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コープスホワイト  作者: 右中桂示


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32 抗う者は笑う

 デュレインが初めて魔力の涸渇を経験したのは、あの生活を始めて二年目の頃。両親の遺した魔力が僅かとなった四人の生屍(アンデッド)を、彼が主として引き継いだその日の事だった。


 両親に基礎は習っていたが完全に習得はしていなかった死霊術。

 その習得にデュレインは、時間制限を知ったその日から没頭した。連日書物を読み込み、寝る間も惜しんで練習を繰り返し、そして若過ぎる年齢で死霊術を修めた。

 だが当の生屍達は猛反対。


『坊ちゃま、もうお止め下さい』

『そうですよ。僕らはもう死んでるんですから』

『ご自分の体を大事にしないと駄目ですよっ!』

『お子様は素直に大人の言うことを聞いて下さいねぇ』


 口々に説得してくる家族。生屍の薄い感情表現であっても、本心から心配してくれているのだと伝わる主張だった。

 しかしデュレインは、それを分かっていても尚、


『嫌だ』


 断固として拒否した。

 子供らしい純粋さと子供らしからぬ自棄を併せ持つ、透き通った血色の瞳で。


『皆までいなくなるのは嫌だ。一人だなんて嫌だ。僕は皆が一緒なら、痛くても辛くてもいいんだ』


 結局は無理矢理に実行した。

 そして倒れ、目覚めた時。心配げな顔が寝台の周りに集まっていて、残っていた倦怠感よりも成功した安堵で胸が一杯になった。自分がどうなろうとそんな事は二の次だったのだ。


 だからデュレインは以後も無理を続けた。

 

 ある年。

 老衰によりグロンが死したので、新たに生屍にした。一日寝込み、以降は体力をつけるべく肉体の鍛練にも励むようになった。


『坊ちゃま。寂しいのなら外に出ましょう。安心して下さい、ワタクシ共がついています』


 ある年。

 馬車が壊れ横転した際セディが落命したので、新たに生屍にした。一日寝込み、以降は薬の研究に時間を割くようになった。


『気持ちは分かるんです。僕も大好きでしたから。でも、ワガママ言っちゃ駄目なんです。全部背負わなくちゃいけないんですよ』


 ある年。

 月日が経ちすぎて死霊術だけでは肉体の劣化を抑えきれなくなったので、生活範囲に冷気の術を施した。一日寝込み、以降は消耗が睡眠だけでは回復しきれず顔に濃い隈が見られるようになった。


『……こんな事したって、わたし達は……いえ。若様まで体を壊してしまったら、それこそわたし達は死んでしまいますっ!』


 ある年。

 嵐による倒木から、スタンダーがデュレインを庇って傷を負ったので治した。一日寝込み、以降はクラミスが調合する薬無しでは満足に生活出来ないようになった。


『いつまで寂しがり屋でいるのですかぁ? いい加減大人になって下さらないとぉ』


 幼い頃より十年間。

 失わない為に失い続けた。自らの体をどれだけ犠牲にしても、必死に運命に抗い続けた。


 それは、現実からの逃避。それ以外に意味の無い、時間の浪費だったのか。はたまた意味のある人生の一部だったのか。


 決めるのは、この戦いの結果である。






「カカ。しぶといの。まだ諦めぬとは」


 屈強な兵士の影に隠れてマルギィスが嘲笑う。

 自らがより乱れさせた異常な戦闘を、芸でも見物するように気楽に。しかし黄金の杖はしっかりと煌めかせて。


 嘲笑の対象であるデュレインは金の亡者と化した兵士により苦戦し、満身創痍だった。

 脂汗が顔中を覆い、呼吸は荒く、疲労が目に見えて蓄積している。生傷も多いがそれ以上に内面の消耗が大きい。

 死霊術、冷気、魔術の過剰使用。弓を射る集中力。欠かす事の出来ない生命線は、心身を削って維持されていた。

 だが生屍を維持していた生活と比べればまだまだ些細なものだ。まだ体は動く。戦える。たった一日の無茶なら通してみせる。

 精神は未だ折れていなかった。


「……は。まだまだ諦めぬわっ!」


 飛来してくる矢。向かってくる虚ろな瞳の兵士の集団。

 容赦の無いそれらの敵意に対し、デュレインは風を吹かせ赤い粉末を送り込んだ。

 すると矢は大きく逸れていき、兵士は赤く色付く。

 その効果をデュレインが発現。段々と槍や鎧が赤茶に変色していき、やがてぼろぼろと崩れ散った。武器を失い流石の意思無き兵士も止まる。


 作り出した僅かな空白。すかさず攻めへと転じる。

 無手の兵達を走って迂回し、射線を確保。マルギィスに矢を放つ。

 だが呆気なく剣に払われた。護衛として控えさせているのは相当の手練れか。何度も射っているが、彼は一本たりとも漏らしていない。


 そして空白は終わった。

 風が止み、傍の射手達が矢をつがえるのが見えたのだ。

 デュレインは取り出した瓶を引っくり返し、濁った液体をぶちまける。それを魔術により気化。狙いを妨げる煙幕とし、自身は素早く下がる。

 それでも強引に攻めてくるのが呪われた兵士。

 だが彼らは煙の中に入ると虚空に槍を突き出し始めた。研ぎ澄まされた武器も技も無駄になるばかり。無力な存在と化している。

 だが別方向から来る兵士は違う。デュレインは残り少なくなった触媒を取り出し、対応するしかなかった。


 腐蝕の魔術、幻覚作用のある毒。デュレインが見つけた、倒れない兵への数少ない有効な手段。

 だが、少しばかりの時間稼ぎだ。

 毒は魔術師によって癒されてしまう。素手だろうと無力と侮れない。多数の代わりがいる。

 脅威は尚も脅威。息つく暇もなく、殺意の只中に放り込まれる。

 いずれは矢も触媒も尽きる。やがて死にゆくのも時間の問題。


 そんな足掻きが、金に汚い魔術師には滑稽に写るのだろう。


「カカ。さっさと大人しくせい。無駄な足掻きだと思うがの」

「っ無駄な訳っ、ないであろうが!」


 我慢しきれずデュレインは叫び返した。

 熱く燃える、その衝動のままに。


 無駄。その評価は断じて認められない。

 あの四人の命と遺志を背負っているのだから。

 ここで何かを成す事こそが恩返し。あの十年の価値を証明する。でなければ、子供の我が儘に付き合わせた家族に申し訳が立たない。


 そして、彼女にも。

 こんな下らない男の為に犠牲になろうとしてくれた、死ねば悲しむと言ってくれた彼女――アリルに恩を返せない。

 覚悟を踏みにじった以上は、結果を出す。あの、顛末と言伝てを聞かされた時に感じた無力は、もう二度と味わわないと決めたのだ。

 何が報酬か。

 むしろ払わなければならないのはデュレインの方だ。


 と、そこで彼は大袈裟な声をあげた。


「……そうか!」


 重要な物を思い出し、急いで取り出す。

 サンドラ経由で渡された報酬。金の指輪。本来は解放した時に突き返そうと思っていたが、返しそびれていたのだ。

 それを有り難く使わせてもらう。

 権威の象徴たる黄金、王族の紋章。綺麗に条件が揃った、これ以上無い触媒だ。

 心を整え、集中。己の力を変換する。

 指輪が秘める力を魔術として引き出した。


 直後に生まれる輝き。

 薄闇に映える鮮やかな光が、呪われた兵士を包んでいく。

 魔術の解除。破魔の術だ。

 兵士の瞳に生気が戻り、立ち止まって寒さに震え出した。彼らに悪いが更に死霊を憑かせ、怯えも加えて無力化。

 障害は開けた。

 笑みを浮かべたデュレインは悠々と安全に弓を引き、開けた視界からマルギィスを狙う。


「ほう。無駄だと言うに」


 音を立てて阻まれる矢。

 手練れに守られるマルギィスは冷ややかに嘲笑い、数枚の金貨を落とす。

 澄んだ音色。殺伐としている広場に響き渡る。

 一見無意味の行動だが、デュレインは奮い立っていた顔を青ざめさせた。


「……まさか」


 強烈な危機感を覚え、振り返る。

 音もまた一種の触媒。人の欲望を刺激する、狂気の呼び声となり得る。特に一度強力な呪いをかけられた人間には、尚更。

 視線の先にあったのは幾対もの虚ろな瞳。折角呪いを解いた兵士が、再び金の亡者へと変わり果てていた。


「……まだ、足りぬか」


 殺意から全力で逃れつつ、弓と魔術を扱いつつ、デュレインは並行して思考を進める。


 これでは足りないが、破魔の術を使う事自体は間違っていない。最善の対向手段である。ただ、より強力な力が必要だ。

 方法はある。

 強力な触媒は望めない。ならばあの呪いだけを払う為に特化させればいいのだ。

 冷気を熱気で払うように、反対の性質を持つ物が触媒として相応しい。

 あの呪いの本質は欲望。


 それを打ち消す、反対となるものは――


「っ! ……あった」


 目を見開き、呆然と呟く。あまりの興奮に投げかけた瓶を落としかけてしまった。


「……いや、強引に過ぎるか?」


 細い希望に震える。勝利への糸口が確かなものなのか、恐る恐る検証する。

 短いはずの濃縮された時間。巡りに巡った頭は答えを導き出す。

 必ず成功する確証は、無い。

 だが、


「ああ……元々賭けだ。どうせなら……!」


 デュレインは勇ましく笑った。

 自棄ではなく、覚悟を持って。奇跡を手繰り寄せるべく、意思を固めて。


 しかしその時。

 重大な気付きにより緊張が緩んだか、体力の限界故の必然か。

 ぐらりとふらつき、足を踏み外してしまう。


「ぐぬっ!」


 デュレインは派手に尻餅をついた。致命的な窮地。

 それを兵士が見逃すはずもなく、殺到してくる。回避も魔術も間に合わない。

 横に転がり、近くの石畳で火花を散らした槍から無様に這って離れる。次々と刃先や脚が降ってきて体勢を立て直す隙も無い。

 意地だけで泥臭く生き延び続ける。


 その隣を、黒白茶色の斑模様が駆けていった。


「……よくやった」


 猟犬が兵士の足に噛みつき、引きずり暴れ、その隙に難を逃れられた。グロンの助け。本当に頼もしい。

 改めて一人では無いと、賭けに勝算はあると再確認できた。


 だからこそ、これ以上の失態は見せられない。

 二粒の丸薬を一気に呑み込む。

 一つは刺激の強い、香辛料の素材や獣の胆から作った気付けの薬。喉を焼き、怠さを吹き飛ばす。

 もう一つは後の地獄と引き換えに体力を得る劇薬。仮初めの全能感が体内に満ちる。

 長い一日も、あと少し。最後の最後まで無茶を貫く。


 無理矢理冴えさせた頭で、デュレインは気づいた希望を形にしていく。

 同時に呪われた兵士の相手をしながら。避ける為の魔術を使用しながらだ。

 とてつもない苦難。あり得ない無茶。疲労が肉体を蝕み、魂を折ろうと圧力をかけてくる。


 だがそれがかえって、先にある光の強さを感じさせてくれた。茨の道の果てには、きっと素晴らしい景色が待っている事だろう。


「くはっ……はは、はははははっ。生きておる! 自分はまだ、生きておるぞ!」


 戦いの最中、苦痛まみれのデュレインは己を鼓舞すべく、高らかに笑った。

来週は金曜土曜と続けて更新する予定です。

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