大災の代償
第9話
「試験の結果......合格」
「やっ......と終わった!!!」
アビスネスト新兵養成教室の一室にて、その言葉を聞いた途端、糸が切れたように安堵の息を吐き出す紅色の瞳をした少女は机へ突っ伏した。
対面に座すは深い青色の髪を肩あたりで整えられたメガネの女性。彼女はやれやれといった語調で続ける。
「喜んでいるようですが8回目の再試験に合格しただけです。さすがの私も採点を甘くしてしまうほどでした」
「まぁいーじゃん? 終わりよければなんとやら! これで今日から戦えるぜ......」
「落ち着いてください、アマリリス。今はもう夜更け。試運転するなら明日からにしなさい」
「だってガニメデさんよぉ......この五日間出撃なしだぜ? このまま死んじまうかとおもったぜ。どうせなら私はグロウと戦って死にてぇよ」
「勿論存じ上げております。しかし最近ここの周辺での戦闘はかなり少なくなってきています。夜間に無用な出撃はおすすめしません。それともまだ講義を受けたいのですか?」
「うぐっ......」
まるで台本でもあるかのようにつらつらと返答するガニメデの言葉に息が詰まる。
しかし、魔の試験地獄が終わったという実感はとても大きいもので結局脱力したままぼーっとしてしまう。
「ふぅ......少し休憩しましょう」
「ん、お堅いガニメデさんが珍しいな」
「私だって人間です。機械のように動き続けることなんて出来ません。休息も執務のひとつなのです」
こんなことを言うが、疲れた私に気を使いわざと休憩を入れてくれたのだろう。そのくらい気が使え、何より私のことを理解してくれているのだ。
ガニメデを初めとする村長 マーズやエウロパ、カリストはまだ幼かった私たちを家族のように扱ってくれた、平たく言えば育ての親と言える存在だった。
「ま、そういうことにしとくか。たまにはいいんじゃねぇか?」
「ええ。しかし、こうしていると昔を思い出しますね。あなたの教育には骨が折れましたよ......今も変わりませんがね」
「おいおい、もう終わったことじゃねぇか」
対面に座ったガニメデは、葉っぱから抽出した飲み物を差し出してくれた。
微かな苦味や渋みの垣間にみえる酸味は全てが甘味に角を削られ飲みやすかった。これもカリストが気を回してくれたのだろう。
しばしの間その余韻に浸りながらゆっくりとした時の流れに身をまかせていると、今度は親から子に話すようゆっくりと落ち着いたした語調で口を開く。
「貴女は頑張りすぎです」
「ん......また唐突だな。私が姉妹に出来る事って言ったらこんくらいしか見つからねぇんだ」
「それも大切ですが、もう少し自分を労った方がいいとおもいます。その自慢のコアも無限に力を生み出せるわけではないので」
手元のカップに視線を落としながらそう呟くように続ける。
4姉妹の中で1番相性のいいコアを埋め込んだ私は、他の姉妹にはない能力を持っていた。
そもそも能力といってもそれ自体は副次的なものであり、コアは装甲履帯や装備を不可なく動かすために埋め込まれたエンジンであり第二の心臓である。
「そう言えばなんで私たち4人だけなんだ? このご時世使えるもんは使って奴らを押し返せばいいのに」
「何度も教えたはずです。そもそもコアとは大地の記憶であり、地球のもうひとつの形と言っても過言ではありません。そんなものをポンポン創り出せるならとっくにやっています」
「なら、なんで私たちなんだ? もっと戦うのが上手い奴や強い奴がいたはずだろ?」
「それも教えました......まだ講義が聞き足りないようですね」
訝しげな顔でこちらを睨みつける。だが、これ以上下手な真似をすると本当に追加補習を行う事になりかねない。無難に「あ〜そう言えば......」とわざとらしく言っておく。
「ならばおさらいです。コアの相性は個人差がありそれを満たせなければ起動は疎か、自身を蝕み死亡します」
コアの相性。それは高ければ高いほど戦闘パフォーマンスを飛躍的引き伸ばし、文字通り人間離れした身体能力を手に入れられるのだ。
「適正項目は大きくわけて3つ。幼く、女性で、死の淵に立った者」
「死の淵......ねぇ......」
手元のカップに視線を落とす。淡いオレンジ色の水面は、何処か不安げな私を投影していた。
敵はいないというのに何故か瞳の色も光を帯びていたように感じたが、呼吸をするたびに脈動し、次第に収まっていった。
「えぇ。大災により実験施設周辺は焦土と化しました。爆心地から離れていた貴方達姉妹もその被害を受け死の淵......瀕死の状態で我々が保護しました」
「あぁ覚えてる。今でも夢に出るよ。あの鬼のような恐ろしさ、忘れもしねぇ......」
「あの実験......実際はグロウを打ち負かす為の物だったのです」
「まぁそりゃそうだろうな。わざわざ安全なここからあんな離れた遠い施設でやることだ。新兵器やらなんやらだとは思ったよ」
体の芯が揺らぐような錯覚に酔いそうになる。それは私の故郷が消し飛んだらからとか、親が死んだからという訳では無い。
単純にこのコアが身じろぎ、拷問を受ける咎人のように、悶え苦しんでいるからだ。
昔の話をする度に私の心は酷く揺れ、体から飛び出そうと彼方此方へと暴れ回る。
それを押さえつけるように片目に手を当て視界を狭め深呼吸をする。
「......あの実験さえ成功していれば貴方達は苦しまなくて済んだのに............」
途端に哀しそうな表情をし俯くガニメデに視線が外せなかった。
初めて見る顔だった。あんなに凛々しいガニメデが今や後悔に似た顔をしながら俯いているのだ。
こちらは驚き声も出なかった。
「十年前の詳細。近いうちに話すことになるかもしれません」
そう言うと全身に寒気がした。......ただの言葉。それだけなのに外に放り出されるより酷い悪寒に思考が遮られ、うっと言葉や息が喉に詰まる
しばしの静寂。沈黙を破ったのは扉の音だった。
汗まみれの女性が部屋の扉を勢いよく開ける。恐らく走ってきたのだろう息を絶え絶えにしながら大きな声で手元の書類を読み上げる。
「報告です! 赤雪を観測いたしました!」
「......ストックとゼフィーの雪彩弾ですか?」
「恐らくは! 数日以内には帰投すると思われます!」
「了解です。出迎えの準備でもしましょうか。いきますよアマリリス、2人を迎えるために」
重ったるい空気が拭われたような安心感が全身を包む。しかし、これから起こるであろう未来への漠然とした不安は、その安心感でさえ至る事の出来ない深い心の奥底まで侵食して行った。
それは姉たちが帰ってきた数日後さらにそれ以降にも続いたのだった。




