第5話:黒菱自動車編4:平和な時間
「では、今日はこれで帰りますね。阿久井に後悔させてから、取り戻した金を持って来ます」
そういって、黒沢さんは帰って行った。
「優幸、まだまだ国も捨てたもんじゃないな」
「え?何で国が関係あるの?」
パパの言葉に、『?』マークを浮かべる私。
パパは、意外だ、というような顔をして、
「なんだ、聞いてたのかと思ったよ。ほら、この名刺見てみろ」
黒沢さんの名刺を見てみると、
『警視庁特務二課
黒沢零司』
と書かれている。だけど。
「でも、電話番号とかは書いてないんだね」
そう、たったの二行だけで、連絡先が書いていなかった。
「きっと、特殊な部署だから、みだりに書けないんだろうな」
そこで、パパの顔つきが変わった。どこか意地の悪い顔へ――。
『え?』と思う間もなく。
「電話番号が気になるとは、もしかして黒沢さんに一目ぼれしちゃったのか〜?さっきも顔赤くしてたしな〜」
「え、そ、そんなんじゃないよ!ふ、普通連絡先とか、書いてあるでしょ!?だから、ちょっと気になっただけで……。顔赤かったのは、えと、その、は、恥ずかしかったからで……」
「恥ずかしかった、って何がだ?」
「そ、それは……」
黒沢さんに支えてもらった事とかを思い出しちゃって、また顔が熱くなってくる。
「お、顔赤くなってるぞ〜。父ちゃんは、良いと思うぞ、黒沢さん」
「……」
私は、黙って右手をグーにする。
「ちょ、ちょっと待て、優幸!目がちょっと怖――」
「パパの馬鹿!」
そう言いながら、私は迷わず右手を放った。
「イタタ、ちょっとは手加減しろよ……」
「からかうのが悪いっ!」
腹をさするパパと、にらめっこする。
だけど、次の瞬間には、私もパパも、笑っていた。
「おお、そうだ。この事を、皆にも言わないとな」
「そうだねっ、パパ!」
その晩、久しぶりに、笑いながらご飯を食べた。
楽しい話をしながら食べるご飯って、こんなにも美味しかったんだ。
忘れていたこの味を、思い出させてくれた、あの人。
黒沢さんと、いつかこうやって食事したいな。
そう考えて、それの意味する事に気付き、本日何度目なのか、頬が熱くなった。
「あら、優幸。顔真っ赤にして、何考えてるの?」
そう言って微笑む、お姉ちゃん。
「穂波姉ちゃん、そんなの昼間の黒沢さん……だっけ?の事に決まってるじゃん!」
そう言ってニヤニヤ笑う、正示。
「もう!2人の馬鹿!」
「あはは、ゴメンゴメン。でもさ、俺、嬉しいんだよね。優幸姉ちゃん、最近無理してそうだったからさ。なんというか、安心した」
「私もよ、優幸。今の優幸、いい顔してるもの。困った事があったら、何でもお姉ちゃんに聞いてね?」
「……ありがとう、2人とも。だけど、ほんとに違うんだからね?」
一瞬の沈黙の後で、2人はクスクス笑い、そして気が付くと、私も、パパもママも笑っていた。
笑いながら、この平和な時間に感謝した。
こんな時間が、ずっと続くと良いな。
そしてやっぱり、黒沢さんの事を考えてしまう、私なのだった。
それは、久しぶりに訪れた、家族の平和な時間。
そして、動き出した私の初恋。
――けれど。
私たちの日常を守るため、一人の人間が殺される。
犯人は、私の初恋の相手。
この時の私は、“まだ”そんな事は知る由もなく、久しぶりの平和な時間を過ごしていた。
近いうちに、大きな決断を迫られるとも、知らずに。
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