第一話 中部国際空港
愛知県の知多半島は田舎過ぎず、かといって都会というわけでもない生活しやすい所です。私の住んでいる町から名古屋までは電車で30分くらい。通勤時間帯ならば多少の混雑はあるけれども東京の人混みと比べればイージーモード。名古屋市の人口を東京23区と比べるとだいたい四分の一程度しかおりません。
東京一極集中にはメリットとデメリット双方があるのでしょうが、個人的には住むのならやっぱりのんびりできる方が良いかなぁ~と思っています。もちろん人が多い分だけ羨ましいと思う部分も少なくはないですけどね。コンサートとか多いし、美術館もたくさんありますし、遊べる場所も多そうですし。
まぁ、田舎すぎず、とは言ってはみたものの、東京と比べれば私の住む町は田舎といって差し支えありません。そんな場所に住んでいますから車は必須です。車がなければ通勤や買物も結構大変だったりします。逆に言えば、車があれば特に不自由はありません。そんな訳で必然的に車での移動が多くなるため愛車のプリウスはなかなか重宝しております。主に、燃費的な意味で。困ったことに、最近は、色々と肩身の狭いプリウスですけどね……
さて本日、愛車で目指しているのは中部国際空港です。
友人の中田君(仮名)とその恋人である台湾人の王ちゃん(仮名)を乗せて空港に向かっております。ゴールデンウイークに王ちゃんの両親に婚前のご挨拶に行く、とのこと。私は二人を送りに行くだけなので台湾には行きません。ただの見送りです。独身の私としてはとても羨ましい話ですよ……
まったく、どうしてこうなった。。。 と思わず頭を抱えたくなります。
というのも、もともと王ちゃんをナンパしたのは私なのです。ジャズドリーム長島で働いていた王ちゃんに声をかけ食事に誘い、一緒に明治村に行ってデートもしたはずなのですが……
その二年後、どうして二人の運転手をしているのか意味が分かりません。これが最近流行りのNTRってやつなのでしょうか? 結果的に、私が王ちゃんを中田君に紹介した形になってしまいました。まぁ、王ちゃんが私の恋人だった過去は一切ないのでヤツに先を越されたってだけなんですけどね!
ちなみに王ちゃんはジャズドリーム長島で接客していただけあって日本語がとても上手です。中国語と日本語と英語が話せるトライリンガルの才媛です。しかもお父様がガスボンベを扱っている社長の令嬢だったりします。金持ちでしかも秀才でそのうえ美人。本当に、まったく非の打ちどころがないお嬢様なのです。
「日本に戻ったら森鴎外の舞姫の解説お願いしますね」
移動中に王ちゃんが私にそんなお願いをしてきました。
雅文体の舞姫を原文で読もうとしているのだから凄いですね。舞姫は学生時代に読んだ記憶がありますが、今となっては予習が必要なレベルです。正直、解説する自信がありません。いや、本当、どうしましょう。
ちなみに、王ちゃんは日本ファルコムのゲーム『軌跡シリーズ』で日本語を覚えたそうな。ファイナルファンタジーやドラゴンクエストほど有名ではありませんが、RPGに慣れ親しんでいる人ならプレイはしたことはなくても一度は耳にしたことがあるかもしれません。結構、有名なシリーズです。
「星の在処と銀の意思は名曲ですっ!」
「だよねー」
ゲーム中のBGMの曲名を挙げて王ちゃんが力説していました。先日、彼女のアパートに中田君とお邪魔したときピアノで『星の在処』を弾いてくれたので本当に好きなのでしょうね。
ちなみにこの会話にはゲームをプレイしたことのない中田君が蚊帳の外です。空港に到着するまで、私と王ちゃんの二人で軌跡シリーズのお話で盛り上がっていました。いや、本当、どうして王ちゃんと付き合っているのが私ではなくて中田君なのでしょうね。人生って不条理。
王ちゃんの大須のアパートから常滑市にある中部国際空港までは知多半島道路に乗って40分ほど。名古屋高速と比べれば知多半島道路は良心的な値段です。名古屋高速は高すぎる……と多くの地元民が思っていることでしょう。名古屋高速は名古屋線に乗るとどの距離であっても問答無用で普通車は770円とられます。日本一高い説があるほどだったりします。乗ってしまえば料金一律なので距離によっては日本一かもしれませんね。
ちなみにGWですが県外に出ようとしなければ高速道路でも渋滞はありませんでした。
正午頃、無事に中部国際空港…… 通称、セントレアに到着です。
さすがに空港の駐車場は混んでいるようで臨時駐車場が開かれていました。工事の途中だった場所をGWの期間限定で解放していたため、止めるスペースを見つけることは難しくなかったです。
さて、まずはチェックインカウンターを目指します。
臨時駐車場を出て通路を少し歩くとFLIGHT OF DREAMSが見えてきました。
FLIGHT OF DREAMSは去年の十月にオープンしたばかりのボーイング787の展示をメインとした体験型の飛行機テーマパークです。
1階に展示してある大きなボーイング787の翼が2階のシアトルテラス(フードコートのような場所)のテーブル席の上を通っており、迫力のある光景を目にすることができます。食事をしながら眺める飛行機というのも斬新ではないでしょうか。
ちなみにボーイング787の運転席の見学や体験型コンテンツを楽しみたい場合は有料エリアに行かなければなりませんが、シアトルテラスから眺めるだけなら無料で楽しめます。
「へぇー、迫力だねー。これって、いくらで中に入れるの?」と王ちゃん。
「当日券なら大人は1200円、子供は800円だね」
中田君が携帯で調べてくれました。
「出発まであまり時間がないからどのみち無理だけどね。まぁ、別の機会に」
興味は湧きましたがゆっくりしているわけにもいきません。今回は歩いて眺めつつ通るだけにしておきます。FLIGHT OF DREAMSの施設から出て空港のチェックカウンターまでだいたい徒歩7分。総合案内所があるアクセスプラザを通って空港のチェックカウンターまでやってくると『空港に来た』という感覚が強くなってきます。
さまざまな国の人たちが集まっており、空港という場所が外国との接点であることを実感できます。空港の雰囲気というのは独特ですよね。それは色々な人がいるからなのでしょうか?
色々な人といっても単純に国籍だけの話ではなく、これから始まる旅にワクワクしている人もいれば、大切な人とのしばらくの別れを惜しんでいる人もいるわけです。外国企業との交渉に出向くビジネスマンもいるでしょうし、もしかしたら危ない薬を密輸しようとしている悪い人もいるかもしれません。
一口に旅行といっても人それぞれ違った旅があるわけです。そして、それぞれ旅の出発点もしくは旅の終着点の場所はほぼ例外なく空港になるわけなんですね。そう考えてみると独特な雰囲気にも納得。色々な人が集まる特別な場所なんですね、空港って。
さて、中田君と王ちゃんはチェックインしに行ったので、一人になった私はその間あたりを散策してみます。
空港の中には商業施設がたくさんありその気になれば一日中暇を潰せるでしょう。今回は入りませんが、飛行機を眺めながらお風呂にはいれる展望風呂『風の湯』なんて場所もあります。空港内の商業施設には色々なお土産屋さんもありますし、薬屋、本屋、ユニクロや無印良品とかも入っています。ショッピングモールと変わらないですね。
レストランに至ってはかなり充実していますね。
名古屋飯で有名どころだけでも、味噌カツで有名な矢場とん。台湾ラーメンの発祥の店といわれる味仙。胡椒の効いた辛めの手羽先で知られる世界の山ちゃんがあります。他にも、きしめん屋や台湾まぜそば、ひつまぶしを食べられるお店も入っています。
おそらくセントレアに行けば一通りの名古屋飯が食べられるのではないでしょうか。もちろん、時間とお金そしてお腹の方に十分な余裕があれば、ですけれども。
とはいえ、私一人でレストランに入るわけにもいきません。
レストランは無視して歩きます。しばらくプラプラしていると、お土産屋さんで気になる商品を発見しました。
ユーハイムの『りんごのバームクーヘン』です。ユーハイム自体は神戸の会社なのですが、バームクーヘンの袋が地域限定のシャチホコ版になっております。
何を隠そう、私、バームクーヘンには目がないのです。
最近は名古屋駅のJR高島屋にあるB-studioのバームクーヘンに嵌まっておりまして、名古屋に行くたびに結構な頻度でついつい買ってしまうのです。ちなみにB-studioは東京、横浜、京都、大阪、福岡にも店舗があるらしいので、興味があればご賞味あれ。甘いもの好きなら後悔しないかと思います。
で、話は戻ってりんごのバームクーヘンなのですが。丸いんですよ。切り株みたいな形ではなく、ボールみたいになっているんですね。上の方はカットしてあるので完全な球ではないんですけど。もちろん商品名の通り、バームクーヘンの中にはリンゴが丸々入っております。多分、芯を抜いたリンゴを入れて一緒に焼いたのではないでしょうか。バームクーヘンのしっとりした甘さとリンゴのシャクとした食感と甘み…… それが、いいコラボレーションなんですよ。
あー、まー。当然、買ったから食レポしちゃってるんですけどね。
紅茶やコーヒーと一緒に食べるといい感じだと思います。美味でした。
バームクーヘンを買って、チェックインを終えた二人と合流。二階のスターバックスで抹茶クリームプラペチーノを二人に奢ってもらい、出国時刻が近づいてきたのでしばしのお別れです。
「お土産は何が良い?」と中田君が尋ねたので、
「ロレックス」と遠慮なく答えます。
「あー、はいはい。適当な食べ物から選ばせてもらうわ」
私からの熱い要望はあっけなく無視されました。
二人とは国際線出発口で別れて解散です。次に来るのは四日後の帰国時ですね。最近はイオンモールやコストコができて以前よりも発展してきた常滑。
「さて、常滑チャーシューでも食べて帰りますか」
GWに特に予定もない私は地元グルメを楽しんで帰宅したのでした。
・ちなみに王ちゃんはリアル20代だったりします。中田君が羨ましすぎて目から血が噴き出しそうです。
・常滑チャーシューとは…… 八百善というどでかいチャーシューを提供するお店が昔ありまして、そのお弟子さんが味を引き継いだお店です。メニューがほとんどないため、席に座っただけで巨大なチャーシューが入った醤油ラーメンが問答無用で出てきます。