何者
「……お前は誰、いや、何なんだ?」
高宮綾人はその存在を睨み付け、語気を荒め問う。
その存在は、一面の暗闇の中であっても違いがわかるほど黒く、禍々しく、果てのない暗さを持ち、確かにそこに在った。気を抜くとそのまま深淵まで飲み込まれそうになるので、気を奮い立たせ自我を保つ。
ただ闇としか言いようがないそれに対しできることは一つもないように思えた。そう思いたくないからこそ、意思があるのかわからない、あったとして何を思考し意図しているか推測もできないその闇に、ただひたすら問いかける。
「いつからそこにいるんだ? どうして俺なんだ?」
答えが返ってくることなど最初から期待していない。この無意味と自覚している行動はあくまで自我を保つためにほかならないからだ。綾人の眼つきはさらに鋭さを増し、その瞳には敵意に似た感情が燈る。
――これを認めては、受け入れてはいけない。
本能が告げていた。記憶を失くしている綾人にとっては、経験や知識以上に頼りになる感覚だ。この闇が何なのかは正直なところどうでもよかった。わかっていることはただ拒絶しなければならないということだけだから。
「消えろ!! 二度と俺の前に現れるな!!」
固く拳を握りしめ叫んだ。口調に反し、その声色からは願いともとれる感情が滲む。
二呼吸ほど置いて、その存在は緩やかに周りの闇に溶けていく。決して綾人の願いを受け入れたわけではないのは明白だった。
「ああ、そうかよ。また来るってか……」
周囲の闇が自分を嘲笑っているようなひたすらに気持ちの悪い感覚を覚え、吐き捨てるように呟く。