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H.O.P.E.  作者: 杜崎ハルト
19/26

自由

気づけば空はすっかり明るくなり、詩音に全てを預け泣きつくした綾人は、これまで秘めてきた自身のことについて初めて他人に話していた。3年前までの記憶が一切ないこと、定期的に身の毛もよだつ悪夢に苛まれ続けていること、進路がまるで定まらないこと、そして楪と仲直りするための切り口すら掴めていないこと。詩音に洗いざらい打ち明けた。

その間詩音は、先ほどのように横槍を入れることもなく静かに丁寧にその顛末を聞いていた。

見つめ返してくるその瞳に吸い込まれるかのごとく、溜め込んできたものがひとつ、またひとつと溶けていく。

最後まで聞き終えた詩音がようやく口を開いた。

「綾人、あなたが抱えてきたものは私が想像する以上の恐怖であり苦悩であり重荷であったことでしょう。なので、若輩で付き合いもほぼない私の口からではどんな内容であれ無責任で薄っぺらな言葉としか受け取れないかもしれません。その点を予め謝罪させていただきますね」

前置き替わり、予防線、安直な共感。かつての綾人であったらそれらのような悪い意味でしか捉えなかったであろう言葉。

しかしこの時の綾人は違った。

自分自身ですら他人からかけて欲しい言葉なんてわからないくせに、目の前の出会ったばかりのこの不思議な少女ならば、何か希望の糸口を与えてくれる、感情の負のスパイラルから抜け出せるかもしれないとどこかで期待してしまっている。

その期待は、決して間違ってなどいなかった。

「綾人、記憶があろうがなかろうがあなたはあなたなのだと思いませんか? むしろ、私は記憶が亡くなる以前のあなたのことを知りませんし、今目の前にいるあなたが高宮綾人という個人の全てなんです。このお気に入りの場所で出会って、こうして触れ合っている綾人をあなた自身が否定してしまうのは、なんだか……悲しいです」

思いもよらない言葉に綾人は衝撃を受けた。今の自分を肯定し、受け入れるなんてことはこれまでできない、しようとも思っていなかったことであったからだ。いつだって見えないかつての自分を求め、今を否定し続けてきた。目の前の少女は、そんな自分の存在を肯定してくれた。

「いいんですよ、あなたはそのままで。これから先ずっとそのままでいいわけではないと思いますが、まずは今の自分自身を肯定することから始めませんか。それから悪夢のことや楪さんのこと、そして将来のことのためにすべきことややりたいことを考え、選択し、ゆっくりひとつひとつ解決していきましょう。私にできることならそのための手助けもいたします」

「俺は、…………いいのかな?」

「繰り返しますが、いいんです。少なくとも私はそう思っています」

生きていても、このままでも、詩音の言葉を受け入れても、という複雑に絡み合った綾人の問いかけに、詩音は即座に答えてくれた。聖母のような、慈愛に満ちた優しい微笑とともに。

詩音は朝日を背にしていたが、逆光などお構いなしに輝いて見えた。

ーー光、か。

そんな詩音にすっかり絆され、綾人は僅かだが精神的な余裕を取り戻した。

余裕とともに気になることも浮かんでくる。

「どうしてそんなにきっぱりと言い切れるんだ?」

「少し、あなたが羨ましいからかもしれません」

「羨ましい!? 俺が?」

先ほどの肯定以上に予想だにしない言葉に、綾人は困惑する。

「考えてもみてください。今のあなたは、生まれにも出自にもコミュニティにもさらには自分の過去の行いや考え方にも、そのどれにも縛られていないんですよ。言い換えるなら、限りなく自由な存在だと私は思うんです」

「自由?」

「ええ。先入観や数多のしがらみもなしにしたいことを選べ、なりたいもの何にだってなれる可能性に溢れています。それが自由でなければなんだっていうんです? その気になれば神にも悪魔にも、阿修羅にだってなれてしまうような、そんな存在が」

「……ふっ、阿修羅か」

あまりに大げさな比喩に綾人は、彼女なりのジョークなのだと受け止めた。

「いえ、なれますよ」

そう言い切る詩音は、ほんの僅かに不敵な笑みを浮かべているように見えた。

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