恐怖
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
絶叫とともに飛び起きたその場所は、見慣れたアパートの自室だった。
反射的に両手や顔がここに在ることを確認し、綾人はほっと一息つく。
背中は脂汗まみれで気持ち悪く、窓からそそぐ穏やかな夜風がえらく冷たい。
綾人の心理状態と相反するように、空も風も静かな4月の夜であった。
枕もとの目覚まし時計は音も立てずに2時55分を表示している。
何度目だろう。この闇に飲み込まれるかのようなおぞましい夢を見るのは。この夜に限った話ではない。結末はいつも一緒で、その度に同じように叫び声をあげ飛び起きる。この3年間、睡眠をとるたびにその恐怖が付きまとう。
「なんなんだよ一体……」
向ける対象もわからないのに悪態を吐く。
このまま汗まみれの体で寝なおしても風邪をひきかねないので、気怠げに浴室へと向かう。
夜中の3時ということで隣室への影響を考えなかったわけではないが、綾人は何よりもまずその汗を流してしまいたかった。悪夢の余韻ごと綺麗さっぱり消し去りたかった。
「ふぅ」
脱衣所兼洗面所からボクサーパンツ一丁で部屋へと戻り、肌寒い中小豆色に濃紺のストライプが入ったジャージに着替える。高校時代の体操着であり、市販品ではありえないような配色が施されているそれは、所謂イモジャというやつだ。使い道がないので寝間着代わりになっている。
髪も乾かさずベッドに再び横たわる。
考えるのは先ほどの、いや、これまでの悪夢のこと。
綾人は最近この夢に見舞われるペースがあがっているような気がしていた。2か月に1回、1か月に1回ときて、今や1週間に1回のペースで見ている。これが3日に1回、そして毎日見るようになってしまったら自分はどうなってしまうのだろうか、そう考えるだけで綾人は気が気じゃなかった。
何故こんな夢を見るのか、何故何度も繰り返し見るのか。
何度自問自答したかわからないぐらいだが、答えが出ることは決してなかった。
夢とは深層心理から構成されると言われていることから、綾人なりに自己分析を試みたこともあるが、なおさらわからなくなっていった。
何故なら、
高宮綾人には過去3年間以前の記憶がほとんどなかったからだ。