笑顔の彼女
文章の汚さはご勘弁。
街を歩く。散歩ともいう。
週に一度かそれ以上。とにかくある程度の期間を空けて隣街まで散歩に出かけるのが俺の趣味だった。まあ、そんな大雑把なものを趣味と呼べるのかはわからないが。
ほんの少し見ないだけで、街はその姿を変える。ほとんど変化しない時もあれば、大きく変化することもある。
ああ、あの店、閉店したのか・・・、ここの店、開店したんだなあ・・・、あの人この前もここで犬の散歩してたな・・・、そんな変わらないもの、変わってしまったものを見つけるのが俺の数少ない楽しみの一つだった。
まあ、そういう変化とは別に、散歩を繰り返していると、何回かに一度、イレギュラーなことも起きたりするわけで。
――――――女の子が道の端でからまれていた。
ガラの悪そうな連中だ。三人の男たちが一人の女の子に何やら話しかけていた。
大方、ナンパでしているのだろう。女の子はとても嫌そうに必死に首を振っていた。
何故誰も助けようとしないのだろう?
そう考えている時点で、俺はその光景の真横を見て見ぬふりして素通りする通行人たちと同類だった。
傍観者ばかりで、誰一人として当事者にはなろうとしない。介入しない。
人は誰しも厄介ごとに好んで飛び込もうとはしない。
――――――その時、目があった。
男たちと、ではない。女の子とだ。
その目はとても怯えていて、助けを求めていて。
気づけば、俺は走り出していた。
「やっと見つけた!もう、どこ行ってたんだよ・・・・!」
極力、フレンドリーに。親しい友人っぽく。
女の子と待ち合わせをしていたけれど、一向に来ないから、心配して街の中を探していた男友達。・・・・という設定を咄嗟に脳内でつくりだし、女の子の腕をつかむ。
女の子はビクッと、一瞬体を震わせるが、もう一度俺の目を見ると、考えを察してくれたのか、振りほどこうとはしなかった。
「何?お前。この子のことどういう関係?」
男たちのうち、他二人を仕切っていると思われる男が聞いてきた。
俺は咄嗟に作った脳内の台本をめくり、設定を読み返して、答える。
「友だt」
「・・・・彼氏です」
「え」
ちょ、何言ってんだこの子は。
まあ、友達っていうより、彼氏だって言った方が効果的ではあるのだろうが。
すると男たちは、急に興味をなくしたような顔をした。
「なんだよ彼氏持ちかよ。チッ・・・・いくぞお前ら」
男たちは去って行った。
何だ、思ったよりあっさりいなくなってくれた。
じゃあ、俺も消えるとしよう。
と、その前に。
「大丈夫だったか?ごめん、勝手に腕つかんだりして」
「い、いえ・・・・。ありがとうございました」
ぺこっと、頭を下げてくる女の子。礼儀正しい。
顔をよく見ると目尻に涙を浮かべている。顔も少し赤い。
男たちが怖かったのか、俺に腕をつかまれたことへの拒否感か、はたまた両方か。
とにかく早く俺は早くここを離れた方がよさそうだ。
「それじゃあ、これで・・・・」
「あっ、ちょ、ちょっと待ってください!」
引き留められる。
何だろうか。お礼だとしたら、まったくいらないのだが。
「何か?」
「その、メールアドレス教えてください」
「は?何で」
「その・・・・あの・・・・」
「・・・・はあ。まあ、いいけど」
減るもんじゃあるまいし。
「ほんとですか!」
パァっと花が咲くような笑顔とはまさにこのことだと思った。
こんな奴のメアドが知れて嬉しいのか。変わってるなあ。
メアドを教えて、彼女にもう一度頭を下げられると、そのまま散歩を終え、帰宅した。
部屋で、携帯をいじっていると、一通のメールが。
『あなたのことが好きです。』
差出人はあの女の子だった。
どういう、ことだ・・・・?
少し考える。
数分しか話していない俺に対してのメッセージなわけがない。メールで誰かに告白するつもりが、間違えて俺に送ってしまったのだろう。
かわいそうに、誤って違う相手に告白してしまうなんて、俺なら羞恥心で死にたくなるだろう。
これは、フォローする文面で返事送った方がいいかな。
さらさらと、何文かしたためる。まあ、文字打ってるだけだが。
『送る相手、間違えてますよ。俺は気にしてませんので、本来送るつもりだった人に送りなおしてあげてください。』
すると即座に返事が返ってきた。
『間違ってないです。あなたに送りました。助けてもらった時からあなたのことが好きです。』
・・・・えーっと。
送る相手を間違えたわけじゃ、ない?
えーっと。俺のことが好き?
『わけがわからないです。たかが数分話しただけじゃないですか。好かれる理由がないです。』
『先ほども言った通りです。助けてくれた時、あなたの目は優しさであふれていて。赤の他人にそこまで親切にしてくれるところにひかれました。できれば、御付き合い、してほしいです。』
『そんなの俺の表面的な部分しか見てないじゃないですか。出会って数分で好きになるなんて、そんなの本当の恋じゃないですよ。少なくとも俺はそう思います。相手の一部分しか見てないのに、付き合ったりしたら、君は絶対後悔します』
『しません。』
『する。』
『しません。』
『する!』
何だこの子は。ちょっと怖いぞ・・・・。
『そんな嘘みたいな話、信じられないです。本当に君が俺を好きなのか疑わしい。もうメール送って来ないでほしいです。』
そして携帯の電源を切ろうとする。が、メールの届いた音がする。
なんなんだよ・・・・。
『ごめんなさい。でも、あなたを好きなのは本当です。私に機会をください。一週間後、私とデートしてもらえませんか。その後で、交際してくださるか、もう一度考えてほしいです。』
・・・・。
それでこの子が諦めてくれるなら、手っ取り早いな。
もし断ってストーカーにでもなられたら困る。
『わかりました。それで納得してもらえるなら』
それからも、彼女からのメールは毎日送られてきた。
と言っても、交際の申し込み、ではなく、挨拶、今やっていること、その日楽しかったことなどの当たり触りのないことばかりだった。
『そういえば、何で他に便利なSNSがいくつもあるのに、メールにするのか』と聞いたら、『宛先を決めて、手紙のように、一文一文相手のことを思いながら文字を打つのが好きで、今普及してるSNSは手軽に会話できてしまうから、逆にあまり好きじゃない』とのことだった。
「これが、その子からのメールなんだけどな?」
「ほほう、ちょいケータイ借りるぞ」
俺は休み時間に、学校で一番の親友に相談した。
彼女からのメール、交際の申し込み、などのことだ。
現在、彼にメールの内容を見せている。
「ふむ・・・・」
「どうだ?やっぱり彼女が書いてることって嘘っぽいか?俺のことが好きだーとか」
「ん・・・・」
しばらく俺の携帯をいじった後、投げ返してきた。
「ほい。返す」
「あ?ちょ、ばか!・・・・取れなかったらどうするつもりだったんだよ!」
「お前ならとれるだろうという長年の付き合いからの信頼感による行動だよっと」
「お前な・・・・」
もしこの先壊したら弁償として店で一番高い機種買わせてやる。
「で、メールのことだったな。まあ、うん。その子、お前のこと大好きだと思うぞ」
「は?何でそんなこと言えるんだよ」
「だってさ。メールよく見ろよ。送られてくるメールのうち何通かは毎回同じような内容だ。「おはよう」だの、「こんにちは」だの、「おやすみ」だの。これって毎回同じくらいの時間帯に送られてくるだろ?」
「まあ、そうだな」
「どんだけ律儀なんだよって話だ。・・・・で、残りのメールは、お前を気遣う内容だったり、自分が今お前に話したいことだったり、逆にお前に話してほしいことだったりだ。しかもお前を気遣う文がその中でも圧倒的に多い。あと、一日に送るメールの数が一定数を超えると、毎回そのことに関して謝ってたりするし。よっぽどお前に嫌われたくないんだろうな」
「本当か?・・・・まったく気づかなかった」
「おいおい、最低だぞ」
親友の携帯投げる奴は最低じゃないのか、そうかそうか。
それにしても洞察力すごいなこいつ。
「とまあ、結論から言うと。律儀に同じ時間にメール送ってて、お前を気遣っててお前ともっと話したがってて、お前に嫌われたくない子ってことだな。ここまでそろっててお前のこと好きじゃないわけないだろ?この子、お前のこと大好きだよ、うん。嘘で人のこと好きとか言うやつはここまで必死に他人の気を引こうとしねえだろ」
「そう、か・・・・」
俺のこと、本当に好きなのか。
「で、お前はこの子と付き合うの?合わねえの?」
「正直、断ろうと思ってる」
「なんでだよ!?そんなにお前を好きになってくれる子、この先現れるかわかんねえぞ!・・・・もしかして、顔があんまり好みじゃないとかか?」
「いや、顔はむしろ、タイプだ。すごいかわいかった。でもさ、メールの内容とか、容姿とか、そういう相手の一部しか見ないで付き合うとかさ・・・・相手に失礼だと思わないか?そんな表面的な部分しか見ないなんて、最低だ」
「ほんと、お前ってそういうところ無駄にイケメンだよな。自分勝手じゃないっていうか、常に相手のこと考えててさ。ここが男子校じゃなかったらお前今頃そこそこモテてたと思うぞ。」
「からかうな。それにお前彼女いるじゃねえか。そんな奴に言われても信じられるか」
そうなのだ。こいつには彼女がいるのだ。
今回、こいつに相談したのは親友であることの他に、俺の友人の中で一番女性に詳しそうだったからだ。
「それによ、付き合うなんて軽い気持ちでもいいんだよ。断る理由も『相手に失礼だから』なんだろ?相手がそれでもいいっつってんだから、とりあえず受ければいいんだよ。それこそ付き合いながら相手を好きになっていきゃいい」
「そんなものなのか」
「そんなもんだ」
「わかった。とりあえず、参考にはなった。あとは自分一人で考える」
「りょーかい。それじゃあ、あとでなんかおごれよな」
「はいはい」
授業が終わり、自宅へ帰宅。
部屋で一人携帯をいじりつつ頭の片隅でいろいろと考える。
するとメールの着信音がなった。
彼女から、だろうか。
『こんにちは。今、何をしていますか?私は学校から帰って、授業の復習をしています。
明日が、約束の日ですね。私はとても楽しみですが、あなたはどうでしょうか。
・・・・きっと、迷惑に思っていますよね。それに、毎日こんなにメールを送りつけられて。
でも、安心してください。デートが終わったら、私はもう、メールを送るのはやめます。
これ以上、あなたに迷惑はかけられません。
今まで、私の我儘に付き合って下さって、ありがとうございました。
それから、今夜は少し冷えるそうです。体調管理気を付けてくださいね。
それでは。」
初めて、しっかりと彼女のメールを、彼女の書いた文章を読んだ気がする。
今まではきちんと読む気になれなかった。書いてあることすべてが嘘に見えたから。
温かい文章だなと思った。
俺に、終始申し訳なさそうで、でもそれ以上に俺への気遣いがにじみ出ていた。
なんだ、俺、バカみたいじゃないか。
最初から疑って入って、交際の返事だって最初から断るつもりでいた。
ちゃんと考えてあげないと失礼だ。考えたうえで、その決断を伝えなくてはならない。
明日、彼女の思いに応えるかどうか。
『明日、最高の一日にしましょう。俺、楽しみにしてます』
待ち合わせ場所は隣街の駅前にした。
彼女には『私がそっちに行きます』と言われた(と言ってもメールでだが)が、一人で下手に遠出させて、彼女がまた酷い目にあったらと思うと気が気じゃなかったので、彼女の家から比較的近い位置にあるところで待ち合わせにした。
待ち合わせの30分前に来たのだが・・・・。
すでに彼女がいた。
「あ、おはようございます。今日はもうこないかもって思ってました。よかった・・・・」
「え?わ、悪い。もしかして時間間違えたか?何時間待った?」
「2時間くらい、ですかね。でも、大丈夫です。まだ待ち合わせの時間じゃないですよ。私が張り切って待ち合わせより早く来すぎただけなので」
早く来すぎだろ・・・・どんだけ楽しみにしてたんだこの子は・・・・。
「じゃあ、行こう」
「はい。今日は、よろしくお願いします!」
・・・・
午前中は映画へ行って、午後はカラオケ、夕方に少し早めに夕食をとり、デートは終わった。
俺たちは少しずつ打ち解けていき、彼女も積極的に話しかけてくれるようになった。
彼女と話してわかったことは、普段の彼女はあまりしゃべらないらしいこと、それでも無理をして俺に話しかけようとしてくれていたこと、いかに俺を好きなのかということだった。
特に最後のは1時間くらい語り続けそうな勢いだった。
とにかく、楽しい時間だった。こんな時間がずっと続けばいいのにと思ったのは、親友とふざけてるとき以外で初めてのことだった。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました」
彼女が頭をペコリと下げる。
俺は両手を振りながら、
「こっちこそだよ。今日は楽しかった」
「本当ですか・・・・!よかったです!――――――それで、あの、返事のこと、なんですけど・・・・」
今日一番大切なことだ。
「あ、ああ」
「やっぱり、してくれなくていいです」
「・・・・?それって、どういう・・・・」
「わかりきったことをいちいち聞いても意味なんてないでしょう?やっぱり傷つきたくないですから。今日は本当に、ありがとうございました。―――――さようなら」
「な、ちょっちょっと待ってくれ!」
帰ろうとした彼女の腕をつかむ。つかんだのは奇しくも彼女をナンパから助けたときと同じ位置だった。
「言わせてくれ!返事させてくれ。頼む」
「・・・・酷いです。傷つけってことですか?」
「違う。――――――それに、まず最初に謝っておくべきことがある」
「――――――――」
「君の好意を疑ったこと。メールにロクに返事しなかったこと、他にもいろいろ・・・・本当に、ごめん」
「もう、いいですよ。そんなこと・・・・」
「それから、返事の方も。今日一日、君のことをいろいろ知れて嬉しかった。こういう表情をするのかとか、こういうものが好きなのかとか、ほんとうにいろいろ。これからももっとたくさんのことを知っていきたいと思った。隣にいたいと、思った」
「それって・・・・」
「返事はOKだ。こっちからお願いしたいくらいだ。今までしたことは全部謝る。だから、俺と、付き合って下さい」
「・・・・!」
言えた。俺が今一番伝えたかったこと。
彼女はというと、目から涙をあふれさせていた。
「断られると、思ってました。すごい悲しいけど諦めようって。でも、でも・・・・」
その言葉と一緒にこらえていた分の涙もあふれてきたのか。彼女は本格的に泣き出してしまう。
「よがっだぁ・・・・!今日来て本当によかっだよぉ・・・・!」
「じゃあ・・・・!」
「はい。ひっぐ。こちらこそ、お願いします・・・・!」
そういって見せた彼女の涙で濡れた笑顔は今日見たどんな表情より、愛らしかった。
登場人物たちの名前、容姿、年齢その他いろいろの設定は読者様の想像で補完していただけると。
読者様一人ひとりに違う物語をえがきだしていただきたいのと、下手に設定をつけるとなんか『キャラクター』として固定されてしまって柔軟性というかなんというか、言葉にしにくいけど確かに存在する『何か』が決まってしまうので、それが嫌だからですかね。




