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H.O.P.E.  作者: 杜崎ハルト
11/26

行方

大事な幼馴染がいること、今までの付き合い方、そして今朝の出来事……。綾人は大雑把にではあるが自分と水瀬楪についてのこれまでを少女に話した。綾人が話している間、少女は一切横槍を入れることはなく、静かに頷き、視線を綾人から外すことはなかった。

「これで終いだ。付き合わせて悪かったな」

初対面の自分だけでも大概なのにさらにこの場にいない人間まで加えた身の上話はさぞ退屈であったであろう、と労いと申し訳なさを含ませた物言いで綾人は話を締めくくる。しかしそんな綾人の思いとは裏腹に、少女はどこかに気がかりを感じているのか何やら少しばかり考え込んでいるように見える。てっきり適当に聞き流されるものとばかり思っていただけにこの反応は予想外である。

「……ひとつ、よろしいでしょうか?」

カップラーメンが1人分出来上がろうかというほどの時間黙々と考え込んでいた少女が、ふと顔を上げた。こいつはそんなもの食べなさそうだな、と思ってしまったことは綾人もさすがに口には出さない。

「あなたが今悩んでいることを簡潔にまとめるのなら、『幼馴染との距離感を掴みかねてる』ということなのだと思います。それは間違いではありませんね?」

「えらくあっさりとまとめてきたな……。ただまあ、それで間違いではない」

「わかりました。そのことを確認したうえで申し上げますと、あなた方お二人の関係性に少々引っかかりを感じるのです」

そう言い切る少女の眼は、先ほど綾人に自身のことを話し始めさせる引き金を引いたものと同じ色をした眼になっていた。綾人は背中に冷や汗が流れる感覚をはっきりと感じる。

綾人には一つだけ少女に隠している、というよりもわざと話していないことがあったからだ。

3年前以前の記憶をすべて消失してる、という事実をだ。

綾人としてはこんなイレギュラーな事情を他人に話すことに気が進まなかった。原因を追究されるのは面倒だし、そもそもその原因すらも自身ではなにも覚えていないのだ。かといって憐れみを向けられるのも真っ平御免である。現に、数少ない友人と自認している遼や真尋にすらこのことは話していない。初対面の相手ならばなおさら、である。

「引っかかり、って何がだ?」

悟られぬよう、恐る恐ると聞き返す。

「そうですねぇ、あなた方のそもそもの付き合い方が私の知る『幼馴染』というものとズレがあると言いますか、少しばかり違うもののような気がするのです」

「ズレ?」

「幼馴染というのは幼少からの長い年月をそれぞれの成長とともに過ごし、信頼と親愛のもとに築かれた関係性であると私は考えます。ですがあなたの話す限りではあなた方は確かに仲の良い友人ではあっても、年月分の積み重ねたる信頼関係に乏しいと思わざるをえません」

「……そう判断した要因を教えてもらってもいいか?」

「あくまで私の感じたことを述べさせていただきますが」

少女は前置きがてら、綾人の両目を見据えて座りなおす。

「その水瀬楪なる方からは、何かしらあなたに対しての義理というか負い目を感じます。面倒見が良いだけでは済まされない、どこか強迫観念にも似たあなたへの干渉が見受けられます。交際をされていないのが不思議なくらいですね。そうだったとしても一般的な男女交際に置ける関係とはこれまた違うような気もしますが。一方、あなたは水瀬楪に対し信用や依存があっても、自身を委ねられるほどの信頼はないように思えます。自分のことを曝け出したくないという一心で相手の心情にあと一歩踏み込むことができていませんよね? 自覚されているかはわかりかねますが」

「……………………。」

ほとんど核心を突いてきていた。改めて言語化されたことで自分では解決できなかった違和感のいくつかが解けていく。だが、ほんの少し話した事柄から驚異的な分析力で話の穴を突いてくる少女に返す言葉が見つからない。なおも少女は続ける。

「ですが、あなたが嘘を言っているとも勝手な思い込みをしているとも思えません。仰る通りにあなた方は二人とも互いを幼馴染として認識しているのでしょう。でも、だからこそ腑に落ちないのです。もしかして以前、何か関係性に変化を及ぼすような重大な出来事でもあったのではありませんか?」

頭一つ分下の少女からじっと見つめられる。綾人は実際の距離よりも少女の顔がずっと近くにあるような錯覚を覚えた。その目は期待も憐憫も何色も存在しない、ただただ無色で奥底のしれない仄暗い鏡のように感じた。

「それは………………」

少女の眼に意識を吸い込まれそうになり、自身の一番触れられたくない生い立ちを、空虚でちっぽけな自分への言い訳を、寸でのところで口に出すまでになっていた。鼓動が早まり、顔が熱くなっていくのがわかる。

だが、そんな綾人が言葉を声に変えるその瞬間、

「構いませんよ。そのまま飲み込んでしまっても」

思ってもみない言葉が返ってきて、綾人は大きく息だけを吐き出し強張っていた全身から力が抜けた。後ろに回した両腕で体重を支えるように体制を崩す。空は相変わらず鮮やかな群青色をしていた。

「悪いな」

「いいえ、謝るべきは私のほうです。出会ってから間もないというのに出過ぎた真似をしてしまいました。気を悪くされたようでしたらお詫び申し上げます」

そう言って丁寧に頭を下げた少女の眼は、当初他愛もない会話をしていたときの普通の色に戻っていた。その様子を見てどこか安堵する綾人であったが、その安堵が口に出したくない自身の過去を話さずに済んだからなのか、少女の不思議な眼差しが収まったからなのか、今となっては綾人本人にもわからない。

「それにしても、君はすごいよ」

「なにがですか?」

「悔しいが君の言うことはおそらく正しい。あれだけしか話していないってのに俺よりも楪のことがよくわかっているな、って。君に言われてはじめて気付いたことがあった。そして……俺のことも」

――結局のところ俺は何も知らなかったんだ。知ろうともしていなかった。

綾人は心の中で呟く。

 「最初に言ったじゃないですか。私、人を見る眼には自信があるって」

「そうだったな。降参だよ」

少女は少しばかり誇らしげにウインクをして見せるのだが、慣れていないのだろう。いまいち決まっていない。それがおかしくて仕方なかった。

綾人がそんな風に思っていることに気付いているのかそうでないのかはさておき、少女は一転してどこまでも穏やかで優しい声色で語りだす。

「人との付き合い方や、ひいては自分自身のことを深く知るというのはとても難しいことです。誰しも自分だけでは気付けないことがたくさんあり、気付けないのは決して恥ずべき事ではありません。大事なのは気付こうと、知ろうと行動することだけなのです」

「俺は…………どうすればいい?」

大事な部分を話さずに行動の指針だけを請うなんて都合のいい話だってのはわかっている。それでも綾人はこの少女ならそんな愚かな行いをする自分でも受け入れてくれると、何か大事な助言をくれるのではないかと、信じてしまっていた。

「彼女、水瀬楪のことをしっかりと見てください。向き合うことから逃げないでください。その目で、その心で有りのままを見てください。それだけです」

ほんの少し、しかし綾人が必要としていた言葉がそこにあった。

その内容をしかと心に刻み付ける。指針は決まった。具体的にやるべきことはそこから考えろ、というメッセージも確かに受け取った。

「……ありがとう。話してよかった」

「そう言っていただけるのであれば幸いです。あら、もうこんな時間でしたか」

少女は左腕につけたシンプルだが確実に高価であろう腕時計に目をやる。

綾人も、同じくシンプルではあるが値段としては桁が三つは違うであろうメーカー不詳のデジタル腕時計を見ると、いつの間にか正午も間近になっていた。

「偉そうなことを語るだけ語っておいてなんですが、私、所用がありまして。これにて失礼させていただきますね」

ペコリ、と小さなお辞儀をして少女が公園出口に向かっていく。緩やかだが堂々とした歩みで少女の後ろ姿が小さくなっていく。

「綾人。高宮綾人だ!! 君の名前は?」

少女が出口へとあと数メートルというところで綾人は大きく声を張り上げた。言わずにはいられなかった。少女の足取りが止まったのを確認した瞬間、返答を待たずして綾人はなおも叫ぶ。

「また会えないか?」

綾人の懇願にも似た叫びに対ししばしの間を置いたのち、

「……詩音、とお呼びください。また会いましょう、綾人」

振り返った詩音は風に吹かれながらも、優しく微笑んでいた。

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