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コープスホワイト  作者: 右中桂示


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7 死霊術の真髄

 その場所には動物の骨や乾燥した植物に奇妙な色の液体、様々な魔術道具がところ狭しと並んでいた。デュレインが初日に少女を運び込んだ場所とはまた別の狭い部屋である。

 ただでさえ怪しげで雑多な空間。今は更に固い物が擦れる音や湯の沸騰する音、それに話し声が満ち、情報の混迷具合を強めている。


「なあ、クラミス。今朝ここに呼び出す必要は無かったであろう。つまり目的は他にあったのだ。と、なれば、だ。もしや……昨日からお主ら、自分で遊んではおらぬか?」

「気のせいですよぉ。私達が若で遊ぶだなんて、そんな失礼な事する訳ありませんってぇ」

「ならば何故、ここからの通り道で丁度……あの、生者、と鉢合わせたのだ」

「偶然とは恐ろしいものですねぇ。本当にぃ」


 不機嫌な顔のデュレインと、薄気味悪い笑みを浮かべる長い髪の女生屍(アンデッド)が会話をしていた。お互い別々に薬の調合作業をしつつ、背中合わせで。


 相手の名はクラミス。彼女は生前から魔術師であり薬師だった。現在は生屍でありながら死霊術師の助手を務める。昔から悪戯好きであり、幼いデュレインにとっては苦手な人物だった。


 その当時と変わらぬ、白々しい態度のクラミス。一旦手を止め振り返り、怪しむ目つきで睨んでいたデュレインだが、ふと溜め息を吐くと表情を和らげた。


「まあ、よい。今度こそ、客人用の薬が完成したというのは本当なのだろうな?」

「勿論。私、嘘は吐きませんよぉ」

「では治るのだな? 単なる対症療法ではなく」

「それも勿論ですよぉ。理論上はぁ」


 クラミスは自身の作業を続けながら、背中で語った。口調は軽いが、キッパリとした断言。

 これなら信用出来る。そう判断したデュレインは口元を緩め、嬉しそうに頷いた。 


「ならばよい。あとは……」

「あとは、若にお願いしますねぇ」

「たのんっ!?」


 クラミスが指示に割り込こんだ直後。デュレインは床に屈み、口を押さえて悶えた。顔を歪めて苦しむその姿は非常に痛々しい。豪快に舌を噛んだらしかった。

 彼は慌てて探しだした痛み止めの薬瓶を一気にあおり、万全の状態で叫ぶ。


「クラミス、何故自分なのだ!」

「生屍の私では無理ですよぉ。怖がらせたら逆効果ですもぉん」

「では婆やならばどうだ!? 昨日は怖がっておらんかったぞ!」

「それは見かけの話でしょおぅ。実際は怖がっていても、気を使って隠していたのではありませんかぁ? だとしたら余計な負担をかける事になりますよぉ?」

「ぬ……いや、しかし……ぐぬぬ……」


 相手の意見に一理あると思ったのか、デュレインは反論出来ないでいた。

 だから、ただ睨む。恨めしそうに、歯ぎしりも混ぜて睨む。

 するとクラミスが振り返った。好ましくない視線を真っ向から浴びつつ、薄ら笑いを浮かべて彼女は喋る。


「いいですかぁ。あの方を救えるのは若だけなのですよぉ。ここは上に立つ人間の矜恃を見せるべき時なのではぁ?」

「…………む……むむ……仕方あるまい。ただし時間が必要だな。心の準備をせねば……」


 覚悟を決めたのか、決めていないのか。情けない内容を呟くデュレイン。深呼吸を繰り返し、その時へと備える。

 それをクラミスは生暖かい目で見守っていた。冷たい生屍であったが、見守る目だけは。


 そんな折に小気味いい音。

 コンコン、と遠慮がちに扉が叩かれた。


「あの、クラミスさんっ。薬草を届けに来ましたっ!」


 サンドラの声だ。

 虚を突かれて心臓を跳ねさせていたデュレインだが、慣れた存在と知って安心する。そして心の準備を再開。


 するのだが、ふと今朝の食堂であった話を思い出した。彼女が世話する中庭には確か――


「それと、アリル様がお話をしたいとっ!」

「はい、どうぞぉ」

「っ!」


 クラミスの許可は迅速に過ぎた。状況を把握したデュレインが身構える隙も無い。

 すぐに扉が開き、生屍のサンドラとスタンダー、それから二人の前に立つ生者の客人、アリルが姿を表す。


「あれっ? 若様?」

「え?  何故ここに……」


 サンドラとアリルは分かりやすく驚きを示した。その反応からすると、本人達は知らずに来たらしい。彼女らの背後にいるスタンダーだけは動じていなかったが。

 もともとここはクラミスの作業部屋。朝の出来事から警戒し、デュレインが避難してきただけなのだ。


 偶然。否、誰の陰謀か。サンドラとは思えない。婆やとクラミスだ。間違いない。

 となれば助けは期待してはいけない。頼りは自分一人。

 素早く頭を巡らせて全てを把握したデュレインは覚悟を決めた。決めざるを得なかった。こうなったら準備も何も無い。

 大袈裟に深呼吸し、気合いを入れるべく大声を張り上げる。


「クラミス、例の物を!」

「とうぞぉ。こちらですぅ」


 過剰な程に恭しく、クラミスは薬を渡してきた。器に入った、湯気のたつ薄い黄緑色の液体である。

 それを掴んだデュレインは扉の外で棒立ちになっているままのアリルへと、勢いのままに声をかけた。


「ささささあ! こる、れを飲むのだ!」

「え? ……あ……はい。飲めばよいのですね?」


 差し出した器を、アリルは戸惑いつつも素直に受け取り、素直に飲んだ。使命はあまりにもすんなりと終わった。

 期待に満ちた表情でデュレインは尋ねる。


「ぐ、具合はどうだ?」

「え?」

「ああ、いや。すぐに効果は出ぬか。しかし安心するのだ。お主の病はこれで治る、はずだぞ」


 そこで限界だったのだろう。彼の視線はだんだん下がっていき、最後には床を見ながら話していた。

 だから、事態の変化が見えていなかった。


 彼以外は皆、微妙な空気の中に佇んでいた。

 アリルはぱちぱちと瞬きを繰り返す。小さな驚きと戸惑いの顔。デュレインとクラミスを交互に見比べ、かけるべき言葉を探しているようにも見えた。

 サンドラとスタンダーは同情の視線を主に送る。何かを察しつつも黙っているようだった。

 妙な沈黙が支配する中、口を開いたのはクラミス。生屍の固さはあるが意地の悪い人を食ったような笑顔で、床を見るデュレインに言った。


「若ぁ。先程の物……確かに薬用としても効果はありますぅ。しかし正確に言えば薬ではなく、ただのハーブティーなんですよぉ」

「なんと!?」

「あとぉ、アリル様は最初から病ではありませんよぉ。単に辛い事を思い出しただけなんですぅ。ですよねぇ、アリル様ぁ?」

「あ……ええ。その通り……です」

「なはんと!?」


 声が裏返ったデュレイン。本気の驚愕だった。

 それから立ち直ると、眉に皺を寄せ、剣呑な表情でクラミスへ詰め寄り抗議する。


「お主、嘘は吐かぬと言ったばかりではないかっ!」

「嫌ですねぇ。そんなの嘘吐きの常套句じゃないですかぁ。一番信用してはいけない台詞ですよぉ?」


 明かされた裏切り。二日続けてまたしても。

 絶句。ただただ絶句。

 デュレインは絶望の縁に立たされた。

 ゆっくりと後ろを向き、フラフラと部屋の隅に歩いていって丸まった。哀愁の漂う背中である。


 クラミスはそんな彼を放置。家主に哀れみの視線を向けていた客人へ顔を向ける。


「アリル様、これでお分かり頂けましたかぁ?」

「……えっと、何の話でしょうか?」


 油断していたようで、答えには間があった。話題に理解が追いついていないようだ。

 だからクラミスは、彼女を落ち着かせるように優しい声音を用いた。


「若の人となりですよぉ。死霊術師なんてのはただの肩書きですからねぇ。本質は人一倍臆病で寂しがりで、でも人一倍他人を心配して自ら墓穴を掘ってしまう。そんな、とても面倒で子供のようなお方なんですよぉ」

「おいお主、自分をそのように思っておったのか?」

「あらぁ、ご存じありませんでしたぁ? 昔からずっとこの評価でしたよぉ? そこの二人も含めてぇ」


 素早くデュレインの首が回る。突然話を投げられたスタンダーとサンドラに注意が向けられていた。


「あははは。確かに年の離れた弟みたいには思ってましたけどね」

「こ、子供のような純真さは悪い事ではありませんっ。むしろ美徳ですよっ!」


 二人の評価も褒め言葉とは呼べないものだった。それを聞いたデュレインは目も口も大きく広げて硬直する。

 衝撃的な事実を知った。そんな顔である。


 アリルは気の毒そうな表情をしつつも、納得したように頷く。


「……確かに。とても恐がりで純粋で、そしてとても優しい方ですね」

「それが、死霊術師としての何よりの素質なのですよぉ」

「え? そうなのですか?」

「意外でしたかぁ? 死霊術は確かに恐ろしく、おぞましい邪術だと思われていますからねぇ。事実そういう使い方をする者もいますぅ。ですが、原初の、そして若の死霊術は違うのですよぉ」


 語るクラミスの目付きと口調が、真剣味を帯びる。


「死に目に立ち会えなかった家族や友人に看取る機会を。遺言を残せなかった方に残す機会を。それが、開発者の出発点でした。決して邪術などではありません」


 歴史の中で悪用する者が現れ印象を歪められたが、それが事実。始まりは神聖な役目ですらあった。


「誰よりも(おわり)を嫌い、憎み、(いと)い……それ故に歪んだ形であっても(つづき)を望む。それが、死霊術の本質なのです。初めに貴女を生屍にしようとしたのも、『寂しい最期で終わってほしくなかったから』なのですよ。寂しいから住人を増やしたい、という願いもありましたけどぉ」


 クラミスは語り部のように語り口を工夫しながら続け、最後には茶化して締めた。

 当のデュレインとしては寂しいからの部分を訂正したかったのだが、照れよりも真面目なクラミスの違和感が邪魔して口に出せなかった。


 一方でアリルは微笑み、しっかりと頷く。


「……理解しました。あの方は私が死ぬ事を拒絶していると思っていましたが、正しかったのですね」

「はいぃ。ですから、どうか恐れず避けず、若と仲良くして下さいねぇ。貴重な、生屍以外の友人としてぇ。これはお姉さんとしてのお節介ですぅ」


 生屍からのお願いを受けたアリルは沈黙し、じっとデュレインを見つめた。優しげな、温かい表情で。

 しかし、未だに生者に慣れていない彼は面白いように動揺した。


「な、ななんだ? そう見るでない! クラミスも何を言うのだ!?」

「あらぁ、アリル様ではお嫌ですかぁ?」

「嫌、ではないが……まだ心の準備がっ!」

「では、こう致しましょう」


 見かねたアリルは部屋を出ていった。扉も閉じられ、完全に姿が見えなくなる。

 そして扉の向こうから声が届いた。


「私には事情があり、恩もあります。しかし出来れば、それらの関係無くただの友人として……よろしくお願いしますね。デュレイン殿」


 配慮からだろう、妙な形での発言。

 デュレインは複雑な顔となった。クラミスをちらりと見れば「嫌ではないのですよねぇ?」と言いたげな顔をしている。無言の圧力は実に苦しい。

 だからまずは深呼吸。そして答える。


「……あ、う、自分…………………………うむ!」


 なんとかそれだけを形にした。気の利いた事を言いたかったようたが、思いつかなかったらしい。とにかく彼女に応える事で必死だったのだ。


 だからやはり、後ろでクラミスが生屍にしては最大級に笑っている事には、気づいていなかった。

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