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H.O.P.E.  作者: 杜崎ハルト
3/26

完熟

「…………うぁ?」

窓から差し込む日差しが眩しくて、綾人は自分がいつの間にか寝てしまっていたこと、それに加え時刻が正午に近いことを感じ取った。本来なら今日、木曜日は1限から社会学の講義があったのだが、三大欲求には抗えない。あの夢を見た翌日はいつもこうだ。そのせいで綾人の前年の取得単位数は割と悲惨な数字を残している。

「3限は金融論だっけ……」

今からバイクを飛ばして大学に向かえば午後の講義には間に合うだろうが、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。

 最初は抵抗があったものの、自主休講ってやつにも不本意ながらだいぶ慣れてきている自分が嫌になる。

憂鬱な気分でバイトまでの時間をどう潰そうか、とベッドから動かず考えていたら、

「綾人、いるんでしょ!?」

玄関の鉄扉を乱雑に叩く音と、寝ぼけた意識を瞬時に覚醒させるようなどこまでも通る声。

ああ、またか。

すっかり日常の1ページに書き加えられそうなほど繰り返された光景に、綾人は髪を掻き毟りながら扉のロックを外す。

「綾人ぉ!!!!」

その瞬間、部屋に飛び込む一つの影。

土足のまま仁王立ちする小柄な少女は、険しい表情で綾人を睨み付けていた。

「よ、よう。楪」

おそるおそる挨拶ともいえない言葉を返すが、楪はそれを一蹴するように綾人に畳みかける。

「なんで大学来ないのよ!? 去年の単位ヤバいってわかってるんでしょ!!」

「いやー。今日はちょっと体調悪くて……」

「とてもそんな風には見えないんだけど? そもそもこの前もそんなこと言ってなかった?」

怒涛の口撃に綾人は怯みっぱなしである。

目の前で捲くし立てる小柄で髪をサイドテールに束ねた少女は、名を水瀬楪といい、綾人の幼馴染であった。幼馴染故か、こうしてサボりがちな綾人の世話を焼きにくるのがもはや日常である。綾人にはそれが若干疎しくあったが口には出さない。

「あー、わかったわかった。今から準備するからちょっと待ってろ」

「よし、わかればよろしい。上がらせてもらうよー」

抵抗は無意味、これがこの一年間で綾人が学んだ対処法である。楪が機能性重視の可愛げのないスニーカーを脱いだことだけ確認し、着替えの入った衣装ケースの蓋を開ける。

畳まれずしわが付いた無地のTシャツに、これまたしわまみれのカッターシャツを取り出す。

「楪、着替えるからちょっとあっち向いてろ」

「別に気にしなくていいよ。あたしと綾人の仲じゃん」

そういう問題ではない。

綾人はジーパンを拾い上げベルトを通しながら、目の前でくつろぐ幼馴染の少女の無邪気な笑顔を見て溜息をついた。

「俺が恥ずかしいんだよ。ていうかお前も少しは恥じらいを持て」

「そういうことかー。失敬、失敬」

まったく悪びれもしない態度がむしろすがすがしい。これでは着替えを躊躇う自分のほうがおかしいのだろうか、とより一層恥ずかしくなる。

「どうせ何も食べてないんでしょ? 適当に何か作るからその間に着替えなよー」

こちらの了承を聞く前にテキパキと調理を始める楪に完全にペースに乗せられていることを自覚しつつ、着替えを済ませ、顔を冷水で乱雑に洗い流す。

「お前のほうは3限間に合うのか?」

二日ほど洗われていない清潔とは言い難いタオルで顔を拭きながら、楪に声をかける。

「多分、大丈夫かな」

「多分?」

「安全運転でよろしく!」

「後ろに乗っけろってか。いいけどさ。怖くないの?」

キッチンから顔だけ出して満面の笑みを浮かべる楪に、綾人は承諾代わりの小さな溜息を一つと、日頃から聞きたかった質問を返す。

「えー、全然怖くないよ。楽しいし」

「そんなもんかねぇ……」

普段バイクに乗っていても他人の後ろには乗りたくない、と考えている綾人にはいまいち理解できない。かといって楪を乗せないということにはならないのだが。

「そんなこといいから。これ早く食べちゃって!」

テーブルに並べられていくトースト、目玉焼き、サラダとまるで朝食のようなメニューだが、実際はお昼真っ只中であった。確かにゆっくり食べてる時間はなさそうだ。

しかし、それでも綾人にはどうしても言わなければならないことが、一つだけあった。

「なぁ、楪」

「どうしたの?」

「なんで半熟じゃないんだよ……」

それは目玉焼きの焼き加減である。

「文句があるなら食べなくていい!」

怒った楪が綾人から目玉焼きを取り上げ、二口でたいらげてしまった。

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