローラーホッケー大会の試合中、偶然にもイーズが残していたテイマーとその周囲が映っている映像のスクリーンショットだった。
「情けない話、自分も彼から言われるまで気が付かなかったんですよ。学長に見て戴きたいのは、ここに映る自分ではなく…」
テイマーは、少し自虐めいた笑みを浮かべながら、画像に映るある生徒を指さす。
その生徒は、自身のスマートフォンを横に持って画面を注視しているように見えた。
「この表情…」
テイマーが指を指した生徒を見た途端、バラノ学長の表情が険しくなる。
「この画像が手に入った時間帯は、午前中の第一ピリオドの時でした。例の“微小な音”が発生したのが午後の試合という事を考えると…この生徒が、犯人に繋がっている可能性が近いかと思います」
僕は、真剣な眼差しで述べた。
テイマーには先に伝えていた事だが、僕が考えた一つの仮説がある。この彼の近くに座ってスマートフォンを注視していた生徒は、何者かによって「スマートフォンのある画面を見る事で行使される催眠術」をかけられ、操られたのではないか―――――――という仮説だ。
ローラーホッケー大会のコート全体に張り巡らされる結界魔術は、そう簡単に破る事はできない。しかし、ほんの一瞬だけ弱める事ができれば、その一瞬で魔術を行使するために必要な存在―――――――――精霊を送り込んで遠隔で魔術を行使できるのではないかと僕は考えていた。
バラノ学長は、このリーブロン魔術師学校で一番偉い女性であると同時に、優秀な魔術師でもある。そのため、この画像を見せた事で、僕が伝えたかった内容を理解してくれたと思われる。そして、彼女の表情が険しくなった事で、察してくれた事を僕は確信したのである。
その後、僕は正しい処理でUSBフラッシュメモリーを取り出し、会議室を後にする。
魔術師の界隈で起きた事件や事故。あとは、人間社会にて起きた妖精や魔術を巡る怪異等を調査し対処する“教会”…か…
僕は、宿泊棟にある自室へ戻る途中、学長が口にしていた“教会”について考えていた。
以前、怪我をした父親に会った時に聞いていた“教会”という存在は、所謂魔術や神力を使える人間達による組織であり、魔術師の界隈では警察に近い役割を持つ集団である。今回の一件も、教会の管轄だろう。また、その名前は数ある名前の一つであり、“協会”や“狭間を見守る輩”と呼ばれる事も多いようだ。
何はともあれ、早い所解決してほしいな…
僕はそんな事を考えながら、自室へと足を進めるのであった。
いかがでしたか。
今回は、事故が起きた後に実施された職員会議の事がメインでした。
13話等で朝夫らが感じていた違和感について、深く語れたと思います。
作中に出てきた「簡易的な機能を持つパソコンである長机」は、某ライトノベルに出てくる機械を参考にさせて戴きました。
ひとまず、この辺りでこの章は終わる事になるでしょうが、事件の犯人は一体誰なのでしょうか?
判明したとしたら、どういった動機だったのでしょうか?
それは、今後の展開で少し触れる事になると思います。
次回をお楽しみに★
ご意見・ご感想があれば、宜しくお願い致します。