ハイテクノロジーの代償
第8話
姉さん達の作戦が開始されてから5日が経った。
1回だけ天気がマシな時に使用できた通信で経過報告のついでに姉さんが不貞腐れた話を聞いたのが可笑しくてたまらなかった。
アマリ姉さんは先日の輸送作戦で失敗してしまい、朝から晩まで補習で引きずり回されている。
ちょっぴり気の毒だけど......それも姉さんの為だと思い心の中でエールを送る。
そして私も先の戦闘である大きな問題を抱えていた。
「ふ〜んなるほどねぇ......」
そんな私の一大事に頬杖を付きながら紫色の髪に白髪が混じった女性が適当な具合に続ける。
「まあ、端的に言うと。キミのコアと装甲履帯と脳みその規格が全部バラバラになっちゃっいました〜ってこと」
「は、はぁ......」
今、書類に通す視線もどこか適当に思えてしまうほど彼女。エウロパとのファーストコンタクトは最悪であった。
それも数年前のことであるが未だに抜けない。
「んま、解決方法としては1.コアの規格を調整する 2.装甲履帯の規格を調整する 3.脳みその規格を調整する......ねぇ、どれがいい?」
悪意の感じられないニコニコとした視線を向けてくる。言ってしまえばとても面倒くさい相手だった。
周りからは温厚や大人しい、末妹には見えないと言われる私でさえここまでペースがかき乱され、或いは苛立ちさえ覚えるのはこの女性と会話を交える時だけだろう。
「どれがいい? じゃねーですよ先輩。3は現状どうにもなりやがりませんからフリージアに慣れてもらうしかねーです」
手に持ったバインダーでエウロパを軽く叩くと「あいたっ」と素っ頓狂な悲鳴をあげる。
特徴的な語句で喋るのは隣に座っていた女性、カリストだった。
「事の発端はコアの出力が規格を超え、私の作った装甲履帯のシステムをズタズタにしてくれちまったのが問題なんですから」
「いつつ......まぁ限界値はいくらでも跳ね上がるしね〜そこは......開発長のカリスト様に任せるしか」
「減らず口を叩く暇があるんでしたら午後の仕事もしっかりしやがってください。私一人の調整じゃあどーにもならないんですから」
小馬鹿にしたような口調で煽るエウロパは隣に座るカリストへ視線を送り、口元を覆いぷぷぷ......っとわざとらしく嗤う。
対してカリストは気にしない様子でいたが話が続くにつれてしびれを切らしたのか
キッ! とした視線で睨めつける。
「あ、あの......それで私はどうしたら復帰できるんですか......?」
このままでは話が進まず目の前の茶番劇を見るだけで時間を無駄にするばかりか、ストレスでこちらの精神衛生上よろしくなかった。
質問をすると大仰に1つ咳払いして話を続ける。
「あぁ申し訳ねーです。詰まるところフリージアはそのまま待っていてください。私達開発部員がコアの負荷に耐えられるような装甲履帯を拵えるんで」
「あと......脳というのは..?」
「んぁあ、それなら問題ないよ。まだコアの高出力化に慣れてなくて、脳内の処理にラグが出来てるだけみたいだからね〜」
「限界値......? 不可に耐える......? 高出力化......?」
頭の中は疑問符でいっぱいだった。何せあまり聞き慣れないない言葉を含んだ会話を目の前で展開されるのだ理解が追いつかないのである。
「あぁ、えっと......まずコアの説明はどこまでうけましたか?」
「グロウと戦う為に必要な装置だと......」
「誰でいやがりますかそんな端的な説明......」
「村長とエウロパさんですね」と、言うが早いか。隣に座っていたエウロパの顔面めがけてバインダーで殴りつける。
今度は相当力を入れたらしく「ふぎゃっ?!」と悲痛な叫びを発してテーブルに沈む。
カリストは一応満足したようでため息を1つついて続ける。
「まず、経緯からですね。貴女達に入っていやがるコアというのはですね、確かにグロウに対抗するために造られたものです」
人差し指をぴんっと建て、事の始まりをおさらいする。
聞き取りやすいスムーズな話であったが特徴的な敬語のせいで躓きそうになるが、1文二文を終えて「しかし」と続ける。
「まだ開発して間もない謎多き技術コア。臨床試験すらすっ飛ばし......まぁ状況が状況でしたから仕方ねーんですが、そのまま貴女達に搭載されたんですよ」
今まで聞いた事の無かった経緯を聞いて軽く驚愕を覚える。乾いた喉を唾液で湿らせると微かに痛みがあったが、そのまま静かに続きを聞く。
「貴女達の初陣でコアの力はしっかりと実証されましたが、床も天井も計り知れません。なのにまだまだ幼い貴女達を。人類の為と言う大義名分の下にこの戦いに巻き込んでしまいました......聞かされていなかったなら謝ります」
申し訳なさそうな表情をした後重ねるように深々と頭を下げた。
私自身に特別な力はなくこれらの活躍は全てコアによる物と決めつけていた。
しかし、聞くところによるとコアを扱うこと自体が特別らしく、それがこの世界への貢献......護ることに繋がっていた。
コアが入っていると思われる胸に手を当て軽く撫でる。心臓のように脈で存在を確認できたり、実感出来たりはしないものの何となく。なんとなくで分かるのだ。
「で、でも......どうして、私たち姉妹だったんですか......?」
「それは......」
と渋った表情をしながらいつの間にか復活したエウロパと顔を見合わせる。叩かれた部分が少し赤くなっているエウロパは「うん」と言って言葉を繋げる。
「それは君たちが1番コアを扱うことに適していたからだ。何せコアを扱う条件は判明しているだけで幾つかある」
人差し指をぴんっと起てれば先程とは別人のように真面目な顔をする。
「主に3つ。まず、純粋なコアは女性にしか扱えない。次に血が通う者。最後に--死の淵に立った者」
「し......死の淵......?」
その言葉を聞いた途端部屋の空気が粘度を帯びた液体のように重く体に纒わり付く錯覚を覚えた。
前のふたつの条件は理解ができた。
女性である事は明確であり事実。血が通うと言うのも人間なのだから当然。
しかし、死の淵と聞いて記憶に思い当たる節が無かった。何故? 過去を遡り思い出そうと試みるも、霧のような靄に阻まれ、キラキラと白く輝く結晶が思考の邪魔をする。
「う......ぁ......すみませ、ん......」
「大丈夫でいやがりますか......?」
唐突に激しい頭痛に襲われる。光が脳を、目を、意識を刺すように降り注ぐ。そんな感覚で目の前はチカチカと点滅する。
「--10年前の大災......貴方達は覚えてるはず」
「っ......!!」
途端に頭痛は激しさを増す。輝きが火花のように、或いは剣のように、或いは......神秘的に感じ取れるほど。光はその場でのたうち、踊り狂う。
息は乱れ肩は揺れる。その度に記憶の奥底、光の隙間からは烈火の如く記憶が湧き上がる。
「うっ......ぁっ......!」
爆音と悲鳴が世界を包み、硝煙と焼けた建物から上る黒煙に肺は燻され、血と死肉の焼ける匂いが思考を阻害させる。
「やめ......やめて......ぇ」
痛覚が二の次に来るような地獄は、多くの人々、仲間、思い出を焼き払いながら拡がった。
目の前で殺された。自分を認めてくれた人を、愛を、全てを。
『......あーあ、全部キミ達が悪いンだよ? あぁでも。ありがとう』
「嫌だ!! 嫌だ嫌だッ......嫌だぁッ!!」
目を見開き碧眼はギラギラと輝きながら半狂乱状態へと陥る。
汗が全身から吹き出し呼吸は乱れに乱れ、呻き声を上げる。
「お、落ち着いてくだせぇ! 先輩も見てないで押さえつけるの手伝ってください!」
「......」
「先輩?! 早く! 私だけじゃあ無理です!!」
椅子の上で狂ったように手足をばたつかせ奥歯を噛み締め、眼からは色が溶けだしたかのような汁を零す。
「やっぱり9番目が必要か......」