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コープスホワイト  作者: 右中桂示


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33/41

33 屍と鋼鉄

「己は、呪う」


 前を見据えるのは、暗く冷たい、生気の薄れた瞳。

 しかしそこには確かな闘志も宿る。強固で静か、武骨な鋼のような佇まいだ。

 相反する性質を重ね持って、セオボルトは雄々しく騎槍を構える。重要な相棒(セディ)を失おうと、未だ心は折れていなかった。


 それは歴戦の将にも伝わったらしい。ラングロードの目つきが鋭くなり、警戒からか威圧感も強まる。


「ふむ……虚仮威(こけおど)しではないようだな。見せてみよ、呪いの力とやらを」

「言われずとも」


 その台詞を合図に、戦闘が再開。

 石畳を蹴り、セオボルトの突撃。一人である今、余計な回り込みはしない。ただ真正面から前を睨んで突き進む。

 愚直な騎士を迎えるのは豪傑の斧。強風を従え、厚い刃以上の圧力を持って迫る。

 それを前にしたセオボルトは防御姿勢。

 立てた槍を盾代わりとして左に構え、反対の腕を添える。腰を落として衝撃に備える。

 互いの武器がぶつかり合った。


 激しい音が響き、人が飛ぶ。踏ん張りきれずに激しく転がされるセオボルト。

 しかしすぐに起き上がり再度駆ける。曲がりへこんだ槍を、ただ一つの武器として。

 間を置かずに再び両者は接触。

 先程と同様の豪快な迎撃があり、同様の消極的な方法で防ぐ。即座に立ち上がる所も同様だ。

 そして三度目。

 またも同じように一直線な突撃。無意味な繰り返しでしかない。しかし彼は真剣な顔つきで戦っていた。

 そんな期待外れの手応えが不可解なのだろう。

 怪訝な表情でラングロードは問う。


「いつまで出し惜しみを続けるつもりか」


 続けるならば――

 その続きは、変化した構えが、気迫みなぎる表情が示していた。


「……っ!」


 大きく振り上がった長柄斧が真上から切り下ろされた。対抗して横向きに掲げられた槍を襲う、重い一撃。

 鈍い音がして広場が揺れる。

 セオボルトは石畳へと虫けらのように叩きつけられた。

 逃がせなかった衝撃をまともに受け、損傷が酷い。なんとか刃は防いだものの、右腕がおかしな方向へ曲がっている。無理に受けた際に骨が折れたのだ。

 絶望的な状況である。

 それにもかかわらず、まだセオボルトに戦う意思は残っていた。足裏でしっかりと地を踏み締め、折れた腕で無理矢理騎槍の柄を握る。


「終いだな」


 しかし足掻く若騎士を見下ろすのは冷ややかな、失望を示す視線だった。

 正当な評価で現状を突きつける。

 決してもう戦えはしない。生かして捕らえようという判断か。ラングロードは柄を返し、石突を向けている。


 だから彼は、攻撃への反応が遅れてしまった。


「いえ、この程度で終わる訳に参りません」


 気炎万丈。

 勇ましく応え、セオボルトが反撃に移る。

 屈んだ姿勢から膝のばねを活かして一気に跳び上がり、初めに傷を与えた右肩へ突きを繰り出した。上手く不意を突けたか、流石のラングロードもただ受けるばかり。

 その機を逃さずセオボルトは更に強く踏み込む。命中した槍を押し込み、傷口を深く抉る。遅れてラングロードが石突を突きだしてきたところで体を回転させるように引く。

 引いて、溜めた力を再び放った。

 これもまた悪足掻きでなく、しっかり力の乗った攻撃。冷たい空気を貫いて槍が進む。


 しかしこれはラングロードが斧で受け、力業で弾く。そして切り返してもう一振り。それを見極め、素早く後退してセオボルトは避けた。

 距離をとって、両者は対峙。

 その片方は無理に構える歪な姿勢だ。セオボルトはやはり右腕が折れている。本来ならば先程のような攻撃を繰り出せるはずはない。


 勿論そこに理由はある。


「そうか。貴殿、呪いとやらで……生きたまま生屍(アンデッド)になりおったか」


 ラングロードはからくりを察した。

 正解を言い当てたその顔は相手を評価する称賛の笑み。失望は既に消え去っていた。


 無力な騎士ならば死んでしまえ。

 煮えたぎるような思いが作り出した、無理を通す為の呪い。

 骨が折れようと血を失おうと、目的を果たす。魂さえ折れなければいつまでも戦える体を得る術。

 勝ったところでその後の生死は一切考慮していない、術者を破滅させかねない呪いである。


「貴方に勝とうと思えば、この程度は必要でしょう」

「良い覚悟だ。それでこそあの姫君の騎士よ」


 二人は言葉を交わし、そして鋼を交わす。

 絶え間無い金属音。銀色の嵐が荒れ狂う。

 痛みも疲労も躊躇も無い。セオボルトは転げながら無理矢理に防ぎ、肌を裂かれながら無理矢理に攻撃をねじ込んでいく。


 ただ、この体であっても依然劣勢。

 セオボルトはともかく、ラングロードにも負傷の影響がほとんど見られない。あるにはあるが誤差程度で、常人を凌駕した戦闘を続けている。

 やはり、まだ足りない。勝利には預かった魔術が必要だ。


 一度退き、左手で小瓶を取り出す。

 そして光を放った。死霊術師に比べれば弱いが、至近距離で一人の目を眩ませるには充分。

 事実ラングロードは目を閉じた。短い機を掴むべく、セオボルトが石畳を蹴る。


 しかし、

 それでも構わずに振られる長柄斧。

 経験のなせる技か。視覚に頼らずとも正確な間合いでの、理想的な迎撃だった。


  それこそがセオボルトの狙い。

 これまでの戦闘の間に、彼もこの距離感は掴んでいるのだ。

 目測で望む位置へ。踏ん張り身を仰け反らせ、中身の詰まった袋を掴む手だけを伸ばした。

 空気が荒れる。

 飛び散る鮮血に、赤黒い粉末。斧が抵抗無く、掌と袋を上下に切り裂いた。

 風圧に崩れた体勢を、左手から血を流しつつ立て直す。

 その間に切り返され、再び命を刈らんと迫る斧。それはべったりと血に塗れ、赤黒い粉末を付着させていた。

 セオボルトの目論み通りに。


「将軍。それは、赤金草という植物の粉末です」


 緊張の最中で冷静に。腰を落とし、槍を両手で支えての防御姿勢。

 一方で魔術を行使する。捨て身で条件を満たした、ある魔術を。


「観賞用としても人気がありますが、腐食の魔術の触媒にもなるそうです」

「むっ……!?」


 甲高い破砕音。

 徐々に錆びていった斧が、槍と衝突した際に持ち主の力に耐えきれず砕けたのだ。

 破片が飛散する。その中を、セオボルトは身を切られながら落とした姿勢を跳ね上げる。

 見事な槍の一撃。肩の傷口を深く抉った。

 苦しげに肩を押さえるラングロード。彼は柄にまで腐蝕が進んだ得物を、残念そうな顔で手放す。


「かつて陛下より賜った逸品だったのだがな」

「それは失礼。しかし武器が無ければ将軍とて満足に戦えぬでしょう。投降されませんか」

「……遠慮は無用。この鋼鉄を打ち倒した武勲、堂々と持ってゆけ」


 彼はあくまでも武人であり騎士だった。

 得物と利き腕を欠かして尚、それでも残る左拳を構える。威風堂々。挑戦的な瞳でセオボルトを見据えた。


「もっとも。武器が無いとはいえ、若騎士に遅れを取るつもりはないがな」

「……では、最後まで」


 無駄話はこれで最後とし、激突。

 互いに足音を鳴らし間合いの内へ。

 セオボルトにより、胴へ繰り出された槍。それを寸前で、手甲に包まれた左の拳が打ち据える。

 勢いを完全に殺せはしない。だが少し先が外れ、脇腹を叩く程度に留まった。

 足が止まってしまう。そこに頭上より降る、強固な兜。強烈な頭突き。

 額が裂けた。

 下手すると頭蓋骨が割れたかもしれないが、呪いがあれば問題無い。垂れた血により視界が赤く染まった事の方がむしろ難点。

 その赤の世界で見えたのが至近距離から放たれる蹴りだった。避ける間も無く浴びせられ、押されるように後退り。

 更に圧力が迫る。ラングロードはもう一歩詰め、重い拳を突き出してきていた。


 気を抜けば負ける。

 そう胸に刻んだセオボルトは静かに息を吐き、構えを変えた。

 両手で握り、穂先を上にし、剣のように。

 極限まで集中。

 姿勢から動作を見切り、強引に拳を叩き落とす。勢いにこちらも弾かれるも、その力を活かして一回転。

 加速させた槍を側頭部に叩き込む。

 兜を通して頭に伝わる衝撃。ラングロードの足元が僅かにふらつく。

 僅かとはいえ、隙は隙。

 追撃の打ち込みをかけ、しかしそこに合わさる拳。防御を力ずくで押しきろうと体重を乗せるが、それには力が足りない。押し合いとなり、拮抗。

 そこでセオボルトは自ら武器をずらし、流れを変えて肩を強打。傷口を攻める。

 堪らず膝を着く将軍。

 戦況を分ける一瞬。逃さず捉えたセオボルトは猛々しく吼える。


「っはあっ!」

「……っ!」


 全身全霊の一突き。

 受けようとした左手を弾き飛ばし、とうに刃の潰れた騎槍を、眉間へと叩き込んだ。


 音と嵐が止む。

 その後に将軍はぐらりと崩れ、背後へ引っくり返った。

 ようやく辿り着いた決着である。


「…………閣下こそ、英雄でした」


 仰向けに倒れたラングロードに、セオボルトは深く一礼。

 この場にありながら本心からの敬意を表した。余計な負荷が体にかかるとしても。


 痛みも無く、疲労も無く。しかし腕は折れ、掌は裂け、顔は血塗れ。ラングロード以上の、本来ならば一歩も動けない重傷である。

 しかしまだ終わっていない。

 死にかけの騎士は、未だ戦う死霊術師に向かって歩いていった。

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