追跡
受け入れがたい事態に茫然としかけた綾人を引き戻したのは、楪と遼を乗せたワンボックスカーが走り出す音だった。
遼をどう問い詰めるか、なんてまだなにも思いついていないが、このまま見逃していい状況ではないことだけはわかっていた。すぐさま停めていたバイクまで駆け戻る。
エンジンをかけっぱなっしだったバンディットに跨りサイドスタンドを乱雑に蹴りはらう。幸いワンボックスカーは3つ先の交差点を曲がろうとしている最中で、まだ視認もでき追いつける距離にあった。綾人は意を決してスロットルを煽りクラッチを繋ぐ。
ワンボックスカーが曲がった交差点に差し掛かる手前、綾人はヘッドライトのスイッチをオフにする。このバンディットは初期型のため製造年度の法令上、消灯状態にすることができる。綾人は尾行なんて初めての経験で知識もセオリーなんてものも当然持ち合わせていなかったが、音や光で目立ってはいけないことぐらいは理解していた。エンジンも回しすぎないよう早め早めに高いギアに入れ、なるべく低回転で交通の流れに乗せていく。
赤信号で停止する際は尾行対象との間に最低1台以上の一般車両を挟む、交通量の少ない通りに入ったら見失わない程度に距離を離す。目立たないバイクの乗り方に加え、こういった細心の注意を払いながら綾人は追跡を続けた。
ワンボックスカーのウインドウガラスがフルスモークだったことも手伝い、綾人は気づかれることなく尾行を継続していた。途中何度も信号無視をする羽目になったり、一度もウインカーを使用しないで右左折を繰り返してきたが、これまた幸い警察のお世話にもなっていない。
その間ワンボックスカーは綾人たちの住む住宅街に始まり、車線の多い主要国道やバイパスを抜け、市郊外の開発途上の新興団地を通り過ぎ、さらに奥の山間部へと向かっていった。
腕時計をつける習慣がなく、スマホを失った綾人は正確な時刻は把握していなかったが、ここまでで1時間以上の時間がたっていた。
(どこまで行くんだ……?)
綾人はその先にあるルートや施設を思案するが、この辺の地理に明るくなくてもその先にまともな分岐も建築物もないことははっきりとしていた。道はどんどん細くなり、車線もなくなり、やたらと荒れた舗装の田舎道が続いている。それもやがて民家も疎らになり、完全な山道へとなった。それでもワンボックスカーは一向に突き進んでいく。
途中から街灯がなくなり辺りは完全な暗闇に包まれ、頼りになるのはワンボックスカーのテールランプのみであったが、綾人は執念で食らいついていった。暗いことに加え、道路はとうとう砂利道と化している。オンロードバイクの天敵でもあるこの路面は、ただでさえ不安定なだけでなく、ほかにもこの時の綾人を苦しめる理由があった。
音、である。普通に通り過ぎるだけでも小石が弾ける音が響き、ちょっと大きな窪みや勾配を超えるときにはどうしたってエンジンの回転数を上げざるをえない。
いくら距離を取ってはいても、これでは気づかれるのも時間の問題だ――と綾人がバイクを投げ捨て走って追いかけようかと腹を括る瞬間、ワンボックスカーが少しばかり開けた空間へと入っていった。どうやら砂利道はそこで終わっているらしい。走行音が変わっていたからだ。
それほど距離もないことや音を嫌った綾人はバイクのエンジンを切り、徒歩でその先へ向かった。
(暗くてはっきりしないけど、廃工場かなんかか?)
ワンボックスカーが入っていったのは小さな工場跡地だった。門も看板も朽ち果てているため詳細は不明だが、捨てられた重機や古いトラックが残っていた。目的のワンボックスカーは事務所跡のような建物の前で停車していた。
綾人は茂みや壁伝いに気付かれないよう慎重に歩みを進める。事務所跡入り口を確認できる位置に身を潜めたちょうどその時、車内から遼と楪が降りてくるのが見えた。さらに運転手らしき茶髪の男と、アパートで楪を引っ張っていた大柄な男もいた。
4人は連れ立って照明の灯る事務所跡に入っていく。どう考えても異常なその状況に、それを見つめる綾人は歯ぎしりを立てるしかなかった。




