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H.O.P.E.  作者: 杜崎ハルト
15/26

相棒

あれから5日がたった。

綾人は楪に謝るどころか、直接顔を見ることすらできないでいた。スマホからメールやメッセージを送ると返信はあるので無視されてるわけではないのだが、部屋まで行こうとしても楪は頑なに扉を閉ざしたままで、一言二言交わして会話を切られてしまう。声色に怒気や冷淡さが混じっているわけでもないので、綾人はますます混乱する。

「はぁ…………、参ったなあ」

「どうしたの? 便秘?」

「なぜそうなる……」

童顔の同僚ーー桐原真尋と並んでカウンターにしなだれかかっている綾人は、様々な方面へ向けた長い長い溜息を漏らす。agioは今日も平常運転。床屋と間違えた徘徊老人が一人、来店してきたのみである。

「それにしてもあの爺さん、髪もないのに床屋行ってどうすんだろうね。綾人もそう思わない?」

「………………はぁ」

ケラケラと笑いながらソーシャルゲームをやっているらしい真尋は綾人の憂鬱も露知らず、全国全世界の薄毛男性の逆鱗に触れかねないことを言い放つ。

「元気なさそうだけど何かあったの?」

「何もねえよ」

「そんなあからさまな溜息まき散らして何もねえよ、ってこともないでしょうに。話ぐらいなら聞くよ、相棒」

正直気乗りはしないが真尋の言い分はもっともで、この場合自分の態度が原因だ。面白半分心配半分の真尋の顔を横目で一瞥し、綾人は気怠そうに口を開く。

「今の俺には3つほど悩みの種がある」

「ふむふむ」

「まず1つ目は、喧嘩した楪と仲直りができていないこと」

「あー、あの元気な彼女さん?」

「いや、付き合ってはいない」

即答で否定した。

「まあそれは置いといてだ。おそらく俺に非があることだし、直接謝りたいんだが顔も会わせてくれない。どうすりゃいいんだよ……」

「それはかなり怒らせてるねえ。ほら、あれじゃないの? 記念日を忘れたとか。よくあるじゃん、付き合って○年記念とか」

「だから付き合ってるわけじゃねえって言ってるだろうが」

先ほどの否定をまるで聞きもしていないかのように、真尋は仮定で話を続ける。記念日のある無し以前にすべてを忘れてしまっているから今回はまったく関係ない、と綾人は内心自虐を入れる。

「それか、乗り気じゃないのに押し倒したとか? ダメだよ~綾人。例え付き合っていてもそういうのは合意が大事だって学科のギャルも言ってたよ」

「……………………」

おかしなこと言った?とばかりに目をパチパチさせる真尋を睨み付ける。こいつに話した俺が馬鹿だった、と綾人はこの話題を切り上げる。

「2つ目だ」

「ちょっと待って、まださっきの話解決してなくない!?」

「スマホゲーム片手のお調子者に相談してもあのままじゃ閉店までかかっても終わらなさそうだからだよ」

「え~、傷つくなあ。まあいいや。で、次は?」

「遼さんのこと。ここんところ店に来ていないんだよ」

楪に加え遼も、あの進路相談以来顔を合わせていない。あの日の夜、しばらく出勤できないから店のことを頼む、とだけメッセージが届いていた。

「あ、言われてみればそうかも。最近バイトしてても怒られてないから何か物足りないなぁと感じていたんだよね」

「え、なにそれ。引くわー」

突然のカミングアウトに綾人は真尋から1歩分距離をとる。

「違う違う、冗談だよ綾人。僕はどっちかというとS寄りだから」

「それも聞きたくなかった情報だよ……」

綾人は半歩、元の立ち位置に戻る。半歩だけ。

「話を戻すぞ。あの実質マスターと化してた遼さんがこんなに店を開けることがあったか? 俺らがここのバイト始めてからははじめてなんじゃないかなぁ」

「うーん、僕は綾人ほどシフト入れてないからなんとも言えないけど、綾人がそう言うんならそうなんだろうねえ。でも遼先輩だってプライベートな用事はあると思うよ」

「それはそうなんだが、最後に一緒だった日にあの人、求人誌読んでたんだよね。後輩の仕事探しで俺が辞めるわけじゃない、とは言っていたけどちょっと気になる」

「ふーん……」

突如、真尋の眼つきが鋭くなったような気がした。

「僕としては、どうせ客も来ない暇な喫茶店だし、遼先輩いないほうが好き勝手できていいけどね~。 先輩真面目だから、いるときにはこんなことできないもん」

綾人が一瞬感じた殺気じみた雰囲気は勘違いだったのか、真尋はいつものお気楽な表情で棚からトースト用食パンを取り出す。それを手慣れた動作で厚めにスライスし、これまた手慣れた動作でたっぷりとバターを塗り、家庭用と大差ないトースターに叩き込む。

「それに遼先輩がどこかしらかに就職するのはいいことなんじゃない? あんなに真面目で有能な人がこんなとこで燻ってるのはもったいないというか。あ、焼けた」

チーン、とトースターから焼き上がりの合図が鳴る。真尋は普段の業務中では滅多に見せない俊敏な動きでトーストを取り出す。同時に冷蔵庫にあった作り置きのタマゴペーストを贅沢に乗せ、仕上げに粉末のバジルを一振りし、気づけば美味しそうなタマゴトーストが完成していた。もちろん、これまで使われた食材はれっきとした商品である。

「だから気にすることもないと思うよ。辞めたら辞めた、で遼先輩の将来的にはいいことなんだろうし僕もこうやって美味しいトーストがタダで食べられる。辞めなきゃ辞めない、でこれまで通り楽しく仲良く働ける。考えるだけ無駄だよ」

「…………3つ目」

「ほぇ?」

アホ面の大口でタマゴトースト(商品)を頬張る真尋にしっかり目線を合わせて、綾人は最後の悩みの種を打ち明ける。

「尊敬する先輩に業務を託されているわけだが、同僚のサボりとつまみ食いが度を越している件について、だ」

「あー、なるほどねえ。それはなんというかその……」

やりすぎた、といった顔で真尋が固まる。口の周りに粉末バジルをつけたままで。

「期限近いものを食べる分にはかまわないって遼さんから許可もらってるけど、まだ新しくて単価高そうなもの食べまくってないか? なぁ、真尋」

「何卒、何卒ご容赦を…… 先輩に報告だけは……」

小動物のような震えた目で真尋が懇願してくる。

「はぁ、わかったよ。報告はしないでおいてやる」

「ありがとう、相棒!!」

抱きついてこようとする真尋を片手で制止しながら、綾人は一つだけ条件を出す。

「その代わり、と言ってはなんだが」

「店内すべて掃除でもなんでもします!!」

「それは当然として、その……俺にもそれ、作ってくれよ。バジル多めな」

出来立てのお手製タマゴトーストの魔力には、腹の虫が敵わなかった。

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