引きこもりとお節介
童話『幸せの王子』
むかしむかし、ある小さな町に、一人の王子の像がありました。
輝く体には混じりけない金箔が塗られ、両目にはサファイヤ、剣の柄にはルビーが埋め込まれています。
その美しさは、道行く人全てが魅了されるほどでした。
恋に敗れた若者は言います。
「こんなにも美しいモノがこの世にあるなんて、悩んでいるのがバカバカしいよ!」
町一番の金持ちが言います。
「是非とも私の手に入れたいが、彼を買い取るには、私のすべてを支払わねば!」
ある現実主義者の議員が言います。
「いやはや、風見鶏の様に美しい。何の役にも立たないのが玉にキズだがね。」
そこまで読んで、ツバメはパタンととじた。
「お姉ちゃん、続きは?」
「ごめんね、ちょっとお外に出るから。」
読み聞かせをねだる妹を部屋に残し、ツバメは外へ出た。
初冬のツンとした風が突き刺さり、寒さが堪えたが、胸の内に突如現れた鬱憤を晴らす様に、土手をまっすぐ歩いていた。
妹には悪いことをしたが、どうしようもなかったのだ。
この後悲惨な運命を辿る『幸せの王子』が、幼馴染と重なり、読むに堪えなかった。
彼の名は葦田皇冶。幼稚園からこの春高校に入るまで、絶えず交流のあった友達だ。
昔から自分を卑下するクセがあり、そのせいで友達が出来なかった。夏に父親が亡くなってからは、学校に来なくなり、外にもなかなか出なくなった。
ツバメは、何もしてやれなかった。忙しさを理由に逃げてはいたが、本当は怖かったのだ。
彼に手を差し伸べる事で、クラスの輪から外れるのが怖くて、彼から逃げた。
なのに、今更になって彼に会いに行きだしている。逃げた後ろめたさを誤魔化し、罪から逃げる為に。
結局は、自分のために。
私は汚い。
『幸せの王子』の心臓とツバメの亡骸は、神々の世界にある黄金の宮に運ばれた。だが、それが何だと言うのだ。私に言わせれば、人々は王子を、せいぜい邪魔な廃材位にしか思っていない。
王子の生きてた世界に、彼を称賛する者はいない。神の元に召されたなんて、それはまやかしだ。
天と地の間にどんな条理が有れど、神とやらは、王子が尽くした民衆に倒される姿を、黙って見ていたのだから。
神も天使も、結局は悪人と同類だ。
「ツバメ……どうしたのだ、突然……。」
童話の王子を気取った様なしゃべり方で、皇冶が出迎えた。上下青ジャージで寝ぐせまみれ、目の下は隈で真っ黒だ。
(キチンとしてりゃカッコいいのに……。)
「む?何か言ったか?」
「何でもないっ!////そこのスーパーでケーキ買ったから、ちょっと上がらせてよ。」
母親が市議会の仕事で忙しい為、町でもかなり広い家に、ほとんど独りで暮らしている。
ただでさえルーズな性格の為、放っておいたらその内孤独死するんじゃないかと、ツバメは本気で心配していた。
案の定、台所にはカップ麵や菓子パンのゴミが散乱している。
(よかった。今日来ておいて……。)
ゴミを適当に整理している間に、皇冶はカップケーキをつまんでいた。
「相変わらず、汚いわねこの部屋……。」
「部屋の片づけなんぞしてる間に、冥界の構造についての仮説を立てた方が余程有意義だ。」
「またバカな事言って……ねぇ、相談なんだけど。」
「金なら貸さぬぞ。」
カップケーキ片手にパソコンに顔を、ツバメに背を向けていった。
「死んでも借りるか!利子に押しつぶされるわ!」
「じゃ、とっとと帰れ。年明けの準備で私は忙しい。」
「いよいよ学校に……!?」
「んなワケあるか。年始はスピリチュアル研究会の交流会がある。後輩に後れを取らぬよう、少しでも新しい情報を収集せねば……分かったら余計なお世話は……。」
ゴン!
後頭部に衝撃を感じ、皇冶は思わず振り返った。背後からペットボトルが投げられた様だ。
涙目で、顔を真っ赤にしたツバメがこちらを睨んでいる。
「余計なお世話って何よ……アンタの事心配で、妹の世話放り出してここまで来たのに……。」
「それを余計なお世話だというのだ。大体、私は学校になど行きたくない。」
「じゃあ、このまま親のすねかじって好きな事して生きてくの!?」
「言っとくがな、私はお前が思っている程好きなことばかりしていない!昨日など、初対面の占い師に『前世は鉛の塊でした』などと言われたぞ?そして前世からの想い人が近くにいると!この状況にあって、ツバメは私をお気楽と申すか!?」
話にならないと確信したツバメは、たまらず葦田家を飛び出した。皇冶が何か言った様だが、耳には入らなかった。
「もう最悪!何よ、人の気も知らないで……。」
「確かにヒドイねえ、君の気持を踏みにじってばかりだよ、アイツは……。」
背後から、聞き慣れない声がした。振り返ると、見知らぬ美青年が立っていた。短い髪は桃色に染められ、右肩を露出した大胆なファッションだが、表情は穏やか、落ち着いた雰囲気を醸し出し、神々しささえ感じられる。
「あの、失礼ですけどあなたは……?」
「ああ失礼、ただのしがないカウンセラーさ。ご傷心中の美少女に、イイ男を紹介したくてね……。」
当然、不審に思いそそくさと立ち去るツバメ。男は慌てて静止した。
「ちょ……待って!話だけでも!」
「勧誘なら間に合ってますんで。」
「そう言うのじゃないんだ!キミにしかできない頼み事が!」
「会ったばかりの人にそんな事いわれても……。」
そう、ツバメの反応は至極当然だ。が、目の前で泣いて頭を下げる美青年を見て、人のいいツバメは折れてしまった。
「話だけ聞きますから、とりあえず移動しましょう。」
コンビニで肉まんを二つ買い、土手に戻った。彼は一つ分金を払うと言ったが、腰の巾着から出てきたのは見たことのない通貨ばかり。
やはり断ると、申し訳なさそうに食べ始めた。
(それにしても……。)
ツバメは不思議に思った。持っていた通貨といい、肉まんを食べた時の反応といい、どう考えてもこの辺りの人じゃない。それに、着ているコスプレ(?)も妙だ。
どこの何のキャラクターだか知らないが、この寒い中、よくこんな露出度の高いファッションを選んだものだ。
「あの、一体どこのどなたで?」
「ああ、まだ名乗って無かったね。アズラエルと呼んでくれ。」
「アズラエル、君……?」
ツバメは、思わず吹き出すのを我慢した。
(それって死の天使の名前じゃん。皇冶も大概だけど、この人も筋金入りのオタクってこと……?)
「まぁ、信じられないよね。うーんと、『君』は間違いかな。僕らに、性別って概念はないからね。」
「はぁ……。」
想像よりずっと手の込んだ『設定』に驚いていたその時、彼は思い切り息を吸い、両手を広げた。
その瞬間、ツバメは息をのんだ。
バサッ!!
カーテンを思い切り開くような音を立て、彼の背中に、翼が出現したのだ。翼は勢いよく開き、辺りに羽をまき散らした。
幼い頃、絵本に出てきた『天使』そのものだった。
「どこに仕舞ってたんですか?そのアクセ……。」
「今度はそう来たか……。」
「いやだって、ぇ……。」
「残念ながら、目の前で起きてるのは現実。嘘だと思うなら……。」
「いやいや騙されません!あ、わかった!超能力者でしょ!どっかで透明人間が羽を支えてたりとか……。」
「支離滅裂だって……透明人間は信じるのに天使は疑うのかい?」
言葉に詰まるツバメ。無理もない。何せ彼の頭上には、ご丁寧に(?)白いわっかまで浮いている。
彼女の知りうるからくりでは、到底作り出せるものじゃない。
認めたくはないが、否が応でも認めねばならない。だとすると、当然の疑問が浮かぶ。
「天使様だって言うなら、私に何の用が……?」
「言ったでしょ。イイ男を紹介しますって……。」
「意味が分かりません!天使様がなんでそんな優遇措置を……。」
アズラエルはチッ、チッと舌を鳴らした。
「何も無条件でとは言ってない。そいつは、かつてボクが死なせた男なんだけど、それは神様の意思でね。はっきり言って納得してない。顔も性格も一級品だからね、君が助けて口説いてくれ。」
「死んだ人をどうやって助けるんです?それに、もっとキレイな娘とかに……。」
「理由は今は言えない。そういう契約だからね。でも、これだけは言える。どんな絶世の美女でも、権力者や王族、もっと言うと女神でも、このミッションは達成できない。君じゃなきゃダメなんだよ。」
「・・・・・・!!」
はっきり言って、彼の事は未だ怪しく思っている。だが、熱弁する彼の目頭は熱く、嘘は毛ほども垣間見えない。
「どうすれば、その方を救えるんですか……?」
「もし、引き受けてくれるなら……。」
アズラエルは河原の方を指さした。
先程までは見受けられなかった光の輪っかが浮いていた。
「あの輪をくぐれば、彼のいた世界に行ける。どうだい?」
今、目の前にホンモノの天使がいる。その事実と、溜まりきったストレスからなる、どうにでもなってしまえという思いから、ツバメはいつの間にか、輪を通過していた。