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ロストテクノロジー

第7話


「夜中はコアを防寒の方に回してても冷えるな......」


「ストックはまだいいけど、私なんてみんなより出力が低いからもっと大変よ?」


生命を拒むように冷えきった空気に加え、ダメ押しするかのように吹き荒ぶ風が鳴く。

天の上に存在すると云われる星だとか月だとかは本で読むだけで実際には見たことがない。それだけこの惑星の雲は常に分厚い。


中高生の制服に申し訳程度の防寒着という傍から見たら自殺志願者にしか見えない。そんな格好の人間が仮に居たなら--死という運命を受け入れる前に氷漬けにされてしまうだろう。

彼女達は現在そのような服装でこの凍土を進む。


否、彼女達だからこんな薄着での活動が可能なのである。

その所以たるは体内に埋め込まれているコアから発生する熱。

これがなくては戦闘はおろか、外に出ることすらままならないだろう。


「もうすぐ3時を回るが休憩と仮眠は取らなくていいのか?」


「あら、もうそんな時間? なら......あっ! あそこの横穴はどう? 風も凌げるし、野営するには丁度いいんじゃない?」


進路を左に執りその横穴へと向かった。

僕がギリギリ通れるぐらいの狭い入口(ゼフィーは小さいからすぐに通れた)をくぐるとそこそこ広めの空間が拡がっていた。


「悪くないな。休憩するには絶好の場所だ」


「ま、私の装備が優秀だから見つけられたのよ!」


「そうだね。ゼフィーの装備が優秀だからこうして吹雪も凌げてる」


わざと強調したような口調で言葉に区切りをつける。すると、対抗するように訝しげな顔で悔しそうにこちらを睨みつけてきた。

そんなことに脇目を振らず、黙々と準備を始め誤魔化す。


「やっぱ焚き火に限るわぁ......あったかい......」


「そんな近くに手をやったら流石に熱いだろ」


手を焚き火に突っ込みそうな勢いの姉を見ながら先程淹れたコーヒーと呼ばれる旧い飲み物を啜る。

苦味と一緒に薫る深みを味わいながら嚥下する。コアの無機質な熱とはまた違う温かさが体内に拡がり一息つく。


「よくもまぁそんな物飲めるわね......真っ黒い飲み物なんて身体に悪そうで姉として気が気じゃないわ」


「僕はこの味が好きなんだ。それに集中力が増すというか......1口飲むかい?」


飲まない事を知っていながらも、わざとらしく勧める。

予想通り「いいわ」と若干引き気味に首を横に振る。まぁ味覚がお子ちゃまなゼフィーには難しい事だろう。


「火がついてるうちに軽く食事も済ましちゃいましょ」


そう言って腰のポーチから戦闘糧食の中でもトップクラスの味とレアリティを誇るゼフィーの好物『魚のホワイトシチュー』を取り出す。

一度手に取れば口の端を綻ばせ、湯煎の最中でもえへへ......と涎を垂らすまいと溢れる唾液を飲み込む。


「やっぱりこれよね......! 私たちの特権! 本来出回るはずのないこのプレミア感......頂きます」


と、勝手にひとりで盛り上がっている所を眺めながら僕は基本的な戦闘糧食を口に放り込む。僕自身あまり食に関心はなく、ネバネバしたもの以外ならなんでも良い。

しかし、口いっぱいに頬張り、幸せそうに咀嚼し余韻に浸るかのように恍惚とした表情で虚空を見つめ、再び器へと視線を落とすその一連の動作を見てるいると、こちらも何故か嬉しくなりいつの間にか見つめてしまう。

そんな視線に気づいたのか逡巡すると閃いた顔をしてこちらを見てくる。


「なに? ストックも食べたいの? いいわよ一口」


「いや、遠慮するよ。ゼフィーの食べる量が減ってしまうからね。」


「いいのいいの! 可愛い妹のためだから。ほら、あーん......」



「い、いいって......それよりゼフィーが食べればいいじゃないか。僕より沢山食べて背を伸ばさなくていいのかい?」


むっとした顔で「じゃーいいです〜ストックにはあげません!」とツーンとした態度を取られる。どうやら機嫌を損ねてしまったようだ。


「まぁ..そのうち僕と同じくらいになるんじゃないか..?」


藪蛇だったらしい。さらにへそを曲げ、反対側のポーチから毛布を取り出し横になる。

本で見た『芋虫』のようになり、背中を向ける。所謂ふて寝である。


「......おやすみゼフィー」


出入口の横穴から外の様子を伺う。外は真っ暗で、加えて猛吹雪により視界はゼロ。 暴風による風の叫び声以外は耳には入らず、隔絶するかのような冷気はこの密室の出入口如きで和らげるのは難しかった。


「これほど荒れてるならグロウも来ないだろうな..」


油断でも慢心した理由ではない。推測からくる結論に近いものである。

この荒れ狂う吹雪に捕まったらどうなるか。

風は見た目よりも遥かに強く、生身の人間ならば突風で骨はねじ曲げられ、末端は食い千切られる様に吹き飛ばされる。

加えて煌めく凶器となった氷の粒子はまるで何本も襲いかかるナイフのように皮を裂き、肉を断つ。

あくまでも『人間』ならばの例え話であるが、小口径の弾丸でも対応可能なウルフであれば例外ではなくこの範疇に収まることだろう。


「視界なし..これは......見張りの意味が無いな」


マフラー越しに吐息を零すと、口を出し少しぬるくなったコーヒーを啜る。


どれほど時間が経ったであろうか。空はゆっくりと明るさを取り戻し、ブリザードは鳴き止んだ。

夜間は見えなかったが霞む視界の向こう側に先程いた場所が見えた。


「悪くないところだったが、二度とゴメンだ。昔を思い出してしまう」


灰色のくすんだ巨塔。所々が崩れ落ち歪なシルエットを晒した朽ちた摩天楼。

数百年......いや、もっと昔の物だろうか......互いに憎み妬み嫉み合った負の結晶の兵器偽装用ビルが建ち並ぶ。

僕達は旧時代の悪を象徴する技術を手に入れた。かつて自らを絶滅に追い込んだその要因の一つ。この紙切れの示す忌々しき技術は生き残るために使用される。

この皮肉さに目が眩むも、赤色の信号弾を発射する。


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