焦りと過ち
第5話
『戦車隊。聞こえているか?こちらストック..今から作戦指揮を出す』
気だるげな声とともに入ってきた通信は、『見えない敵と戦え』という無茶そのものと言える命令であった。加えて『目を凝らして雪の流れをよく見ろ』とさらに無理難題を課すのである。
「それって......雪を見るだけなんですか?」
『そうだ。雪を見て不自然な動きがあればそこに撃ちこむ』
外気温よりも冷たく、凍てつくような低いトーンで命令を下されれば固唾を飲んで言われた通り砲撃用のスコープを覗くしかなかった。
「ったく......雪を見ろってどういうことだ......」
「喋ってると手元が狂うぞ。失敗したら何されるか分かったもんじゃねぇ......」
暖房が効く車内であるが外気のような寒さを感じる。
冷や汗が滲み次第に頬へ線を引きながら顎で雫になり垂れる。何分、何時間たったか。極度の緊張感で数秒が何倍にも長く感じた。
ドォンッ..
空気を震わせるような重い砲撃音が身体諸共鼓膜を震わせたた。
この音は自分らのグリズリーの砲撃音では無かった。
指揮というのは面倒極まりない。そもそも僕は人に物教えたり教わったりするのがとてつもなく苦手だ。物というのは自分の感覚で初めて覚えられる。そう思ってるから苦手なのかもしれない。
雑念のおかげで手元が落ち着かない。
マフラーに顔を埋めふーっと一呼吸置いた後に引き金を引く。
「こちらストック。一体仕留めた」
トンファーの様に構えた砲身から煙が上がるとそのまま大気中に霧散して消える。
同様に輸送車へ襲いかかっていた射撃対象も煙を吹き上げ、榴弾を喰らった体はバラバラに吹き飛んだ。
『流石ストック姉だ!』
いつも通り曇のない元気でにこやかな声が耳に入る。正直で素直な所はアマリの長所であるが--
軽い火照りを感じながらもマフラーに顔を埋める。帰ったら1度診てもらおう。
『い、今ので理解したな。戦術データは僕と君たち戦車隊で共有されてるはずだ。次がいつ来るか分からないが、1度目を通しておくことを推奨する』
まるで千里眼のように。透明な敵の行動を見通していたと錯覚するような精密射撃を魅せ付けられる。
あんな人間離れした技を真似しろだなんて、困惑を極めるだけだった。
「いや..何が何だか--」
「..そうか。ならば帰ったら訓練だな」
と通信をバッサリ切られ息が詰まる。一拍置いてすぐに吐息が漏れ途方に暮れる。
「ストック隊長は..怖いですね..」
「リー隊長が可愛く見えるぜ..」
などと雑談を交えるも『アパルーサ2-2 リーがどうかしたか』と再び凍てつくような声色の通信が入り気圧されるように黙るしかなかった。
ドンッ!
そんな中。先程よりも近いが控えめな砲撃音が聞こえた。隣の小隊機が砲撃したらしい。放たれた砲弾は緩やかな弧を描き、細い煙を引きながら着弾し榴弾が炸裂した。
『悪くない。アパルーサ2-3』
『ご期待に添えられ嬉しい限りです』
『そうか。次からは期待しておこう』
相変わらずストック隊長は厳しかった。
ストック姉は素直じゃない。けど、これを機に少しは私達姉妹以外とも交流を深め、関心を持ち、円滑な作戦指揮が出せれば練度が足りなくても補うことが出来るはずだ。
まぁ私も人間は嫌いだった。
「そんで?透け透け野郎は全部ぶっ壊したのか?」
「やっぱレーダーに反応がないのよね..でもあれから謎の爆発はおさまったし、撤退でもしたんじゃないかしら?」
バイザーを外しトントンと軽く叩いてまた付けて見るもやはり<敵影なし>と表示されるが--その表示は別のものに置き換わっていた。
「..! 敵影確認 距離1300 3時から7時方向まで数..120?! タイプ:ウルフと..未確認小型機多数! 」
「後方に半包囲か......防御を固める。アパルーサ中隊、クライスデール中隊は応戦に備え」
「よっしゃあ! いくぜ!」
「姉さん! 傷は......って聞いてないか......」
「迎撃準備! 」
各々が準備を始め戦闘態勢を取り、配置につく。目の前にはうっすらとそびえる塔が見えた
「目的地はすぐそこよ! 耐え忍んでちょうだい!」
「敵影目視で確認......榴弾装填、全車行進間射撃開始」
その号令と共に火を噴き始める戦車隊。砲身付近の雪は衝撃波で吹き飛び、車体は揺れる。
「着弾確認、各車照準を合わせた者から撃ち続けろ」
放たれた砲弾はグロウに着弾し幾らか数を減らす。しかし、不安定な行進間射撃ということもあり多数が外れてしまう。
やはり練度不足が目立ってしまっていた。
『私を撃つんじゃねぇぞ! アマリリス突貫!』
射程が短く近距離戦を得意とするアマリが雪を巻き上げながら雄叫びの如く声を発しグロウの集団に突撃するのが見えた。
右にも左にも前にも後ろにも。全方位が黒く、どこに銃弾をバラまいても命中する。
--が、先程戦闘を行ったウルフよりも装甲が分厚いのか小口径の弾丸では弾かれてしまい、損害こそ与えられるものの撃破には時間を要した。
「どこに撃っても当たるけどっ......数が多い上に火力がたんねぇっ!」
人を殺傷するには十分な機銃も、装甲板付きのグロウを捌ききるのは困難だった。
さらに、高速で連射可能な銃にしては弾倉が小さめで、リロードしても弾数減少を知らせる音声がすぐに響き、急いでマガジンを変える。
「うおっとっ! こいつらがなんだかしらねぇちいせえ奴らか!」
ウルフと比べるとひとまわり小柄でさらに素早い動きをする新型のグロウが飛びかかる。身を躱し、瞬時に照準を合わせ引き金を引く。
銃撃された小型のグロウは高速で命中する多数の弾丸に耐える事は出来ず一瞬で穴だらけになり、形状を失いそのまま雪の上に散らばる。
「へへっ、ただの雑魚じゃねえか! もっとよこせ!」
搭載された機銃が火を噴き弾丸を吐き出し続ける。
次第に銃身は熱を持ち始め薬室や銃口が鉄火色に変わっていく。
<排熱環境に不具合発生>
<使用の停止を推奨します>
「チッ......うるせぇ! 撃ち続けろ!」
アナウンスを無視し、射撃速度を変えず撃ち続ける。
--次第に銃身は射撃の負荷に耐えきれず、限界を超えた機銃の銃身内部で破裂を引き起こした。
爆発と共に破片が周囲へ飛び散り、肩や背中に金属片が突き刺さる。
「くう..っ! いっつぅ......」
『アマリ! さっさとそこから離脱しろ!』
「......ッ?! 脚が......動かない......!!」
どんなに履帯を回わすも前進することはできなかった。
暴発で運悪く装甲履帯にも深刻な損傷を与え駆動輪が割れ、履帯は脱落し走行不能状態へと陥っていた。
礫は装甲履帯の薄い部分を突き抜け、アマリの脚にも突き刺さる。
血の拡がる気持ち悪い感覚と痛みが襲い、同時に焦燥感に苛まれる。
『被害報告は?!』
「っと......沢山だ...ッ」
痛覚に苦悶の表情を浮かべると、破壊した残骸の中から恨めしそうにグロウの生き残りはその身体をゆっくりと持ち上げ近づく。
先程見た光景が脳内でグルグルと渦巻く。 見えない眼光、黒光りする凶器、自分の痛み......
普段はなんの恐れもなく破壊し、蹂躙していたものが牙を剥き、爪を立て襲いかかる。その様は生物としての根本的な恐怖に襲われ、己の愚かさを憎みながら痛みに耐えるように目をギュッ! と瞑る。
--しかし予想していた痛みが訪れることは無かった。
「まったく......何してるんですか。姉さん」
純白の盾に肩から突き出た無骨な銃器。
その全てが小柄で大人しく優しい表情の少女にはまるで似合わなかった。
「リ、ィ......」
そこで意識を手放した。体力に限界が来たから、恐怖から解放されたから。
またはその両方からくる安心感で意識はは黒く染まった。