30 魔術師の師
轟音が大気を、衝撃が地を震わせる。
大きく堅牢な鎧騎士が落馬し、それが周囲へ非常に大きな影響を与えたのだ。
広場にいた体の自由がきく全員が動きを止めて注視している。狙いが上手くいったデュレインはほくそ笑み、王女は憂い顔を明るくする。そして敵方には多大な動揺が走った。
「……あの、鋼鉄のラングロードが……っ!?」
驚きの声をあげたのはマルギィスだ。大事な杖さえ取り落とし、しばし放心したかのように大口を開けたままだった。現実を認められないのか、思考が停止している。
信頼は結構だが、これだけの隙を晒すのならそれは過剰な依存である。
そしてその間にも、他者は懸命に動く。
セオボルトが馬首を巡らせ、再度の突撃を繰り出した。
これもまた強さへの信頼。勝利する為には最後まで手を緩められないという評価の表れだ。
引き締まった表情に熱を帯び、冷気を引き裂いて疾走していく。
が、今度は通らない。
身を起こしたラングロードは万全でない姿勢でありながら器用に防いだのだ。鍛え上げた剛力と技術でもって。
まるで好調。やはり一撃だけでは大した傷にもならないらしい。
若き反逆者達の前に、英雄は堂々と立ち塞がる。
その強さを再確認出来た光景に落ち着いたのか。
同じような反応をしていた部下の魔術師に、マルギィスは声を荒らげて指示を出す。
「ええいっ! お主ら何をしておる。これ以上あやつに手を出させるでない。さっさと働かんかぁっ!」
見本を指し示すように、真っ先に触媒を掲げた。
黄金の杖が光を発する。それが怯える兵士を包むと、彼は途端に正気を取り戻した。寒さに震えてはいるものの、完全に死霊から解放されている。
破魔の術。森で生屍の体を死体のそれに戻したそれが、今回も力を発揮したのだ。
更に指示を受けた部下達も慌ただしくなった。彼らは輝きに包まれた兵士達に解けてしまった防寒の術をかけ直している。二つの障害を除き、次々に戦意を取り戻させた。
しかしデュレインも負けず、解かれたそばから新たな死霊を向かわせる。再度憑かれた兵士達は次々に恐怖に呑まれた。
冷気、死霊術。解呪、防寒。
魔術合戦と言えば聞こえがいいが、これでは間抜けないたちごっこ。挟まれる兵士達は気の毒である。
だがマルギィスには膠着を崩す手があった。破魔の輝きを盾とする事で新たな死霊の取り憑きを防いでいるのだ。高度な術をこうも簡単に、連続し広範囲へ。実力は頭一つ抜けていた。
その差がじわりと効いてくる。
数には数。持久戦が続けば、やがて力が弱まり均衡が崩れるだろう。そうなれば押しきられてしまう。
無論、それを黙って見ている程デュレインは馬鹿ではない。死霊の軍勢に呼びかけつつ、指揮官自ら武器を取る。
身に染み付いた構えをいつも通りに。
軽く息を吐き、力を抜く。矢をつがえて狙いを定めた。射る必要の無い兵士が多く邪魔だが、鬱蒼とした森で獣を狩るよりは遥かに容易い。
弾かれた矢が宙を一直線に駆ける。
「ぐぅっ!」
命中した魔術師の一人がうめいた。かと思えばふらふらとよろけ、顔色を悪くして倒れる。
矢に塗った毒が回ったのだ。当分麻痺して動けないだろう。
「よぉく効くだろう? なにせそこらの毒薬とは質が違う特別製だからな!」
叫んだその内容は自慢。目元と頬を緩ませて、子供のようにその存在を世界へ示す。
森で得たものを活用出来て、それが誇らしかったのだ。
獲物に合わせて移動しつつ、相手から放たれる矢から逃げつつ、兵の間を通して射抜いていく。
死霊術に抵抗のある魔術師を排除。防寒の手数が減り、余計な仕事が増える。
解毒の魔術は森で披露していたが、マルギィスは既に手一杯。部下で下手に動く者がいれば絶好の的。即座に脱落者の仲間入りだ。
形勢は逆転。今のまま続けば勝敗が決するのも時間の問題。この明白な差は相手も承知していた。
解呪で忙しいマルギィスが苦い顔で手を打つ。
「そこのお主。風だ」
部下の一人が頷き、杖を羽根飾りのついた物に持ちかえた。
するとゴウと向かい風が吹く。離れたデュレインまで届く人工の強風だ。
それが放った矢の勢いを弱め、役目を果たさぬまま地に落とす。
弓手の天敵となる、簡単な対抗手段。魔術師らしい戦い方である。
だからこそ、デュレインは崩す策を用意していた。
「それしきで止まっていられるものか」
構えの角度を変えて矢を上空へと飛ばす。多少風に流されたが、充分求める高度に到達。
その奇妙な行動で気を引けたのか、魔術師達が高みを見上げる。風を操った者が吹き払おうと杖を掲げた。
その行動が逆に命取り。
矢は普通の物ではない。小袋を軸に結びつけているのだ。中身は勿論魔術の触媒。
自らは目を向けず、デュレインは風に流される前に発動させる。
瞬間、現れたのは強烈な光。森でクラミスが見せた灯りの魔術の応用である。
薄闇の空に慣れた目に容赦なく突き刺さる。魔術師達は目が眩み、精神を乱し、結果として魔術の制御を手放してしまう。
そうなればもうデュレインに障害は無い。
風が止んだところを狙い、次の矢。即座に風使いを仕留める。更に続けて戦果をあげていった。
「さて、そろそろ終いか」
部下の魔術師はもう少ない。皆毒矢によって倒れている。壊滅に近い有様。
マルギィスは非常に苦い屈辱をもって、強く歯ぎしり。必死に術を運用しながら喚く。
「何故だ。何故こうも! たかが死霊術師の癖に!」
「はっ。この程度こなせて当然であろう。貴様も知っておるはずだがな? なにせ自分が持っているのは――」
右手を引きながら、得意気に笑う。
それは積み上げた思い出、そして家族を自慢する、純粋な顔だった。
「世話好きな庭師が育てた希少な魔草。才はあるが性格の悪い姉弟子が調合した薬。そして、そこの英雄も腕を認めた、最高の名手に教わった弓なのだぞ!」
そしてまた一人、魔術師が沈む。
鮮やかな手腕。彼ではなく、兄姉達の手柄。守られ育てられてきた事を実感し、熱い気持ちが満ちる。
負ける気がしない。術の使用で疲労が蓄積していても、まるで苦にならない。
最早動ける魔術師はマルギィス一人だけだが、慢心せずに死霊に指示を出していく。
「ぐぅぅ……」
悔しげな、歯ぎしり混ざりの呻きが聞こえる。怒りに全身がわななくのが見える。自らが作った光に照らされ、影が強調されている。
デュレインが追い詰めた証であった。
だが、追い詰めたからこそ、獣は牙を剥く。
突如吹っ切れたのか、濁った笑い声が高らかに響く。
「カカ、カッ、カカカッ。こうなっては仕方がないの」
マルギィスの顔つきが変わっていた。勝利への執着。分別を捨てたような、形振り構わないというような、醜悪な笑み。
懐に手を突っ込み、取り出した物を真上に掲げる。
「お主ら、これを見よ!」
それらは大量の金貨銀貨。宝石。高価な品々。
手の中からこぼれ、次々に澄んだ音を立てた。戦場には場違いな煌めきが圧倒的な存在感を主張する。
「欲しかろう? 羨ましかろう? 喜べ。あの反逆者を下した者には、この量の十倍の褒美を約束しようぞ! 欲しければ働けい!」
「ぬ?」
奇行をデュレインは訝しみ、警戒する。
ラングロードの例の通り、強い心があれば呪避けの代わりになる。他の感情が大きければ恐怖に耐えられる。とはいえ、金目当てで突破出来るような軽いものではない。
そして、そんな無駄な事にすがる程追い詰められている。などとは思えないくらいには、デュレインは敵手を評価している。
だから、効果が表れる前に彼を射った。
「……むぅ」
が、遅かった。
兵士が起き上がり、矢を弾いたのだ。他にも大勢が、寒さに震える事なく立っている。
正気を失っているようだが、恐怖によるものではない。欲にまみれた、虚ろな笑みが広場に満ちた。
槍に弓矢。それぞれに武具を構え、攻撃してくる。
嫌な予感。不安。胸騒ぎに揺れる。
それでもデュレインは腹を括って死霊の軍勢に指示を出し、矢も放つ。
しかしやはり、悪い予感は的中する。
「な……!?」
死霊を憑かせても、矢が命中しても、毒が回る時間が経っても、兵士達は何事もなかったかのように突き進んでくる。
痛みも感じてないようで、速度が少し緩んだ程度。
これではまるで生屍、話の通じなさそうな様子からすれば下等な動屍か。おぞましい死霊術師のお株を奪う、人道から外れた所業だ。
そう。死霊術師こそ、この分野の専門。
よく知っているデュレインは看破し、それ故に戦慄した。
「……お主、呪いおったな?」
「カカ。馬鹿を言うな。地位のあるわしが呪いなどする訳あるまい。生者の欲望は死霊の怨念より恐ろしい。これはそれだけの話だ」
流暢にうそぶくマルギィス。彼が表す目の血走った嘲笑には、形振り構わない邪悪な本性が刻まれていた。
戦いは未だ、苛烈さを深めていく最中であった。




