第9話:黒菱自動車編8:初めてのデート
「白雲さん。このケースの中には、2,000万入っています。これだけ有れば、『大和会』の借金を返してもまだ、工場機械のローンの滞納金も払えるでしょう」
半分泣きながら、ありがとうございます、と礼を言うパパ。
私は、複雑な気持ちになっていて、何も言えずにいる。
もう、ここで別れれば、二度と黒沢さんとは会えない。
けれど私は、彼に惹かれている事を自覚していて。
本当に、ここでこのまま別れてしまって良いのだろうか?
そんな事を考えているうちに、別れの時が来てしまう。
「では、さようなら。“私”の事は、絶対に誰にも言わないで下さい。公式には存在しない部署なもので」
そう言って微笑むと、黒沢さんは、工場を出て行ってしまった。
「とうとう……何も言えなかったな〜」
力なく呟く私の耳に、聞こえてくるのは、二度と聞けない筈の声。
「何をです?」
慌てて顔を上げると、そこには、黒沢さんがいた。
「く、黒沢さん!?」
驚く私に、彼は言う。
「すみません、ちょっと忘れ物をしてしまいましてね。私の名刺があるでしょう?」
「え、はい、有りますけど」
「あれ、返してもらえませんか?私の部署が存在する証拠を、残しておくわけにはいかないもので」
目の前には、頬をかきながら苦笑いする彼。
これはきっと、神様がくれた、最後の機会なんだよね。
名刺を渡すと、私は、勇気を出して、声に出す。
「こ、今度、私とデ、デートしてくれませんか?」
か細い上に、少し裏返っていたけど、彼には届いていたみたいで。
びっくりしたように瞬きすると、やさしい笑顔を見せてくれた。
顔が、火傷しそうなくらい、熱い。
びっくりした。
まさか、デートに誘われるとは。
『今度の土曜日の、朝。あの公園で』
真っ赤になった少女に、そう約束して、俺は帰路に就く。
何故、また会おうと思ったのかは分からない。
白雲優幸が、お袋に似ているからなのか、それ以外の理由なのか……。
彼女を思い出すだけで、胸の奥が熱くなる。
頭の中から、彼女の曾祖母譲りの、綺麗な金髪と茶色の目が、離れなかった。
「髪や目の色は違うけど、お袋の若い頃の写真にそっくりだからだよな」
その日は、そう強引に結論付けて、眠りに就いた。
……夢の中にまで、彼女が出てきたけれども。
「きゃー、どうしよ、何着てこ〜♪」
その日の晩、私は今度の土曜日、何を着ていこうか、選んでいた。
前の日になって決めるなんて、そんな事はしない。
だって、そんなの失礼じゃない?
ようやく着ていく服を決め、ベッドに横になったのは、日が変わってからだった。
私の頭の中は、黒沢さんのことで一杯で、就職活動だとか、そういう事はみんな忘れていた。
「今日は、良い夢見れそう」
私はそう呟くと、電気を消して、夢の世界へと旅立ったのだった。
風邪で今日も休んでいるので、更新します。