木霊
「え、な、どうして……」
「チッ」
綾人は振り上げた拳から力が抜け狼狽し、遼は苦虫を噛み潰したような表情で舌打ちをする。
水瀬楪が、背中から血を流し倒れていた。
「バカヤロウ前野!! せっかく見つけた戦力になにしてくれてんだ!!」
「いや、あのガキ狙ったのにどこからかこの女が飛び出してきて……」
「言い訳してんじゃねえ! 俺があんなのでやられるわけがねえだろうが。そもそも最初から間違ってんだよ!!」
「す、すみませぇん。すみません……」
遼は激昂し、前野を掴みあげ怒鳴りつけている。
2人のやり取りに構うことなく、綾人はよろよろと楪のもとへと歩き出す。
「こんなのウソだ、夢だ、間違ってるんだ…………」
綾人はブツブツと怪しい独り言を発しながらふらついていたが、楪の傍まで来た瞬間崩れ落ちるように座り込んだ。
自身の異常性、遼の凶行、楪の隠し事、鬼人の存在……
綾人の精神はすでにこれらでいっぱいいっぱいだった。そのうえで目の前で倒れた少女の姿は、感情のダムを決壊させるのに十分すぎる悲劇にほかならない。
「オイ、なにやってんだよ……」
「……………………」
綾人は楪の身体をさする。右手に血がベットリと付いた。出血は止まらない。
「なあ、起きろって。楪。お願いだから」
「………………んね」
「!? よかった。聞こえるか? 俺だ、綾人だよ!」
楪はかろうじて意識はあるようだ。綾人は楪の身体を抱きかかえる。
血まみれのパーカージャケットに包まれるその小さな肢体は、小刻みに震えている。手を握って話しかけようとした綾人は、その手の冷たさに焦りを隠せない。
「ここから早く逃げよう。あんな奴らと関わってちゃダメだ」
「……ごめんね、綾人」
「どうして楪が謝る!? それを言うなら俺のほうが…………」
――悪かったんだ。
と綾人は言いたかった。言いかけたまま言葉が出てこなくなった。この一週間抱えていた、言いたいこと、謝りたいこと、打ち明けたいことがたくさんあったはずなのに。
「……………………」
「ごめん、ごめんね……」
口を開けたまま硬直する綾人に、楪は震える声で謝罪の句を述べている。涙を流す瞳は赤く輝き、前頭部には発光する2本の角が生えていた。
それは先ほど綾人を襲ってきた中村と同一のものであり、水瀬楪が鬼人であるということを証明する確かな要素であった。その事実に、綾人はどう反応しどんな言葉をかけるのが正しいのかまったくわからなくなっていた。受け入れがたい、しかし目の前にはっきりと存在するその事象をただただ見つめているだけである。
しかし、握っていた楪の手から徐々に力が抜け、ゆっくりと瞼が閉じようとする様子を目の当たりにし、綾人は自ら硬直を解く。
「楪! ダメだ、目を開けろ!! クソッ、どうしてこんな……」
「ごめん……ね…………」
必死の呼びかけも虚しく、眼を閉じた楪の全身から力が抜ける。
「ああ、あああ…… あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
嗚咽とも雄叫びともとれる悲痛な叫びが山中に木霊した。
そして、綾人の意識が暗転する。




