33 屍と鋼鉄
「己は、呪う」
前を見据えるのは、暗く冷たい、生気の薄れた瞳。
しかしそこには確かな闘志も宿る。強固で静か、武骨な鋼のような佇まいだ。
相反する性質を重ね持って、セオボルトは雄々しく騎槍を構える。重要な相棒を失おうと、未だ心は折れていなかった。
それは歴戦の将にも伝わったらしい。ラングロードの目つきが鋭くなり、警戒からか威圧感も強まる。
「ふむ……虚仮威しではないようだな。見せてみよ、呪いの力とやらを」
「言われずとも」
その台詞を合図に、戦闘が再開。
石畳を蹴り、セオボルトの突撃。一人である今、余計な回り込みはしない。ただ真正面から前を睨んで突き進む。
愚直な騎士を迎えるのは豪傑の斧。強風を従え、厚い刃以上の圧力を持って迫る。
それを前にしたセオボルトは防御姿勢。
立てた槍を盾代わりとして左に構え、反対の腕を添える。腰を落として衝撃に備える。
互いの武器がぶつかり合った。
激しい音が響き、人が飛ぶ。踏ん張りきれずに激しく転がされるセオボルト。
しかしすぐに起き上がり再度駆ける。曲がりへこんだ槍を、ただ一つの武器として。
間を置かずに再び両者は接触。
先程と同様の豪快な迎撃があり、同様の消極的な方法で防ぐ。即座に立ち上がる所も同様だ。
そして三度目。
またも同じように一直線な突撃。無意味な繰り返しでしかない。しかし彼は真剣な顔つきで戦っていた。
そんな期待外れの手応えが不可解なのだろう。
怪訝な表情でラングロードは問う。
「いつまで出し惜しみを続けるつもりか」
続けるならば――
その続きは、変化した構えが、気迫みなぎる表情が示していた。
「……っ!」
大きく振り上がった長柄斧が真上から切り下ろされた。対抗して横向きに掲げられた槍を襲う、重い一撃。
鈍い音がして広場が揺れる。
セオボルトは石畳へと虫けらのように叩きつけられた。
逃がせなかった衝撃をまともに受け、損傷が酷い。なんとか刃は防いだものの、右腕がおかしな方向へ曲がっている。無理に受けた際に骨が折れたのだ。
絶望的な状況である。
それにもかかわらず、まだセオボルトに戦う意思は残っていた。足裏でしっかりと地を踏み締め、折れた腕で無理矢理騎槍の柄を握る。
「終いだな」
しかし足掻く若騎士を見下ろすのは冷ややかな、失望を示す視線だった。
正当な評価で現状を突きつける。
決してもう戦えはしない。生かして捕らえようという判断か。ラングロードは柄を返し、石突を向けている。
だから彼は、攻撃への反応が遅れてしまった。
「いえ、この程度で終わる訳に参りません」
気炎万丈。
勇ましく応え、セオボルトが反撃に移る。
屈んだ姿勢から膝のばねを活かして一気に跳び上がり、初めに傷を与えた右肩へ突きを繰り出した。上手く不意を突けたか、流石のラングロードもただ受けるばかり。
その機を逃さずセオボルトは更に強く踏み込む。命中した槍を押し込み、傷口を深く抉る。遅れてラングロードが石突を突きだしてきたところで体を回転させるように引く。
引いて、溜めた力を再び放った。
これもまた悪足掻きでなく、しっかり力の乗った攻撃。冷たい空気を貫いて槍が進む。
しかしこれはラングロードが斧で受け、力業で弾く。そして切り返してもう一振り。それを見極め、素早く後退してセオボルトは避けた。
距離をとって、両者は対峙。
その片方は無理に構える歪な姿勢だ。セオボルトはやはり右腕が折れている。本来ならば先程のような攻撃を繰り出せるはずはない。
勿論そこに理由はある。
「そうか。貴殿、呪いとやらで……生きたまま生屍になりおったか」
ラングロードはからくりを察した。
正解を言い当てたその顔は相手を評価する称賛の笑み。失望は既に消え去っていた。
無力な騎士ならば死んでしまえ。
煮えたぎるような思いが作り出した、無理を通す為の呪い。
骨が折れようと血を失おうと、目的を果たす。魂さえ折れなければいつまでも戦える体を得る術。
勝ったところでその後の生死は一切考慮していない、術者を破滅させかねない呪いである。
「貴方に勝とうと思えば、この程度は必要でしょう」
「良い覚悟だ。それでこそあの姫君の騎士よ」
二人は言葉を交わし、そして鋼を交わす。
絶え間無い金属音。銀色の嵐が荒れ狂う。
痛みも疲労も躊躇も無い。セオボルトは転げながら無理矢理に防ぎ、肌を裂かれながら無理矢理に攻撃をねじ込んでいく。
ただ、この体であっても依然劣勢。
セオボルトはともかく、ラングロードにも負傷の影響がほとんど見られない。あるにはあるが誤差程度で、常人を凌駕した戦闘を続けている。
やはり、まだ足りない。勝利には預かった魔術が必要だ。
一度退き、左手で小瓶を取り出す。
そして光を放った。死霊術師に比べれば弱いが、至近距離で一人の目を眩ませるには充分。
事実ラングロードは目を閉じた。短い機を掴むべく、セオボルトが石畳を蹴る。
しかし、
それでも構わずに振られる長柄斧。
経験のなせる技か。視覚に頼らずとも正確な間合いでの、理想的な迎撃だった。
それこそがセオボルトの狙い。
これまでの戦闘の間に、彼もこの距離感は掴んでいるのだ。
目測で望む位置へ。踏ん張り身を仰け反らせ、中身の詰まった袋を掴む手だけを伸ばした。
空気が荒れる。
飛び散る鮮血に、赤黒い粉末。斧が抵抗無く、掌と袋を上下に切り裂いた。
風圧に崩れた体勢を、左手から血を流しつつ立て直す。
その間に切り返され、再び命を刈らんと迫る斧。それはべったりと血に塗れ、赤黒い粉末を付着させていた。
セオボルトの目論み通りに。
「将軍。それは、赤金草という植物の粉末です」
緊張の最中で冷静に。腰を落とし、槍を両手で支えての防御姿勢。
一方で魔術を行使する。捨て身で条件を満たした、ある魔術を。
「観賞用としても人気がありますが、腐食の魔術の触媒にもなるそうです」
「むっ……!?」
甲高い破砕音。
徐々に錆びていった斧が、槍と衝突した際に持ち主の力に耐えきれず砕けたのだ。
破片が飛散する。その中を、セオボルトは身を切られながら落とした姿勢を跳ね上げる。
見事な槍の一撃。肩の傷口を深く抉った。
苦しげに肩を押さえるラングロード。彼は柄にまで腐蝕が進んだ得物を、残念そうな顔で手放す。
「かつて陛下より賜った逸品だったのだがな」
「それは失礼。しかし武器が無ければ将軍とて満足に戦えぬでしょう。投降されませんか」
「……遠慮は無用。この鋼鉄を打ち倒した武勲、堂々と持ってゆけ」
彼はあくまでも武人であり騎士だった。
得物と利き腕を欠かして尚、それでも残る左拳を構える。威風堂々。挑戦的な瞳でセオボルトを見据えた。
「もっとも。武器が無いとはいえ、若騎士に遅れを取るつもりはないがな」
「……では、最後まで」
無駄話はこれで最後とし、激突。
互いに足音を鳴らし間合いの内へ。
セオボルトにより、胴へ繰り出された槍。それを寸前で、手甲に包まれた左の拳が打ち据える。
勢いを完全に殺せはしない。だが少し先が外れ、脇腹を叩く程度に留まった。
足が止まってしまう。そこに頭上より降る、強固な兜。強烈な頭突き。
額が裂けた。
下手すると頭蓋骨が割れたかもしれないが、呪いがあれば問題無い。垂れた血により視界が赤く染まった事の方がむしろ難点。
その赤の世界で見えたのが至近距離から放たれる蹴りだった。避ける間も無く浴びせられ、押されるように後退り。
更に圧力が迫る。ラングロードはもう一歩詰め、重い拳を突き出してきていた。
気を抜けば負ける。
そう胸に刻んだセオボルトは静かに息を吐き、構えを変えた。
両手で握り、穂先を上にし、剣のように。
極限まで集中。
姿勢から動作を見切り、強引に拳を叩き落とす。勢いにこちらも弾かれるも、その力を活かして一回転。
加速させた槍を側頭部に叩き込む。
兜を通して頭に伝わる衝撃。ラングロードの足元が僅かにふらつく。
僅かとはいえ、隙は隙。
追撃の打ち込みをかけ、しかしそこに合わさる拳。防御を力ずくで押しきろうと体重を乗せるが、それには力が足りない。押し合いとなり、拮抗。
そこでセオボルトは自ら武器をずらし、流れを変えて肩を強打。傷口を攻める。
堪らず膝を着く将軍。
戦況を分ける一瞬。逃さず捉えたセオボルトは猛々しく吼える。
「っはあっ!」
「……っ!」
全身全霊の一突き。
受けようとした左手を弾き飛ばし、とうに刃の潰れた騎槍を、眉間へと叩き込んだ。
音と嵐が止む。
その後に将軍はぐらりと崩れ、背後へ引っくり返った。
ようやく辿り着いた決着である。
「…………閣下こそ、英雄でした」
仰向けに倒れたラングロードに、セオボルトは深く一礼。
この場にありながら本心からの敬意を表した。余計な負荷が体にかかるとしても。
痛みも無く、疲労も無く。しかし腕は折れ、掌は裂け、顔は血塗れ。ラングロード以上の、本来ならば一歩も動けない重傷である。
しかしまだ終わっていない。
死にかけの騎士は、未だ戦う死霊術師に向かって歩いていった。




