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H.O.P.E.  作者: 杜崎ハルト
24/26

取引

「汚い場所で悪いが、そこらへんで楽にしてくれ」

遼はアジトとして使用している廃工場事務所跡の一室で、招き入れた楪へ着席を促した。自らも埃臭く何か所も表皮が破れたソファーへ腰を下ろす。そして、周囲を見回し警戒心を露わにしながらも言われたように楪がパイプ椅子に座ったことを確認し、牽制代わりに語り掛ける。

「まあ、そう警戒しなさんなって。何も取って食おうってわけじゃあない。なあ、中村ァ?」

「ッス」

中村と呼ばれた大柄で筋肉質の男は、体育会系特有の返事を返しつつ、ペットボトルの緑茶飲料を遼と楪にそれぞれ手渡した。ちなみにアパートで楪を拘束した男である。

「……………………」

「毒なんか入ってねえよ。俺のと交換するか?」

手に持ったペットボトルをじっと凝視して黙ったままの楪に、遼はあくまでフレンドリーに接する。そんな遼の気遣いなど届くはずもなく、

「いえ、結構です」

楪は突然キャップを開け、半分ほどの量を一気に飲み干す。緊張の連続で喉が渇いていたのだろう。その場の全員が黙るこむ迫力があった。

「そうだ、それでいい」

「……速水さんって言いましたか。率直に聞きますけど、女子大生誘拐してこんなところまで連れてきて、一体どんなつもりですか?」

「商談だよ、商談。それに、ただの女子大生じゃないってことぐらい、君自信が一番わかってんだろ?」

敵対心を剥き出しに睨み付けてくる楪に対し、遼はまったくペースを崩さない。それどころかむしろその反応を楽しんでいる節すらあった。

「あなた方の活動に協力するつもりはないって、私、何度も言いましたよね?」

「はい、そうですか……って引き下がれるほどこっちも楽観的じゃいられなくてね。何しろ慢性的に人手が足りない。優秀な同胞は喉から手が出るほど欲しいってのが本音さ。しかもフリーなら尚のことだ」

「でしたら見当違いですね。私は全然優秀なんかじゃないですよ」

「フン、とぼけるなよ。強大な能力を行使し続けでもしない限りあんな状態まで衰弱しねぇよ。自分がどんな状態になっていたと思う? 俺がいなかったら危なかったぞ」

「っ!?」

シラを切ろうとしていた楪を、遼はいともあっさりと論破する。

「それに、ここ数か月で何人も見定めてきたからな。君ほどの人材はいないって断言できる」

「ここ数か月? 何人も? まさか……」

「ご明察! そうさ、今巷を騒がせている連続失踪事件は俺たちの仕業だ。いやー、苦労したよ。どいつもこいつもまともな能力も情報も持ってないどころか、物分かりまで悪いときた」

変わらず軽い調子で自らの悪行に負い目の一つすら感じていない遼に対し、楪が軽蔑の視線を向ける。

「どうしてそんな酷いことができるの……」

「どうして? さっき言っただろう、人手が欲しいって。カッコ悪い話だが、俺を含め今の4人だけじゃ行き詰る仕事があってね。このままじゃ御破算さ」

「仕事?」

「…………まあ、いいだろう。教えてやる」

一瞬だけ考え込む動作ののち、タバコに火を灯しながら遼はその仕事について語り始めた。

「俺たちは今、この街である企業……いや、組織を追っている。依頼者曰く、仙台近郊のここ数年の不自然なほどの急成長には何かウラがあるはずだ、ってことらしい。確かに言われてみればおかしい話だ。この国どころか先進国はみな不景気だって騒いでいるのに、この街に限ってみれば右肩上がりで成長基調ときてる。こんな東北の地方都市が、だ」

遼は大げさに煙を吐き出し、タバコを咥え直しつつさらに続ける。

「依頼者は、その成長の陰に俺たちのような『鬼人』の能力が絡んでいると睨んでいる。人ならざる能力を持ち理を捻じ曲げる鬼の血を引くものたちが組織立って行動してるはずだ、ってね。その裏を取るのが俺たちの仕事だ」

自らの前頭部あたりを指さしながら、遼は自嘲気味に楪に目線を投げかけてくる。

「そこで、ある企業にアタリをつけたまでは順調だったんだが、こいつがまたガードが固くてね。素性が割れてる俺たちだけじゃジリ貧で活動資金が尽きかねない。だから潜入や調査のために新たな仲間を探していたのさ。ついでに、もし対象の関係者だったら直接情報を吐かせればいいしな。結局そんなやつは見つかっていないが……」

「なら、なんで女の子ばっか攫ってたんですか?」

「簡単なことだよ。鬼人だろうが人だろうがいつの時代だって色仕掛けは有効な手段だ。俺らには逆立ちしたってできない芸当はまさに工作員にうってつけだ。正直、そんなところにしか突破口を見いだせないぐらい追い詰められているのが現状だ。それに……」

「それに?」

「そこの茶髪の男、前野は鬼人探知能力があるんだが、こいつは何故か若い女でしか能力が発動しない変態なんだよ」

「ヒドイっすよ、速水サン!? まあ反論できないッスけどもぉ」

「えぇ……………………」

突然変態呼ばわりされ狼狽える前野と、それをゴミを見るような眼で見つつ距離を取る楪。

吸い切ったマールボロを灰皿に押し付けながら、遼は笑った。

「緊張が解れてきたじゃないか、水瀬」

「これはそういうんじゃないです!」

コホン、と咳払いで誤魔化し楪が尋ねる。

「そもそもいいんですか? 大事そうなことベラベラ喋ってますけど。能力のことまで……」

「いいんだよ、これが俺の仕事のやり方だ。この業界、金と実力と同じぐらい信用がものをいう。だから俺は嘘はつかない」

「なんの業界ですか……」

「おっと、その話はまだしていなかったな」

遼は2本目のタバコに火を点け、楪をじっと見つめる。

「水瀬、鬼人がどうやって生活してるか知ってるか?」

「ただの人間として周りと同じように普通に学校行ったり会社に行ったりしてると思いますけど。私だってそうですし」

「半分正解で、半分間違いだ。それは正体がバレてない奴に限ればそうなる。だが、そうじゃない奴はどうなる?」

「それは…………」

「多少は知っているようだな。そう、正体のバレた鬼人は一般的な人間の享受できる公益や権利のほとんどを剥奪され、道具同然の扱いで扱き使われたり、モルモットとして研究機関に送られたり、そうでなければ排除の名目のもと殺される。ひでぇ話だよなあ?」

「……………………」

 遼が話したような悲劇に心当たりがあるのか、楪は返す言葉も見当たらなくただただ押し黙る。その様子を同胞としての同情を含ませた視線で一瞥し、遼は説明を続ける。

「当然、無抵抗に虐げれているわけじゃない。正体のバレた、いや、そうじゃない奴も含め、鬼人たちは自分の能力を活かし生きていくために協力しはじめた。そのために作られたのが『百鬼』と呼ばれるネットワークだ。名前ぐらいは聞いたことあるだろう?」

「一応は。詳しくはありませんが……」

「そう目を逸らすなって。まあよくない噂が出回ってるのは知っているし、その内容そのものに間違いはないけども。だが、それがすべてではない」

2本目のマールボロを吸い終わり、しかし3本目は取り出さず遼は真剣な表情で座りなおす。

「百鬼はネットワークの維持管理を行う一部の人員こそいるものの、明確な指導者や組織体系は存在しない。それぞれが思うような活動をするために人員や仕事を融通し合い協力していくための言わば組合のようなものだ。利害の衝突で敵対し合うこともあるが、それは決して本質ではない。君が耳にしたのはそういった諍いの一部だろう」

 ここからが本番だ、と言わんばかりに遼は中村から手渡されていた緑茶を一口だけ飲み、薄汚れたソファーで組んでいた足を解いた。

「そのうえで、だ。百鬼の理念は自己責任と弱肉強食。仕事を得るのも仲間を集めるのも必要な物資を調達するのも、そのすべてが個人の裁量とその実力で決まる。要は信用とコネによる実力社会だと言える。各種仲介を生業としてる鬼人もいるから完全にそうだとも言い切れないが、その仲介人と繋がりを持つのもこれまた一苦労だから、まあ、そういうことだ。ここまで来るのにそれなりに修羅場を潜ってきたよ」

「修羅場、ですか」

「ああ。仕事も百鬼の性質上、非合法なものが大半だからな。それこそ殺しや盗みにはじまり、麻薬関連の依頼や用心棒となんでもござれだ。依頼人も政治家、企業役員に留まらず外国人や暴力団員や一般の個人など多岐に渡る。さらには百鬼内での請負もある。そんなわけだから死にかけることもそれなりにあった。そういった目の前の仕事を堅実にこなし、信用を得てコネを広げ、新たな仕事に繋げて、の繰り返しだ。泥臭いだろ?」

「そこまでして何が欲しいんです? 生きていくだけだったらもっとやりようはあるでしょう。まさか働き甲斐、なんてふざけたこと言わないですよね?」

楪の挑発的な問いかけに、遼は頭をポリポリと掻きながら楪が納得するであろう適切な言葉を模索する。

「そうだなぁ、どう言ったものか…… 百鬼の鬼人が何で動くかわかるか? 俺たちの商材はまず自分自身だ。次に自分以外の鬼人の斡旋や派遣。そのときの対価は金はもちろん、人材や物資、そして情報。手持ちの様々なカードを駆使して全部自分でやりくりしなければならないのが個人事業主の悲しいところだな。こいつら3人だってそれなりの対価を支払ったうえで自分で呼び寄せた信頼できる仲間だ」

遼は中村、前野、そしてここまで無言を貫いているノートパソコンと向き合うもう一人の陰気な男を指さす。

「対価さえ支払えば手に入らないものはないのがこの業界の数少ない利点でもあるが、逆に、何もしていなければやがてそのすべてを失う。突き進むしかないんだ。ここは、そういう世界だ。さっき説明したじゃないか、信用第一の実力社会だって。百鬼は甘くない」

「そうですか…………」

鬼人の生きる非情な現実を突き付けられ、楪はショックを隠せない。

「長々と話したが、ここで最初の話へと戻そう。水瀬楪、百鬼に加入しまずは俺の仲間として一緒に働いてほしい」

「こんな話を聞かされてハイわかりました、なんて言うわけがないじゃないですか!! 断るに決まっているでしょう!!」

「いや、君は断れないよ」

「私が協力する理由もメリットもありません! 今まで通りひっそりと暮らせればそれだけで十分です」

頑なに拒絶する楪に対し、遼は余裕のある表情と態度を崩さない。決してハッタリなどではなく、遼は楪がこの提案を受けるという確信があった

「俺は最初に商談だと言っただろう? もちろん君が必要としている対価は用意してある。そのためにこんな場所まで連れてきたんだ。石川、アレを」

「……承知」

これまで一言も発しなかった石川と呼ばれた陰気な男が、隣の部屋から小型のアタッシュケースを持ち出し、楪の前で広げて見せた。

「なんですか、これ?」

「これは石川お手製の鬼人用抑制剤さ。俺たちを悩ませる血欲衝動や能力の過剰発動時の負荷を和らげてくれる。あの時君に打ち込んだものとまったく同一のものだ。効果は体感済みだろう? 今の君が喉から手が出るほど欲しがってるモノのはずさ」

ケースに収められた十数本の試験管入りの液体を、遼は誇らしげに解説してみせた。

「石川は調剤の能力持ちでね。特定の材料と一定の設備さえあれば様々な効果を持たせた薬剤を作成できる。誘拐した女たちの記憶を消したのもそのうちの一つだ。これらも俺たちの商材の一部で貴重な収入源であり、頼れる仕事道具でもある。百鬼を通じて買おうにもそれなりの対価が必要になるだろうな」

「こんなもので、釣られたりは……しません」

「オイオイ無理するなよ。あれから何日も経ったんだ、今この時も全身の苦痛で平静を装うのがやっとのはずだ。見りゃわかんだよ!」

「くっ……」

これまで隠していたつもりの自らの不調を簡単に見破られ、楪はあからさまに狼狽してしまう。遼はその反応を見逃さずここぞとばかりに畳みかける。

「俺らは君にこの薬を恒常的に提供する、そして君は俺たちに工作員として協力する。薬以外の報酬だって都度適切なものを支払うつもりだ。シンプルでわかりやすく、お互いのためになる取引だろう?」

「百鬼なんて得体のしれない組織に所属する羽目になるんでしょう? 危険すぎます」

「大丈夫だ。仕事についてだけじゃなく、百鬼内での生き方だって一から丁寧に教えてやる。商材として君を売り渡さないことは約束するし、今までの生活を崩したくないというならできうるかぎりは協力してやろう。逆に百鬼の一員として独立したいって言うならすぐには難しいが、その際のサポートは惜しまない」

「ですが……こんな……」

「俺は、嘘はつかない」

それまでの余裕のある表情から一変し、真剣な眼差しで楪を正面から見つめる遼。

一方その楪は、遼の嘘偽りない言葉と熱意に弱った身体と心を揺り動かされたのか、ほぼ無意識に抑制剤の入ったアタッシュケースへと手が伸びていた。

「おっと、その前にひとつ」

楪の震える手がもう数センチで抑制剤に届くかといったところで、遼の一言とともにアタッシュケースは無残にも閉じられる。

「……ど、どうして!?」

「俺たちの仲間として迎え入れるために最後にどうしても確認しなければならないことがある」

悲痛な表情で抑制剤を欲する楪を、遼はひどく冷淡な口調で詰問する。この時点で完全に立場が逆転していた。

「お前、一体何を抑え込んでいる?」

「!? それは……………………」

楪は反射的に前頭部を隠すように抑える。

遼はその手を掴み威圧的に詰め寄る。

「言ったろ、信用がなきゃ俺たちは働けない。隠し事はナシだぜ」

「い、痛い……」

「経験上封印系の能力だってことは察してんだ。これだけ強力な力で何を隠している? まさか、奴らの関係者じゃないだろうな?」

「それは…………言えません」

楪は必死に抵抗する。その苦悶の表情は、全身にかかりっぱなしの能力の負荷によるものなのか、はたまた強く掴まれた左腕の痛みによるものなのかは遼は知る由もない。知る気もない。

「言わないってんなら石川の自白剤で吐かせることもできるぞ。それか……」

「それか……?」

「記憶を消してほかの女たちみたく放り出すだけだ。抑制剤を得られなくなったお前がそのうち限界を迎えたとき、強制開放される何かをじっくり観察すればいい」

「くっ」

掴みあげていた楪の腕を乱雑に手放し、遼は仁王立ちで迫る。

「さあ、選べ。素直にゲロって俺たちの仲間になるか、劇薬の自白剤を打ち込まれるか、記憶を消されて期限付きの日常を過ごしてから虚しく果てるか」

「……………………」

「水瀬、君はどうしたい?」

一転し穏やかな表情で、しかし遼は楪にジリジリと詰め寄るのを止めない。その時だった。

「なんだ!?」

建付けの劣悪な窓の外から何か物音がした。それほど大きな音ではなかったが、遼は聞き逃さなかった。

「中村、俺の1911持ってこい。お前の銃もだ」

「速水サン、なんでです?」

「ネズミが入り込んでる。害獣は退治しないとな」

言われてからの中村の動きは素早かった。遼のM1911A1と自らのUSP.45それぞれに弾倉をセットし、片方を遼に手渡しながら屋外に飛び出していく。

「悪いな、ちょっと出てくる。その間にどうするか考えておいてくれ。君なら懸命な判断ができるはずだ」

楪にそう告げながらスライドを引き初弾を装填する。再度セーフティ解除と握りを確認し、遼は立ち上がる。

「前野、石川。お前らは水瀬を見とけ。何かあったら一人だけ出てこい。合図はこっちで出す」

仕事モードに切り替わった遼が眼光鋭く命令を出す。命令を受けた前野と石川も余計な言葉など返さず迅速に自らの持ち場につく。

「さあ、何が出てくるかな」

遼の眼つきは一段とギラつきを増していたが、口元だけは自然と微笑んでいた。それはまるでこれからの戦場を楽しみに待つかのようだった。

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