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第10話
『本部から全櫓へ。天候悪化の為、電波探知機による索敵が困難になりました。目視での警戒を行ってください』
深夜。この星で最も過酷な時間帯であり、生命はこの場においてヒエラルキーの頂点に位置しようが刺すような寒波には耐えらず死んでしまうだろう。
そんな極限という言葉を煮詰めたようなこの地球での第一目標は生き残ることである。
『北A櫓 探照灯照射開始』
それに続くようにして西、東の櫓も同じようにサーチライトを点灯させる。日頃からなんら変わりない夜間哨戒作業を開始した。
アビスネスト表層部に位置する櫓こと監視塔は、南を除く3方向に計9棟建っている。
岩盤下をくり抜いて造られたアビスネストは山を背にしているため防衛がしやすい。
しかし、いくら防衛能力が高くグロウの攻撃から身を守れていても、修繕費や軍需品の補充は無料ではない。そのため日夜攻撃を未然に知る事が重要であり、櫓ができてからは資源の消耗も少なくなった。
「にしても最近は見かけなくなりましたねぇ」
「それも轟型陸上戦闘部隊の嬢ちゃん達のお陰だろうな」
「彼女達のねぇ......」
轟型陸上戦闘部隊。対グロウ戦闘に特化した兵装を扱う少女達である。その戦闘力はまさに一騎当千と謳われ、彼女らがいる限り我々人類の存続は約束されていると言っても過言ではない。
その彼女らがここ一帯に蔓延っていたグロウ共を粗方殲滅したのも数年前の話である。
「にしてもこんなに変わりないと不気味っすねぇ......」
「嵐の前の静けさって奴かもな。けど、こうして平凡を過ごせるのも昔の人間からしちゃあ贅沢だ」
髭面のオヤジは顎を摩って過去を思い出すようにしみじみと目を瞑った。
まだ今よりもグロウの情報が少なかった時代。狡猾で、群れで襲いかかり、逃げる事など不可能な''死神,,とまでに言われていたグロウに対し、旧時代の装備で日夜血の滲むような防衛戦が繰り広げられていた時代。その頃に比べれば断然今の方がマシなのである。
『お、おい! 何だあれは?!』
隣の櫓から吹雪の中でも聞こえるくらいの大声が聞こえた。崩していた姿勢をただし通信機を取る。
「何があった?」
『す、数キロ先に......人影が......』
「人影だぁ?! 人が出歩くような時間じゃねぇ! 嬢ちゃん達ならまだしも......」
夜間哨戒に慣れている兵士ですら狼狽えるイレギュラーな事態に場の緊迫はギアをあげていく。
通達が各櫓に周り、一斉に近辺をサーチライトが照らす。
「......っ! 本部へ通報! 急げ!!」
とある一室。夜のため部屋は暗く、聞こえるのは窓の外へ吹き付ける猛烈な吹雪と、その合間に耳に入る規則正しく可愛らしい寝息。
年は中高生くらいだろうか。
時代が時代なら学校へ行き、それなりの知識を付け、学友と他愛もない話をするくらいの年頃である。そんなまだ幼く特殊な四姉妹達の寝室である。
常日頃から極限状態に置かれ、休憩らしい休憩といえば入浴と、月に2回有るか無いかの非番時に摂れる睡眠だけという過酷な世界に生きている。
そんな至福の時間は瞬く間に粉砕された。
ジリリリリリリリリッ!!
「んぁあ......なんなの......」
「......これは、緊急招集のベルだ......司令室にいくぞ......」
「姉さん、そっちは逆です......こっちですよ」
聞き慣れない緊急招集を意味するベルは頭を揺らすように鳴り響き姉妹を急かす。
それに応じ、眠い目を擦りながらまだ眠っているアマリリスの襟を3人で掴み、引き摺りながら司令室へと向かった。
「こんな夜中にすまないね。君たちは忙しいから非番の夜くらい休ませてあげたいんだけど」
「いえ、この状況の中です。仕方がありません」
「そう言って貰えると嬉しいね。けど君たちからそんな言葉を聞けてしまうと、大人としては心苦しいよ」
申し訳なさそうに苦笑しながら白髪混じりの頭を搔く。
そのまま机上の資料を眺めると息を吐きながら瞬きを1つする。
「敵の新型だ」
瞳の奥には複雑そうな心境の瞳がこちらを見据えていた。それがどんな気持ちで、どんな感情で現れていたかは見当が付かなかった。
もちろん姉妹には誰一人として、他人の心を読み取れるような不思議な力だったり、超能力は持ち合わせていないので当たり前である。
しかし、その感情を紐解き、最初に出てくるものとしたら。それは恐らく懺悔の念だろう。
「また新型......輸送作戦中にも新型二種類と交戦しましたよ」
「私も思ったよ『またか』ってね。けど、先日遭遇した新型の詳細の判明や名前が付く前にまた新型が現れたんだ......」
何とも手詰まりといったようなただの溜息が、そこそこの質量を保持しているように感じるほど重苦しい物だった。
「そして厄介な事に保護対象を確認したのだが......君たちは気にしなくていい」
ここが静かな部屋でなければ聴き逃してしまいそうなほど小さな声で「恐らく保護の対象にはならないだろうね」と呟く。
「では......武運長久を。今回も頑張ってくれ」
再び申し訳なさそうな悔しそうな複雑な表情をした後ににっこりと微笑み四姉妹を戦場へと送り出す。
『こちら東B櫓......! 敵戦力確認! 50......いや! 100は居るッ! 至急援護を求む!』
『こちら西A櫓! 9時方向から3時方向まで敵がびっしりだ!』
『こちら本部。これより夜間戦闘を開始します。ルーク率いる第一中隊を守備隊へ。戦車隊第一中隊長、及び第二中隊長は各自作戦指揮を任せます』
深夜とは思えないほど忙しない指示がインカム越しにあちこちへと飛び交う。
見張り台や本部、戦車隊等の情報があまりにもうるさいので姉妹と司令部のチャンネルに変更する。
『マイクテスト。聞こえてますか?』
「こちらゼフィランサス、通信可能領域内。作戦指示を!」
聞こえてきたのはマーズの穏やかな声音ではなく、ガニメデの至極冷静な声だった。 一瞬想像してた声とは違ったためピクリと頬が強ばるも、支持待機中の重要な時間のため平常心を保つ。
『約3キロ先に敵主力と思われる集団を確認。現在動きは無く準備行動中と思われる......荒天の為これより先の通信は不可能。各自のゼフィランサスの指示に従うこと』
「わぁーってるって! 前回のようなヘマはしねぇ! ボコボコにしてやんよ、この新型でな!」
今まで姉妹の足に装着されていた装甲履帯は、初期仕様型の物に改造、機能拡張を加えただけのものは、先日ようやく新調され、コアの変換効率の向上や、個人の戦闘スタイルに合うよう調整が施されていた。
装備の方も現在製造・整備が可能な新兵装が搭載されており、戦闘パフォーマンス向上が図られている。
索敵機能の向上や、攻撃力の底上げ、防御力の強化など、大幅な強化こそ見受けられないが間違いなく全体的な戦闘力は向上し、今までよりも楽に戦えるだろう。
『轟型陸上戦闘部隊。作戦開始!』
地表に露出した観測司令室から号令が飛ばされると4つの線は敵地へと進んで行った。
「こちらゼフィランサス。敵集団を確認......! ん......? 未確認物体を確認......あれは......」
敵勢力圏内に突入すると四姉妹は1度その場で停止する。
コアの身体能力向上によって昼間程とは言えないが、夜間でも常人の身体能力を遥かに凌駕する視覚と高性能短距離レーダーで、ある異変に気付いた。
集結したグロウは横隊に整列しておりじわりじわりと間合いを詰め、その前にはこの辺りでは珍しい黒色の髪をした人物が立っていた。
「......女性か......?」
「あの方が保護対象でしょうか......?」
「多分な。けど、村長は気にしなくていいって言ってたぞ?」
「そんな訳にいかないわ! 敵がすぐ後ろにいるのよ?!」
自身が危険な状況の中でも見捨てることができない。そんな想いが強く出てしまいゼフィランサスは3人を置いて単独で先行する
グロウは女性のすぐ後ろまで迫り、大群で押し寄せる。その姿は守備隊の手馴れた戦闘員ですら戦意を失い、その場から脱兎の如く逃げ出しかねない程の威圧力があった。
「ゼフィー! 今すぐ離れろ!」
「くっ、ストックまで......見捨てるなんてできないわ! 間に合わなくなる!」
「違う! そいつは様子がおかしい!!」
そんな言葉には耳を貸さんとばかりにさらに接近する。
手を伸ばし、数歩進めば届きそうなほどの距離。ここで助けられなければ悔やんでも悔やみきれない。その瞬間--
女性は後ろへと一歩引き下がった。それも信じられないことに微笑んでいるように見えた。
「え......っ?」
何が起こったのか理解に至らぬまま女性はグロウの波へと飲み込まれた。周りのグロウはたった1人の女性を仕留める為に山になりながら襲いかかる。
「下も馬鹿なら上も馬鹿か......っ!」
忠告を聞かなかった姉の腕をがっしりと掴み引き摺りながら後ろへ引っ張る。
刹那。その黒い山が淡いオレンジ色に光り輝く。深夜の真っ暗な世界には明るすぎる光の奔流が闇夜を切り裂くように立ち上る。
「くっ......なんなんだ......?!」
暗闇に慣れていた目には、それだけで攻撃と言っていいほどの眩い閃光に視界が遮られる。
やがて輝きは収束し、煌めく軌跡を残しながら宙へと霧散した。
「あ、あれは......!?」
先程まで出来ていたグロウの山は跡形もなく消え去り、変わりに普通ではない格好をした女性が立っていた。
下半身は黒色のドレスに身を包み、装甲板の意匠が施され
堅牢な胸部装甲の中央には先程の光を凌駕する程に美しい黄色の宝石。
全身、黒を基調としておりオレンジ色のパーツが各部位へと装着され
物憂げな顔に装着されているガスマスクはあまりにも特徴的で
黒色の珍しい髪は右サイドから結われ、背面へと伸びていた。
しかし、最も目を引くのはその結び目から飛び出した--
悪鬼を思わせるような大きな角であった。




