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芽野はかく語りき しかるのち放火

大学一回生の夏、食堂でラーメンをすすりながら芽野はこういった。


「ぶどうって電子レンジでチンすると燃えるんだぜ」


突拍子のない話題に私は困惑したが、芽野は普段から万事適当な男であった。

入学ガイダンスから通算して、何度こいつに騙されたかわからない。芽野の巧みな口上に騙され同じ学部の三島さんに告白してあっさり降られたのは記憶に新しい。

芽野曰く三島さんは私のことを「知的で素敵な人」だと語っていたらしいがその実、三島さんは私のことを認識してすらいなかった。

私は中学時代から内側に押し隠して貯めに貯めた勇気と羞恥心の貯蓄を豚の貯金箱を割るがごとく険しい顔をしてひねり出したというのに芽野のせいでまた一から貯めなおす結果となった。

芽野に騙され西へ東へ奔走し満身創痍になった私の武勇伝はまだまだ語りつくせるのだが、語っている間に日が何度沈むかわからない。

よってここでは割愛する。

とにかく、芽野の言うことは聞き流すのが無難也。


「ブドウが燃える?そんなわけないだろ。バカも休み休み言え」


「本当だって!プラズマが発生して燃えるんだってさ」


意味の分からない嘘でまた私を辱めようとしているに違いない。その手には乗るか。


「嘘をつくな」


「ほんとだよ!twitterでバズってたんだから」


「ネットの情報なんかあてにするな!お前は小学生か!」


芽野のネットリテラシーの低さに呆れながら私は席を立った。


「自分で試してもないのに情報を吹聴して回るな。阿呆がばれるぞ」


芽野は茫然とした顔をしていた。

私は芽野を言い負かした優越感でしたり顔で立ち去ったのだった。




そんな私のしたり顔は、あたりが暗くなってきた午後8時ごろ、ぽかんと口を開けて唖然とする阿呆顔と変わっていた。

私の顔を赤い光と熱が照らし、私の後ろを大勢の学生たちが走り回っていた。

夕空には学生たちの悲鳴と怒号と、消防車のサイレンの音が鳴り響き、私の脳裏には昼の芽野との会話がよぎった。

校舎が燃えていたのである。

以後、芽野が姿を現すことはなかった。






あの火災の後、警察が大学構内をうろつくようになった。

燃えた校舎での授業はしばらく休講になったため詳しいことはよくわからんが、発火原因は全く分かっていないらしい。

幸いにも負傷者は出ていないらしいが、その謎めいた発火法と負傷者ゼロという奇跡的な状況から、故意による発火であるらしく、さらに犯人は現代警察の目を欺くほど頭の良い人物であるという根も葉もないうわさが流れた。

噂は噂を呼び、「大学の知能の低さに呆れ長期休講のためにノート10冊分の綿密な計画を立てて警察を欺いたドS美男子」という犯人像が出来上がった。

架空の犯人のファンクラブまでできる始末だ。

もはや尾ひれがつきすぎてどこが顔かわからぬ有様である。

さらに、あの火災以降一度も姿を見せない芽野について、あいつが放火犯に違いないと主張する「芽野断罪派」が生まれ、それに対抗すべくあれのどこがドS美男子だと主張する「芽野免罪派」が生まれた。

両方の派閥が集まって熱い議論を交わす「芽野断罪討論会」が行われ、互いの派閥は熱い火花を巻き散らし、今にも二次火災が起きんかと傍聴者たちをはらはらさせた。


「お前らは芽野は犯人ではないというが、ならば芽野はどこにいるのだ!なぜ姿を見せない!」


「今ごろ黒い灰になってがれきの下に埋まってるわ!もしくはばらばらの灰になって見つからないのよ!」


「芽野免罪派」のこの一言は一瞬で場を凍り付かせ、わいのわいのと集まっていた人々を漏れずドン引きさせた。

まもなく討論会はお開きとなり、集まった人たちは皆「なにやってんだ俺」という顔をしてとぼとぼ帰っていった。

かくいう私もその一人であった。

状況からみて芽野が犯人に違いなく、発火法はおそらくブドウプラズマ発火だろうと私は思っていた。

帰り際、大学の正門前にいかにも刑事な格好をしたナイスミドルが立っていた。

彼は通り抜けようとする私を引き留めて、


「君、こないだの火災について何か知らないかね」


といった。

刹那、様々な葛藤が私の脳を満たした。

正直に答えるのなら私は知っている。それどころか間接的に言えば私が芽野をたぶらかしたようなものだ。むしろ私が犯人ということになるのだろうか?

いやそれならば「ブドウ発火」についてtwitterで投稿した人、しいてはそのツイートをリツイートした数万人の人間も逮捕されてしかるべきではないか?

数万人に手錠が掛けられ、日本の鉄資源が足りなくなり、オーストラリアからの輸入が必要となる妄想が私の頭を駆け巡った。

オーストラリアからの貨物船を待ち、いまだ手錠をつけられていない私含む数千人の容疑者たち。

港で並ばされ待っていると、大きな汽笛とともに貨物船が霧の中から姿を見せる。

貨物船は速度を緩めず港に突進し、情けない声を上げ逃げ出す監視官。貨物船が港に乗り上げると、甲板から聞き覚えのある笑い声が聞こえる。

見上げると、眩しい太陽と霧の晴れた青空を背に仁王立ちしているのは芽野であった。

芽野は力強い声で叫ぶ。


「自由が欲しくば、乗れ!!」


私たちは歓声を上げて乗り込むーーーーーー。

という妄想も一区切り、私は刑事の問いに目を泳がせていた。

「し、シラン!知りませんよ!火災なんてありましたっけ?」

こんなにも怪しい人物を疑わぬ刑事がいればそいつは阿呆で刑事には絶望的に向いていない。疑いの目を向ける刑事の視線をきりきり感じながら、私は下宿に帰った。



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