あか
赤い傘で辻斬り。こんな言葉が収容された物語はなんだったっけ。桜庭一樹の本だった。これは確かだ。幼馴染みが読んでいた本。惹かれていた男女は兄弟で、美しい顔が瓜二つの。異父兄弟。
主人公の赤いマフラー。わたしの幼馴染みも赤いマフラーをしていた。なんで赤にしたのって、置いてあったかららしい。愛という単語を聞けば、そのマフラーのような色を思い出す。真紅。幼馴染みの名前は感情。
もう冬になる。と、思った。夏とは違って、誰もが寡黙だったから。それで、反射的に思い出す記憶がある。丁度今日のようにぐずついた空、刺すような寒さを持った、あの日のことを。息を止めた。何故だか分からない。風が吹いた。息を、する。白い。
「……澤村、類」
幼馴染みのあの子は愛という名前で、家族はいないに等しくて、母親は他に男をつくって蒸発した。澤村は母親の姓だ。まだ籍だけが入っているらしい。愛を見ない父親も父親で、別居中の今、女の家に入り浸っていると。反吐が出る。澤村類。愛を捨てた母親が、愛を産む前に出産した異父兄弟。正真正銘に血が繋がった、愛の兄。
2年前、少しだけ話をした。愛の家にたたずんでいたのだ。愛を連れて行くのだと思ってあの子を隠した。ほぼ脊髄反射に近く、なんの躊躇いも迷いもなかった。目元が愛にそっくりで、いやきっと、愛が彼に似ているのだろうけど。愛は彼を知らない。
白いマフラーをしていた。赤いマフラーを渡してくれと、わたしによこして手を振る。小学生のわたしに、高校受験のことなどを愚痴っぽく、それでも面白おかしく話して聞かせた。愛のことには触れなかった。何も。たったの一度も。
この冬が終わると、あの時に会ったきりの彼と同じ年になる。聞かされた受験戦争。勝ち負けは恐らくない。彼の志望校は知らない。愛の志望校だって。自分の進む道を、わたし自身知っていない。
「知りたくない」
可哀想な幼馴染みを逃げ道にしている。わたしは卑怯だ。醜い。吐き出す息はこんなにも白いのに。
言い訳を探す。もがく。片手には赤い傘。狂うほどに愛する人はまだいない。それでもきっと、こんな日には必ず思い出す。これから先もずっと。卑怯なわたしは迷子だ。見つけてくれた人を、狂うほどに愛するのだろうか。
「きっといない」
白いマフラー。赤い愛。傘。マフラー。まだ知らなくていい。知らなくても、許されて生きていられる。