エピローグ1 アリル
ここからは後日談です。
もしよろしければもう少し彼らの物語をお楽しみください。
庭園には美しい花々が咲いていた。可憐な蝶が舞い、日差しも心地良い。
更には紅茶の香りが漂う。茶菓子も綺麗に並んでいる。
幸福な空気に満ちたお茶会が開かれていた。
父王の崩御から始まった継母の陰謀を、死霊術師や近衛騎士と共に乗り越えたスノウリア。
魔術大臣のアリルとして新たな人生を歩む彼女は今、このお茶会を心から楽しんでいた。
「素晴らしい香りですね。これ程の良い茶葉は久しく飲んでいませんでした」
「はいっ。姫とのお茶会ですからね。とっておきです!」
「ふふっ。もう姫ではありませんよ」
「あ! 失礼しましたっ!」
「しかし今は貴女と二人。ならば久し振りに聞くのも良いですね」
「ありがとうございます姫!」
お茶会を共にする相手はウェンシィ。由緒ある貴族の娘だ。
王家とも懇意であったのでアリルとは幼い頃からの友人である。
騒動が解決し、その後の処理も落ち着いて、今ようやく再会。以前そうしていたように幸福な時間を過ごしていたのだ。
様々な苦労から解放されての一時は格別。
庭に癒やされ、お茶を味わい、お喋りに花を咲かせる。
そうして盛り上がってきた頃、ウェンシィの笑顔から、感極まって涙が溢れる。
「……本当に、良かったです。本当に。またこうしてお茶をご一緒できて」
「私もです。私も貴女とお話したいと思っていました」
「よくご無事で……」
「貴女こそ、私を庇って辛い目に遭っていたそうですね」
「そんなのっ! 姫と比べたらなんでもありませんっ! ……それに、夫も加担して……」
ウェンシィが立ち上がり、悲痛な表情で声をあげた。
ずっと抱えていた罪悪感が堰を切ったように溢れ出したようで、空気が沈む。
ウェンシィは将軍ラングロードの妻である。
年の離れた政略結婚ではあったが、話を聞くに元から憧れはあったらしく彼女としても乗り気だったようだ。騒動以前から時折夫婦生活の話も聞いていた。
そして将軍は、先の争いで容赦なく立ち塞がった人物である。
「……私のせいで敵になってしまって」
「何を言うのですか」
「だって、将軍が姫を囚えて……」
「あの人は、城の人間全てに呪いをかけていました。将軍も仕方がありません。それより、貴女が無事で良かった」
「……ですが……いえ、はい」
励まそうとしたが、力なく俯いて落ち込むばかり。
将軍が敵対したのは人質ではなく、呪いの影響だと結論付けていたが、ウェンシィの話しぶりではどうやらそれだけでもないらしい。
だとしたら否定し過ぎるのも良くない。
アリルは慎重に尋ねる。
「なにかあるのですか?」
「将軍は、多くが姫の敵になっても変わりませんでした。最初は苦言を呈していたのです。でも、私が目をつけられると、急に態度が……。だから私の責任なんです」
詳しい流れを聞いて、把握。
魔術、呪いについてはある程度学んだ。
だからこそ、彼女の考えは思い込みではなく筋が通っていると納得する。
「将軍は強き方。呪いを跳ね除ける程の精神力を持っていました。しかし実際、彼にも呪いの影響があったようです。貴女を人質にされて動揺したせいで呪われた、と考えているのでしょうか」
「……そうとしか思えません」
戦闘では死霊術を跳ね除けた所を見ていた。確かに思い返せば、処刑寸前の発言にもそういった意図があったし、彼なりの信念を感じた。
推測は正解と思える。もしウェンシィが大人しくしていれば将軍は正気のままでいられたのかもしれない。
しかし、だからどうしたというのか。
ふっ、とアリルは優しく微笑む。
「安心しました。将軍は優しく妻思いの方なのですね。羨ましい限りです」
「え? いえ、あの……」
「ですから、もっと幸せなお話を聞かせてください」
「…………はい!」
過去の原因の追及は望んでおらず、ただ、温かな未来が欲しい。友人の曇った顔は見たくない。
その気持ちが伝わったか、ウェンシィは再び明るい笑みを見せてくれた。
手を合わせて、若干のぎこちなさはあれと喜びを表す。
表情がコロコロ変わるのは友人の好ましい一面だ。隣にいて心安らぐ。
ただ、すぐにまた不満げに顔を曇らせてしまった。
「……いえ、でも、あの人はあれからまともに顔を合わせてくれないのですよ。口数も少なくて。あったとしても必要な事を一方的に言うばかりで」
「……それは、もしや気恥ずかしいだけなのでは? 貴女への愛情で精神が揺らいだと気付いてしまって」
まるで初心な少年のような態度。
長年武に邁進しており急な出世から社交界へ出るようになったと聞くから、女性との経験が浅いのだろう。
そう言うとウェンシィはからかうように笑った。
「ふふふ。それが本当なら将軍も可愛いところがあったのですね。少し強引に誘ってみましょうか」
「はい。殿方は意外と意気地なしですから」
遠慮ない物言いはこの場での特権。女子のお茶会とはかしましいものだ。
あの森のお茶会でもそうだった。
寒くとも温かみのある彼女らとの一時は、絶望的だった心を支えてくれた。既に懐かしさすら感じる大切な思い出だ。
そしてアリルは違う人物も思い浮かべていた。
この話題は、まるでデュレインだと。
思い出して、自然と口元に笑みが浮かぶ。
それをいいように解釈したのか、祝福するように瞳を輝かせた。
「まあ! 良いお顔ですわ。姫も良い殿方を思い出されているのでしょうね!」
「そう……なのでしょうね」
アリルは躊躇いがちに肯定する。
意識はしても確信は弱い。
好感はある。ただ、期待するような甘さは、まだなかった。
今は深く考えられない。
好意が、恩や尊敬ではなく恋心だという実感がないのだ。
だからニヤニヤと興味を向けられると、ツンと返してしまう。
「まあ。姫こそ照れてらっしゃって」
「あまりからかうと怒りますよ?」
「ひゃあ! 許してくださいまし!」
友人同士の他愛ないお喋り。
ふざけ合うのは絆の証拠。
政治闘争から離れて気ままに過ごせるのは、やはり貴重な時間だ。
「……やはり、自由に語り合えるのは良いですね。立場上言えない事があるのは窮屈でした」
「うふふ。やはり立場を捨てる決断は、自由に殿方を選ぶ為でもあるのですね!?」
またこの話題を繰り返されたが、否定はしない。
確かにその意図もあったのかもしれない。
ならば避けられないか。
先達に助言をもらおうと思い直し、しかしその前にウェンシィが、言う。
「姫と騎士との逃避行、秘密の関係、まさに叙事詩そのもの! 憧れますわ!」
「……………………はい?」
自らの思いとはまるで異なる言葉に、呆けた声しか出なかった。




