問答
「お前は誰だ?」
綾人は背後から呼びかけられた気がした。
振り向いても何もいない。ただ果てのない闇が続いているだけだ。
「……お前は誰だ?」
気のせいじゃない。今度ははっきりと聞こえた。
また振り向くがやはり、何者もいない。しかし、綾人は何かに見られている感覚だけが全身に纏わりついているようで気が気でなかった。
周囲を見渡す。意識を集中して見ると漆黒の闇は一辺倒ではなく、所々薄くなっていて黒色に見えることに気付いた。
――あそこに何か、いる。
綾人は直感で確信した。ただ、それが何なのかまではわからない。見つめていると底が知れない恐怖と嫌悪感が止めどなく溢れてくるようで、とてもじゃないが正気を保てそうにない。
再び、それは問いかけてくる。
「…………お前は誰だ?」
「聞きたいのは俺のほうだ! 意思があるのなら、姿を見せろッ!!!!」
震える口に鞭を入れ、あえて全方位に向けて叫ぶ。特定の黒に向けたものではない。
「……………………」
それは、綾人の擦れ気味の叫び声に反応することはなく暫しの間沈黙していた。
だが次の瞬間、
綾人は未だかつてないほど激烈な悪寒と、意識そのものを刈り取る寸前の脳内危険信号に襲われる。
――ヤバいヤバいヤバいヤバい。これはかなりマズいやつだ。
それでもやっとの思いで、恐る恐る、ゆっくりと周囲を見渡すと、
「お前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前はダレダお前はダレダお前はダレダお前はダレダお前はダレダオマエハダレダオマエハダレダオマエハダレダオマエハダレダオマエハダレダオマエハダレダオマエハダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダダレダ」
一帯を無数の赤い瞳に囲まれていた。
数十、数千、数万、意識すればするほど増えていくようなその瞳は鮮血よりも赤く、その一つ一つ全ての視線が綾人に向けられていた。数えきれない視線が、意思が、関心が、問答が、抜き身で繊細な綾人の精神をガリガリと削っていく。
「ぅぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
堪えきれず、両耳を押さえしゃがみ込む。
それでも一向に鳴りやまず聞こえ続けるその声に、このまま自分という存在が喰い殺されてしまうのではないかと綾人は思った。
――やめてくれ。こないでくれ。見ないでくれ
この地獄のような状況に終わりは来るのか、と自問し正気を保とうとそのまま蹲り続けてしばらくたった頃、綾人は目の前にまた別の存在を感じた。
見上げると、黒がまるで人の形をしていて何かを語りかけてきているようだった。
「……俺は、誰だ?」
顔などないはずのそいつが、ニヤッと笑っている気がした。




