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H.O.P.E.  作者: 杜崎ハルト
22/26

秘密

一週間ほど前に遡る。


速水遼は日も落ち切った閑静な住宅街を気怠そうに歩いていた。

右手には中身がパンパンに詰め込まれたコンビニのレジ袋を下げ、左手では数分前まで乗っていた愛車・XJR400のキーをクルクルと玩んでいる。

「ったく、あいつのアパートわかりづれえんだよ。コンビニにバイク停めてきて正解だったな」

何故こんな場所でうろついているのかというと、バイト先の後輩からの頼まれごとを仰せつかったからにほかならない。シフトの入っている自分の代わりに幼馴染に見舞いの品を渡してきてほしい、と。

(仕方ない。これも頼れる先輩ってやつには必要なことなんだろう)

引き受けたときとは打って変わって冷めきった感情で右手の袋を眺める。

正直、遼は気が進まないどころか面倒でならなかった。この青臭い茶番に付き合うことも、今の生活自体にもだ。やらなくてはならないことが、もっと優先すべき事項が、それこそ数えきれないほどあった。

この日バイトを早引きしたのだって、本来はそのやるべきことのひとつのために手間と時間を割く必要があったからだ。だが、抱えてる案件の進捗が芳しくない以上、環境を維持するためにはこういった回り道をするしか選択肢がないのもまた事実だった。

(もう一年半近くなるか…… 情けない話だな。お、あそこか)

星など見えない夜空を見上げ感傷に浸りかけたところで、上げた目線の端に目的地らしきアパート名が引っかかる。

コーポ中山。外見はお世辞にも綺麗とは言えない典型的な安アパートだ。そのボロアパートの1階角部屋101号室に荷物を届ければ、この退屈な使いっぱしり任務は終わりとなる。

とっとと済ませてしまおう、と遼は足早に玄関まで向かう。時勢に倣ってか表札の類は見当たらなかったが、おそらく間違っていないだろうとチャイムを鳴らす。

しかし、明かりは点いているのに反応がない。

「水瀬さーん、綾人の同僚の速水ってモンだけどいるかな?」

近所迷惑にならないように声量を調整したうえで、扉を叩きながら呼びかける。だがこれもまた、反応は返ってこない。

「もしもーし、預かり物があるからドアノブにかけとくよ。おっと!?」

施錠されていなかったのだろう。荷物の重さをかけられ扉が開いてしまった。遼はすぐさま閉めようとしたが、奥の室内の方向から微かに声が聞こえた。

――ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…………

正確には声ではなく、酷く苦しそうに呻くような呼吸音だった。

「!? ごめん、ちょっと入るぞ?」

綾人から体調を崩していると聞いていたし様子を見るとも言った手前、不躾なのは承知で無断で室内に入り込んだ。倒れでもしていたら大事だ、と元来持ち合わせていた親切心が体を突き動かす。

「大丈夫か、水瀬さ――!?」

リビングに飛び込んだ遼が見たのは、力なく座り込んで胸を押さえる水瀬楪の姿だった。バケツの水を被ったような大量の汗で髪も服も乱れ、呼吸はするのがやっとといった様子で、正常な意識があるのかどうかも怪しい。よく見ると口元や手元に血の滲んだような跡まである。

だがそのような少女の姿を目前にして、遼は介抱するどころかやけに落ち着いた様子でスマホを取り出し、電話をかけ始めた。

「俺だ。予定変更だ。詳細は追って連絡する」

明らかに119番ではない、簡潔な用件だけを何者かに告げた遼は、変わらず意識が混濁したままの楪に語り掛ける。

「クク、そういうことか。楽しくなってきたな、お仲間さん?」

水瀬楪の頭部には普通の人間には見られない、あるモノが存在していた。

鋭く尖った2本の角が、うっすらと輝いていた。

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