エピローグ2 セオボルト
このところセオボルトが城内を歩けば、警戒心に引っかかる出来事が頻繁にあった。
とはいえ危険なものではない。
好奇の視線が不躾に刺さり、噂の声がひそひそと聞こえるだけだ。ならば問題にする必要もない。
そう己に言い聞かせ、うんざりする内心を強固な意思で覆い、鉄面皮を被る。
社交の場では必須の技能だ。
今も地位ある貴族を前に、完璧な対応をとろうとする。
「ソーンザイク卿。本日はお時間を頂きありがとうございます。こちらは私の娘でしてね。是非ともお近付きになりたいと言って聞かなくて」
「申し訳ありませんが。私には既に……」
誘いを固辞しようとしたところ、当の娘が割り込んでくる。
「いいえ。貴方には是非、武勇伝をお聞きしたいのです!」
目をキラキラと輝かせ、身を乗り出して話をせがむ令嬢。礼儀も気品もなく興味津々なままに振る舞う様はいかにも年頃の娘といったところ。
だとしてもやはり固辞するしかない。
「残念ですが、詳しくは話せません」
「分かっております。分かっておりますとも! ですから内密に」
「どうあっても話す事は出来ません」
「ええ、ええ! 秘密の関係ですものね!」
「言っておきますが、あくまで忠義ですので」
「分かっております。分かっておりますとも! ですからここだけの話で、どうか!」
話を逸らそうとしてもはぐらかそうとしてもグイグイとせがんでくる。その目の輝きが求めるのは、単なる武勇伝ではない。事実と異なる噂だ。
なんとか聞き出そうと強引に迫られ、勝手に膨らませた期待で盛り上がられている。
だとしてもセオボルトは、彼女の父が引き剥がすまで断固として拒否し続けた。
ろくに話を聞かずにいた令嬢には、あまり効果がなかったようだが。
「全く……」
話を終えたセオボルトはしかめっ面で溜め息を吐く。
これで何度目だろうかと呆れつつ、逞しい想像力には感心すらする。
王女スノウリアは継母の陰謀を暴き、アリルと名を変え生きている。
市井には偽りの顛末を公表したが、陰謀の真相は地位ある者達の間では公然の秘密だ。堂々と話題には出来ずとも密やかに情報共有や推測がされたいた。
そこから更に尾鰭がくっついて広まっている。
かつての王女は愛し合う騎士と共に陰謀を打ち破ったのだ、と。
セオボルトも実際に活躍はしたが、一番の功績である死霊術師の存在は薄くなるか省かれている。
その方が物語として美しいから、だろう。
彼の名誉と己の矜持の為に、手柄の横取りはしたくない。
が、機密であるが故に、表立って訂正も出来ないでいた。
そして、当の王女──魔術大臣になった彼女にもこう言われていたのだ。
『この件は肯定も否定もせずにいてもらえませんか』
噂を報告したところ、そう頼まれた。
何故、と問えば、困った風な顔で説明される。
『言ってしまえば囮になるでしょうか。ただでさえ人に慣れていない方です。淑女の噂話の的になっては落ち着かないでしょう。しばらくは引き付けてくれると助かります』
その言に納得はした。
強かな方だ。利用するものは遠慮容赦なく利用する。
海千山千の高位貴族と渡り合い、宮廷魔術師の予算を確保する話術と胆力は既に有名。
これも、その一端か。
ただ、大臣の命と言えど素直に頷けない理由があった。
セオボルトには一族の領地に婚約者がいるのだ。
『はい、存じています。ですから無理強いはしません。婚約者の為にキッパリ否定したいのならばその意思を尊重します』
穏やかに、目を見つめながらの発言。
あくまで命令ではないと強調される。
だが騎士としては断れる訳もなかった。
『承知しました』
一礼して許諾する。
義務感ではなく、厚い忠誠心によって。
彼女の言葉を思い返して決意を改めたセオボルト。
再び、しかし今度は穏やかな顔でそっと溜め息を吐く。
「この程度は喜んで引き受けますとも」
事件の渦中にて、再会した時の事を思い出す。
追手から隠れ、偽装を施し、協力者と話し合い、ようやく辿り着いたエボネールの町中。
見つけた王女スノウリアは、別人のようだった。
変装の為に変えた髪と瞳だけではない。やつれた顔には少し生気が戻り、なにより笑みがあったのだ。
久方振りの、人を見惚れさせる美貌の面影。
逃走時には常に沈鬱とした表情だった。それが当たり前だと思っていたが、そうではなかった。
自分は命を救えても、心を救えていなかったのだ。
救ったのは彼らだ。
そう、あくまで彼ら。彼一人の手柄ではなく、屋敷の善き死者達も含む。本人もよく分かっているだろうが。
適材適所。
セオボルトは、彼女の前に立って護衛する事なら出来るだろう。
隣に並び立つとしたら、彼だ。
今はまだ、実力も心構えも未熟ではあるが、いずれは似合うようになるべきだと考える。
「……一刻も早く進歩してほしいのだがな」
それがひいては、この国の、そして彼女の為にもなる。
だから彼は、当分の間茶番に付き合う覚悟をするのだ。




