未遂
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」
飛び上がるように起床した綾人の視界に入ったのは、見慣れた自室の風景だった。
いつぞやのように全身が脂汗に塗れ、口内は乾燥しきっている。夢の中での異常な光景がいまだに網膜に残っているかのようで、恐怖からくる震えが止めようとしても止まらない。
綾人は、全身の震えと浅く回数の多い呼吸を鎮めるため深呼吸を試みる。
「はぁ、ふぅ…… 少しは、マシに、なったか」
一先ずの落ち着きを取り戻せた綾人は、まだ暗い室内から夜が明けていないことに気付く。どうせこれから寝付けるはずがないだろう、と考え照明のスイッチを入れた。明るくなったその室内で目にしたものはこれまでの異変とは比較にならない、綾人が考えたくなかった仮説を決定づけるほどのものだった。
「嘘だろ………………」
そこには壊れたスマートフォンがあった。スマートフォンらしき残骸と言ったほうが正しいのだろう。その損壊っぷりは尋常ではなく、両サイドから猛烈な力をかけられ画面やバッテリーもろとも原型を留めないほどひしゃげている。バッテリーに圧力がかかったからか、発火か爆発の痕跡も見受けられる。
綾人は恐る恐る自分の右手を広げてみる。
「いよいよもって俺はまともではなくなったらしいな……」
手のひらには切り傷だったらしき新しい傷跡があり、言い逃れのできない証拠として寝巻代わりのジャージの袖に焦げ跡もあった。
「お前は誰だ、か。俺が一番知りたいよ………… ははは」
自嘲と恐怖と不安とたくさんの負の感情が入り混じった乾いた笑いが6畳一間に悲しく響く。
悲しく笑い続けていくうちに綾人に一つ、思い立ってはいけないある手段が浮かぶ。
全てを終わらせ解放されたい、ただその一心で綾人は、気づけば自らの喉に包丁を突き付けていた。
――こんなとき普通の人だったら、過去の思い出を思い浮かべたり、誰かに謝ったりするんだろうか。残念ながら俺にはそれができるほどの記憶すらねえや。
綾人は包丁の切っ先を喉に食い込ませながら、ふとそんなことを考えた。考えたところでむなしさが増すだけで、結局はこれから死ぬのだから意味はない、と自分に言い聞かせる。そのまま瞳を閉じ、両手に力を籠めようとした瞬間、とある人物の顔が浮かんだ。
「なんであいつが!? クソッ!!」
自らに3mmほど刺し込まれていた包丁を放り投げ、ジャケットとヘルメットを持ち部屋を飛び出す。
そのとき綾人の脳裏に浮かんでいたのは、思いもよらぬ人物であった。




