そして出会う2人
こう言って、別にいい事でもなんでもないのだが、俺は学院長室に呼び出される回数がめちゃ多い。
他の先生や生徒たちは、表彰でもない限り学院長室への入室はできない。なので入る時に緊張してしまう人もいたり、もはや部屋の内装さえ見たことがない人もいるくらい。
対して俺はことある毎に、やれ頼み事があるやら、話があるやらで学院長に呼び出され、ここに足を踏み入れている。もうどこの棚に来客用のティーカップがあったり、砂糖があるかさえ分かるほどに。
入室して、普段なら来客用のソファーに向かい合って座ると、学院長────ケネスという名の元恩師が口を開いた。
「ところでメヴィ。実は君のクラスに、名簿には名前がないが、もう1人生徒がいることは知っているね?」
「いや知りませんよ、担任を持って1ヶ月目の真実ですよ」
「あれ? 言わなかったっけ? こう、ポロッと」
「言ってません。ていうかそんな大事なことをポロッと言おうとしないでください。もっとガッツリ、シリアスに言ってください」
あれー、おかしいな? という風に首を傾げる学院長だが、そんな大切なことを言われていたら担任教師が忘れるはずもないだろう。
ケネス先生はまぁいいか、という体で話を進める。
「実はいるんだよ。君のクラス20人目の生徒がね」
「そうなんですね、はぁ・・・」
あまりの適当さにいつもより大きなため息を漏らす。
「まぁ、たった1人だし・・・」
「たった1人であろうと、学院長ともあろう人が生徒を軽く見てどうするんです。この時期にクラスに合流するって色々大変なんですよ。グループとかカーストとかで。だからそういう大事なことは先に言ってくれとなんども俺言いましたよねぇ?」
「おおぅ・・・。めちゃくちゃ喋る・・・・・・」
たかが1人。そのたかが1人の生徒に対して教師が割く努力と心労は計り知れない。転校生同然とか頭も胃も痛くなるレベルだ。
もちろんそれはその一人の生徒に対して、熱心であるということの裏返しなのだ。それを分かった上で学院長は、
「でも良かった。やはり君になら任せられそうだ。いや、君しかいないのだろう」
「・・・今の答えで満足ですか?」
ケネス先生は瞑目して、どちらともとれぬ仕草をする。
「あとは君の働きを見せてもらうよ」
そう言って、不敵に笑った。
「うわあ、プレッシャーだなあ」
「君はいつもそう言いながらも、すべてをやってのける。だからこその信頼だよ」
そうなのだ。
これまでに校長からされた頼み事は数知れず。その中には無理難題もいくつかあった。しかし難易度に関係なく、俺はどんな頼みも面倒そうな顔をしながら遂行してきた。
それによって築かれた信頼は厚いが、その信頼が時に恩師を厚かましくさせる。
「だからと言って、俺ばかりに面倒ごとを押し付けるのはやめてください」
「君しかいないんだよ」
「もしかして学院長・・・信頼度低い・・・?」
その問いかけに、学院長はニコニコ笑うだけ。いや否定してくれよ・・・。
「で・・・その生徒とやらは明日から登校なんですか?」
話の流れが妙になったところで、こちらから話題を戻す。が・・・、
「いや。今日もう来てるよ」
「は?」
「担任を紹介するからここで待っているよう言ったんだが、その姿が見当たらないんだよ」
「へ?」
「探してきて?」
「ああん!?」
「怒んないでよ・・・・・・」
どうやら話の流れはまた妙な方に傾きそうだ。
数年前は俺がこの人のお説教を耳にタコができるくらい聞いていたのに、今ではすっかり真逆。
どうしてこうなってしまったのか。
────────
「はあ・・・」
もう今日何度目かも分からぬ溜息。溜息で幸せが逃げると言うなら、もう俺の元に幸せなど皆無かもしれない。
まだ陽が天頂に登りきらぬ時間帯。授業時間の校舎はすごく静かだ。
「こんな時間帯は読書でもしたかったんだけど・・・」
それなのにこのだだっ広い学院の中で、なぜ俺は顔も知らぬ生徒を探して奔走している。
それもこれもあの禿頭のせいだ。見つかったら、そのいつも眩しい頭皮剃り落としてやるからなああ!
聞いた情報は、銀髪の女子ということと、何か只者ならぬ雰囲気を纏っているということ。
実質、後者の情報はよく分からんので、とりあえず銀髪の女子を探す。
そもそも高等部1年生なら今は必ず入れなければならない授業の時間だ。そんな時間に学院内をふらつける1年生はサボりくらいで、そういまい。学年は制服の色で分かるので、その中からこの国では割と珍しい銀髪の子を見つけることは、そう難しくない。
とはいえ・・・、
「この学院、敷地だけはバカ広いんだった」
ここは国立魔導学院。金は多分あるし、何より国が、将来この国の発展を担う有望な魔導師たちを育成するために創立した学校。
そのための施設ならどんじゃん建てるし、要らない教員ならスパッと切り捨てられる。
昨日まで一緒に飯を食っていた教師仲間が、今日は働き不足とされ首を切られていた、なんてない話じゃないし、卒業生が卒業してから一月後に来てみたら、見たこともない施設が3つ4つ建っていたなんてこともある。
故にその土地は広大。事務員の人曰く、全部案内すればそれだけで一日が終わるとか、足腰が終わるとか。新入生が迷って授業に遅刻・・・なんて日常茶飯事。
もしかしてだけど・・・、新入りも迷子になってるだけだったりして。充分ありうる。
しかし・・・、そうでなくともなぜ学院長室を抜け出したのか。新入生は自由奔放な子なのか、あるいは。
「あるいは・・・・・・・・・・・・」
学院長室から眺め続けてきた光景を思い出した。今まで何度もそこに足を踏み入れてきた俺だから分かる。
その巨大な窓に映る景色。人の視界には決して収まることのない壮大な景色。その中で目を引くものは・・・。
おそらくそこにいる。
なぜそう思えるのか分からないが、そんな気がした。
そして足が自然に体を運び、目の前の風景が舞い散る桜に変わる。
ここは中庭。といってもこの学院、「中庭」がいくらでもあるので、それだけで具体的にどこか特定することが出来ない。なので学院長室から見えるこの中庭を、俺は自分の中で「学院長室前中庭」と呼んでいる。長い。
春先は桜が咲き乱れ、時折上向きに吹く風が、地に堕ちた花弁を舞い踊らせる。学院長室の窓から目に入るその光景は、とても幻想的だ。
まるでそこには何か居るんじゃないかと。花弁たちはそれを演出するために舞い踊るのではないかと。そう思えるほどに。
「あ・・・・・・・・・」
感嘆の声が思わず漏れた。
やはり踊る花弁の真ん中に佇んだ少女。
「ん・・・・・・・・・」
一陣の風が吹き抜けて、髪を押さえた少女が振り返り、目が合う。
風に流れる儚い銀の髪、澄んだように蒼く輝く双眼。
容姿がどうとか、演出がどうとかの話もあるかもしれない。だがそれを抜きにしても、只者ならぬ雰囲気という言葉を理解できた。
「・・・・・・見つけた」
そう彼女が呟いた気がした。風の音ではっきりとは聞こえなかったけど。
今この状況において、その台詞を口にするのはこちらのはずなのに。俺の口からは、そんな台詞が反射的には出てこない。
ただ少し放心したままで、そのどこか異質な彼女の存在に、何かがゆっくりと廻り始めているような音が聞こえる。
世界は今日も廻る。
ただ、今この時だけは・・・・・・、
その中心に彼女がいる気がしていた。